第41話 人間一度はこういうことがある。
夜十時頃。
トールと二人で最寄り駅に迎えに行く。
「ユーキ君。うちの家族のことは、信用しない方がいいですよ」
寒くなった冬の道を歩いている時、トールがこちらを見て言った。
(ああ、真一さんに彼女とか盗られまくってたから、そういう感じなんだな)
「気をつけるよ」
「本当は母さんも泊めてほしくはないですが、もう来たのなら仕方ないです」
「お母さんも、そうなんだ」
もしかしたら、やはり父親が違うことを知っているのかもしれない。
聞ければハッキリするけど、傷つけることが怖くてどうしても聞けなかった。
(色々、深い理由があるんだろうけど、様子を見ながら聞けていけたらな)
トールのコートのポケットに手をつっこむ。
手を握ると、トールがニコッと笑った。
「トールはさ、ナツのこと、好きなの?」
なんとなく気になって質問してみる。
足が止まった。
「ッ、急になんですか?」
「いや、ユリちゃんがトールが二人とも手に入れたっていうから」
トールがああ、と額に手をやる。
それから、どう説明すれば、と小さくつぶやいた。
「えっと、なんて言いますか……別に上田さんのことを性的には見てないですよ」
「ただ、ユーキ君を随分前から好きだったので、そっちの身体も保護しておきたいというか」
なるほど、コレクション的な? 違うかな。
ナツにはナツの意思があるから言ったらまずいと思うけど、そういうのもあるのか。
「好きな人の身体に他人が入ったことがないから、私の気持ちは分からないでしょうが、複雑なんですよ」
「ごめん。まぁ……でも、今は満足してる?」
トールを見ると、ギュ、と手を握ってくれた。
「してます。結婚できるし、今のユーキ君もかわいいし」
「良かった」
笑いながら、本当にいいのかなと、胸にしこりのようなものを感じる。
真一さんに指摘された時から、やはり二人の異性とこうなるのはおかしいよな、という気持ちがある。
一般的に言えば、自分は恥ずかしい人間ということになるのだろう。
二人を独占して、二人は幸せなのかと。続けたとして、結婚したとして、子どもを産んだとして。
ナツも、トールも、たぶん自分がいないほうが幸せになれる気がした。
このままの関係で、幸せになんて、本当になるんだろうか。
人生は物語のようにハッピーエンドで終わらない。連綿と続いていくものだ。
(だけど、どうにもならないし、変えたいとも思わない)
やはり欲深いんだろうなと思った。
駅で再会したトールの母親は小さく見えた。
お金はあるはずなのに、鞄ひとつにそんなに高そうな服は着ていなかった。
「迎えに来てくれてありがとう」
「遠くまで、お疲れ様です」
そういって母親の荷物を持つと、自宅へ案内する。
トールは、母親が暖かい服すら着ていない状況だったせいか、険しい顔をしていた。
トールと別れ、自宅に母親を招き入れる。
部屋や寝室を軽く見せると、シーツなどは交換してあることを伝えた。
「私はトールの家に行くので、好きに使ってください」
「ごめんなさいね。旦那が浮気してて今、冷戦状態で帰りにくくて」
あ、本当に夫婦喧嘩なんだ。
じゃあ、帰りにくいから本家に行ったら、無理矢理されたってことかな。
でも、喧嘩で帰りたくないくらいで無理やりされる家にいる方が辛くない?
難しいな。これ自分の感覚がおかしいのかな。
「お母さんはどうなりたいんですか? 離婚とかは……」
「十代で結婚した私が離婚しても、働き口なんてないから……」
50に近かったらやっぱり難しいかなぁ。
ブランクがあるってけっこうきついのかもしれない。
「本家でお会いした時は暗かったですけど、なぜ本家に行くんですか?」
「旦那が仕事で失敗して後を継げない可能性が出たから、家のことをして償いをしたいと思って」
なるほど、離婚もできないし、立場が悪くなって収入が減るのも困ると。
「そのためなら、多少のことは我慢しようと思っているんだけどね……」
深く息を吐く母親を見ながら、なるほどなと思う。
それなら嫌でも本家にいる理由もわかる。
身体を提供してご機嫌を取るというのも、普通の感覚だとよくないけど、大人ならやるのかもしれない。
風俗だってやる人がいるんだから、そのくらいはあるのかもしれない。
(少なくとも、無理矢理ではなさそうだ。)
でも、それなら真一さんの勘違いってだけじゃないかな。
息子だから、やっぱり母親がそういうことするのは、無理矢理だと心配してたんだろうけど。
なんか、他人がどうこういうことではないと思う。
「旦那さんの浮気がおさまったら、実家に戻る気持ちになりますか?」
「そうね。戻りたくなくても、戻らないといけないって分かってるわ。安心して」
んん~~~~~~~~~。家に戻れって言いにくい!
「いや、戻れってわけじゃなくて、解決しようと思っていて」
しどろもどろになりながら説明する。
「旦那さんとのことも、なんとかしますから。冷戦状態がとけるように」
立ち上がり、胸を張る。
この重い空気が耐えられなかったし、何とかしたかった。
「愛夏ちゃん、ありがとう」
「とりあえず、明日は東京観光でもして、気を落ち着けてください」
お礼を言う母親に手を振りながら玄関に行き、別れて外に出る。
外に出ると、ドッと疲れてしまった。
(なんか、呼んだの間違った気がする)
可哀想じゃないとか、話が違うとか、そういう問題じゃなくて。
なんか間違ったというか違和感が頭の中にある。
根拠はないが、そんな気がしていた。
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