第44話 噂で嫉妬の分だけ串刺しにされる。
次の日
朝から会社の様子がおかしかった。
違和感としか言いようがないが、なぜかよそよそしい空気を感じた。
(いつもと同じだけど、なんか、違うような)
考えながら会社の廊下を歩く。
「あの話聞いた? 上田さんの!」
休憩室から、女性事務員同士の話が聞こえて足が止まる。
(今、自分の名前が聞こえたような……。)
「聞いた~持崎さんと竹下さんどっちもって奴でしょ~」
「どうやったらそんなことできるの? マジ嫌なんだけど!」
キャッキャと話す声に血の気が引く。
二人との関係がばれている。
その事実に、なぜか衝撃を受けた。
「入ってそんなに経ってないし、夢中にさせてるんだからやっぱり身体じゃない?」
「話とかはあんまり面白くないもんね。やっぱり女の魅力ってソコかぁ」
「最近の竹下さんいいと思ってたんだけどな~」
「誰が誘っても部長並みに断られるらしいから、どうせアンタじゃ無理よ」
「上田さんだってそんなに変わんないじゃん」
「でもさぁ。そんなの多分そのうち別れるよねぇ」
(なんか、きついな)
厳しい気持ちになってきて、その場から逃げ出す。
関係がバレてもいいはずなのに、なぜか心臓がバクバクと音を立てていた。
たぶん、昨日ナツとキスしていたところを誰かに見られていたのだろう。
トールはこっちに夢中という点を考えると、指輪の件を合わせて結論が出たということか。
(悩んだところで、事実は事実で、恥ずかしいことでもなんでもない)
それなのに、心の中でモヤモヤと考えてしまう。
自分が元の身体の時だって、誘われたことなんてないのに、二人はそんなに誘われてるのか。
付き合っている理由が身体しか思い当たらない、中身が所詮モブの人間という事実。
でも、それ以上に辛いのが、それが事実だと思えてしまうところだ。
別に、二人は、自分がいなくても、まっとうに幸せに生きていける。
モテるなら、いくらでも変えがきくだろう。
本当に、自分でいいのだろうか。
自分も守り切れない人間に、人生を使う価値は、あるんだろうか。
遠くから、男性社員達がこちらを見ていた。
目があうと、慌てて視線を外される。
品定めをされている感覚に寒気を覚えた。
「あっちゃん!」
声をかけられて、顔を上げるとユリちゃんがいた。
「顔が真っ白だよ。 大丈夫?」
「大丈夫。なんか、噂になってるみたいで」
「もうすぐお昼いける? パスタとか食べられる?」
色々理解しているのか、ユリちゃんは詳しく聞かずに対応してくれた。
ああ、もう少しでお昼の時間か。
「なんか、食べられそうもないかも……」
「コンビニにしよっか。外なら気がまぎれるし」
ユリちゃんの笑顔に救われる。
誰がどう見ていたって、心配してくれる人がいるという事実だけで救われた。
ユリちゃんとお昼を食べて、仕事は仕事でこなして、なんとか一日が終わった。
色々、事実じゃないことも噂になって流れてることに正直疲れてしまった。
ハニートラップだとか、酒を飲ませて持ちこんだとか。事実ではないのに、事実みたいだった。
たぶん、どういう感じで行為をしているのかも、面白おかしく想像されているのだろう。
たくさんの人間の、侮蔑と嘲笑の対象。
吐き気がしていた。
仕事が終わった後、トールの母親に顔を見せに行く。
そんな気分ではなかったが、だからといって放置もできなかった。
「愛夏ちゃん。随分気持ちが楽になったわ。ありがとう」
自分の部屋で会ったトールの母親の顔色は良さそうだった。
部屋も整頓されていて、問題なさそうだった。
「なにもお世話ができず、すみません」
「いいの。都会ってなんでもあって楽しいわ。こちらこそごめんなさいね。あなたのお家なのに」
「いえ。困った時はお互い様ですから」
「旦那と話しあって、そんなにそっちがいいなら、しばらくこっちにいろって怒られちゃって」
(……え。)
「もう少し、お部屋を借りてもいい?」
「はい。大丈夫です」
理由が大したことないなら出ていってほしいとも言えない。
人の心の痛みは人それぞれ重みが違うから、それしか言えなかった。
追加で下着を持っていこうと自宅の下着入れを開く。
(……?)
中が整頓されていた。
他人の下着を整理するのは、一般的に言って、普通なのだろうか。
別に家は使っていいけど、プライバシーというものがあると思うんだけど。
でも、結婚前の家族だからということなのかもしれない。
(……なんか、嫌だな)
正直、そう思ってしまった。
その日の夜。残業中のトールは、酷く機嫌が悪かった。
「では、噂は本当だということだね」
昼になぜか、上司に噂の説明を求められた。
話した結果、お咎めはなしとのことだったが、そもそも悪いことをした覚えがない。
それ以上に不可解なのは、社内でユーキに対する評判が風評被害なみに酷かった。
噂を止めようとはしたが、主に自分が誘いを断っていた女性社員が止まらない。
止まらず尾ひれがつく状態というのを、初めて見た。
社内で見たユーキは、無表情かしわくちゃな表情をしていた。
(そんな表情をさせたいわけじゃない)
持っていたペンが壊れて、報告にきた社員が短い悲鳴をあげる。
腹を立てると処理能力が落ちるから、仕事が終わらない。
だが、それすらどうでもいい程度に腹が立っていた。
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