第40話 困っている人を助けたくなる側の人間

あれから約一週間。


仕事の帰りに、煌びやかになった街のイルミネーションを見上げる。


12月に入ってから、気温は更に下がり、街はクリスマスムードに染まっていた。



(付き合ってから、はじめてのクリスマスだけど、こういうのってなにしたらいいんだろうな)



ネットではリア充許すまじという空気で、自分もそちら側だと思っていたけど、立場が変わると正直悩む。


そういえばトールしか友達がいなかった頃は、普通に一緒にチキンとか食べてた気がする。



(ケーキを食べてユリちゃんとかシャッチョも呼んでパーティーとかもしたいな。)



交友関係が増えると欲も増えてくるが、二人は良しとしなさそうだ。



(それに、トールの母親から連絡が来る可能性もある)



あれから母親から連絡はない。



やっぱりダメだったのかもしれないなと思う。


でも、あれ以上に他人からアプローチされても気持ち悪いだけだから、なにもできない。


一応、家に来てもいいように、人を泊めてもいいように用意はしているけど。



(来たとしても、ずっと泊めることになったら、ナツとのことが困るけど)



隣じゃ見られたときに浮気だとなりそうだし、第一、ベッドの位置が隣と近すぎてだめだ。


言えたらいいけど、世間一般の理解を得るのは難しいだろうなと思った。





(今日は、トールの日だ。早く帰ってご飯作ろう)



いろいろ話しあって、週の二日ずつ、二人きりで家で遊ぶことにして、土日の片方は三人でという話になっていた。


もちろん、予定は個々にあるので、それは臨機応変にという感じだ。


なかなか忙しいけど、うまく回っている。




今日は鍋でいいや鍋でと思って鍋にした。


最近のトールは忙しく、残業があるので、作って待っていることが多い。


残業の他にも自営業の準備をしているようで、それが忙しさに拍車をかけていた。


ブブブ……ブブブ……。


スマホのバイブ音が部屋に響く。



(あ、会社を出たかな)



「ん?」



違った。知らない番号からだった。



……母親かもしれない。


いつもは性別が違うので知らない番号には出ないのだが、思い切って電話に出てみる。



「はい。もしもし」


『……』


『あの、上田愛夏さん、ですか?』



声が震えているように聞こえた。



(どうしよう、緊急事態だ。)



「トールのお母さんですか? うち来ます?」


『……いいんですか』


「もちろん。いいですよ! トールと半同棲になってるんで、部屋も使っていいですし」



遠慮させてはいけないと思い、適当なことを言った。



『すみません。お世話かけて……いつごろなら、大丈夫ですか?』


「別に今日でも。大丈夫ですか? 迎えに行きましょうか?」


『いえ……』


そこから言葉が続かない。


なにか遠慮しているようだった。


「じゃあ、最寄り駅についたらまた連絡ください。SMSで困ったことがあったら聞いてくださいね」



このままじゃ、遠慮したまま切られるなと思って、畳みかけて話しかける。


こういう時は、強引に選択肢を作ってしまった方がいいというのは、ナツとトールに教えられた。



『……』



電話の向こうで、なにか声を抑えるような呼吸音が聞こえる。


それが、嗚咽をこらえているように聞こえて、胸がざわついた。



『ありがとうございます』



電話を切る前に聞こえたのは、弱弱しく消え入りそうな声だった。


一体、なにがあったんだろう。


通話が切れたスマートフォンを見ながら考える。



いつの間にか、トールの帰る連絡が来ていた。


トールが帰ってくるまで30分くらい?


母親は……どのくらいなんだろう。


SMSで最寄り駅を打って母親に送る。


部屋をキレイにしておくので、大体の時間がわかったら教えてほしい旨も添える。



(トールが帰ってくるまでに、部屋の掃除しようかな)


(あっ、だめだ! やばいナツにも言っておかないと)



もう大変だと思いながら、二人にトールの母親が自分の家に泊まるよという連絡を入れる。


ナツはじゃあトールの家に集まる?と返事が来て、トールに至ってはなんで?という感じだった。


確かに、トールにとっては母親がそんなことになっていると知らないわけだから、驚くだろう。


どういったらいいか分からなかったので「夫婦喧嘩だと思う」と書いておいた。








部屋の掃除は殆どなかったので、トールの帰宅時間に合わせて帰ることができた。


ナツも食事をしていないというので、3人で鍋を食べる。



「トールのお母さんが来るまで、あと1時間半くらいっぽい」



スマホを見ながら、予定時間を話す。



「ユーキ君。明日母は帰すので、すみません」


「いや、来ていいって言ったのは自分だし」



トールには事情は話せないけど、すぐに帰せる話じゃないよな。



「ユーキの部屋に住むなら、連れこめないじゃん。声とかも嫌でしょ」



不満げにナツが鍋を食べる。


やっぱりその話になるよなぁ。



「難しいだろうね~。だから別のところで会わなきゃなんだけど」



家以外で会うのはたまにならいいけど、平日となるとなかなかキツイだろうな。



「私の母親と住むのもきつくありません? 仲良くもない他人ですし」


「そのあたり、考えたんだけどさ、私をトールの部屋に住ませてくれない?」


「え!!!!! いいですよ!!!!!!!!」



秒でトールが答えた。



「声でっか。口から飛ぶじゃん。やめろよ」



ナツは不機嫌な顔をしている。



「別に、上田さんも来ていいですよ。三人で住めばいいんじゃないですか?」


「は?」



トールの言葉に、ナツが固まった。



「最近忙しいので、毎日ユーキ君を摂取したいんですよ。一緒に住めば上田さん分も一緒にいられるので」


「毎日か。まぁここ防音きいてるしなぁ」



なぜかナツも乗り気になった。


なんか、ろくでもない意味に聞こえる。



「なんか、いろいろ負担が大きくなるような」


「大丈夫ですよ」


「映画とか見て楽しく生きるだけだよ」



二人とも、同時に鍋をつつきながら答える。


嘘臭いなぁと正直思った。



(自分ではじめたことだ。多少大変でもがんばるか)



どうせ、いつか一緒に住むんだ。


短くて一日、長くて二週間程度だろう。その間くらいならお試し期間と思えばいい。


問題が解決する方法は分からないが、こんな感じでうまくまとまればいい。


そう思って、気を引き締めた。


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