第39話 イチャイチャ・フラペリアーノ

空港で抱き合う男女だって抱き上げたりはしない。


宙に浮いた足と、肩に潰された胸に高い!と驚く。



「見つけた!!!! よかった!!!!」


「えっ、なんでいんの」



やっと声が出る。


端正な顔が間近に迫って我にかえった。


うわ、キスされる。



「待って、人前すぎる!!!」



まわりの人が、何事かとこちらを見ていた。


こんな人前でいちゃつくのは、お子様いたら教育上よくないとおもう!!


足をバタバタとさせて抗議する。


トールはやっと下に降ろしてくれた。



「何もされてないですか? なにかされてたら殺すしかない」



物騒~~~~~~!



「だ、大丈夫だよ」



表情がとんでもなく怖くなっていたので、慌ててなだめる。


本当に殺してもおかしくない顔をしていた。



「なんでこんなところにいるんだよ。スマホ持ってきてないだろ」


背後から、落ち着いた声が聞こえて顔を上げる。


声の方向を見ると、アイスコーヒーを持った真一さんがいた。



「服にGPSをつけてるんだよ」


「えっ」



珍しく敬語ではないトールの言葉に驚く。


GPSってどこについてんの?



「ストーカー並みで怖いぞ」


「結果的に、役に立ってるから」



眉間に皺を寄らせながら話すと、こちらに向かって少しだけ彼は笑う。


「ユ……愛夏さん。ユーキ君のところに行ってきてください。ちょっと話すんで」


「う、うん」



あまりの気迫におされてしまう。



(これは、間に入ったらよくなさそうだ。)



素直にナツがいる商品の受け取り口に向かう。



ナツは心配そうに出迎えてくれた。




「ちょうど来たよ。パッションフルーツフラペリアーノ」



商品を渡される。


見た目はケーキのジュース版みたいな感じで可愛かった。


飲んでみると、果物の酸味と歯にいきわたる甘さがジャンクな感じで美味しい。



「甘くておいしい」


「俺は普通のラテにした。甘いのが得意じゃなくなったから」



二人で話しながら席に座る。


トールたちのことは心配だったが、気にするだけ無駄だなと思うことにした。



「さっきの話どうする?」


「わかんないけど、とりあえず連絡先渡すしかないかな……でも紙もペンもないんだよね」


「買ったレシートあるから、それに書く? ペンもあるし」


「ペンあるの?」


私の言葉に、笑いながらポケットからペンをとりだす。


「いざとなったら刺してユーキ連れて逃げようと思ってたからね」


「物騒~」


「あいつのほうが物騒だろ。なんかいきなりユーキに性的な話するし」


「やっとナツにもまともな倫理観がでてきたんだ」


「えっ、今、俺がディスられんの? あんなこと言わないんだけど」



ペンとレシートを渡されながら拗ねられて笑う。


けっこう大きいレシートだったので、電話番号や住所を書くのは簡単だった。



「脅されるとか不愉快だから、どっちかっていうとほっときたいよ」


「まぁ、でもほっとけないじゃん」



それに、トールと仲が悪いなら、どんな攻撃に利用されるか分からない。


自分たちがトールの弱みになることだけは避けたかった。







「帰りますよ」



連絡先を書いたレシートをたたんでポケットに入れた頃、トールが戻ってきた。


服が乱れているので、少し揉み合ったのかもしれない。



「大丈夫? パッションフルーツフラペリアーノ飲む?」



トールの服の乱れを直しつつ話しかける。



「いただきます」



そういうと、端正な顔が近づき、キスをされた。



……?!



「っ、う」



慌てて、おでこに手を押してやって放す。



「……甘いですね」



笑いながら唇をぺろりと舐めるトールは、なんの照れもなかった。


店でさかるな! 恥ずかしすぎる! 大型犬みたいだ!



「な、あ、違うだろ!」



困りながらまわりを見ると、まわりの人がこちらを見ていた。



(~~~~~!!!!)



耐え切れなくなり、飲み物を持って出口に向かって歩く。


こんな注目されてる場にいられるか! もう帰るぞ!!



パッションフルーツフラペリアーノを飲みながら店を出る。



「ユーキ」



店を出た途端、ナツに話しかけられた。



(……?)



振り向いた瞬間、口を塞がれる。



「んっ?! ふっ」



驚きながら、片手で肩を押すと、簡単に離れてくれた。



「ほんとだ。甘い」


「な、なに……」



ニヤリと笑うナツを見ながら、飲み物を落としそうになる。



「我慢してんだから、俺の目の前でやらないでくれない?」


「別にこっちからしたわけじゃないじゃん!」



不可抗力! こちらは無罪すぎる。


ナツが笑って歩いて行ったところで、トールが店から出てきた。


腹が立って、トールを小さく蹴る。



「えっ、なんです?」


「この発情期! さかった犬!」


「はぁ。そうですが。帰りますよ」



なにを当たり前のことを言っているんだという感じで、トールは自動車に向かって歩きはじめる。



「納得すんな!」



本当にもう最悪だ。次から次へと。


ナツはそんな自分を、ニヤニヤしながら見ていた。まったくもって腹立たしい。


こんなことをしていたら、真一さんがばらさなくても、そのうち広まってしまうと思った。








自動車に乗る。


トールには本当のことは話せなかった。


知っている場合はともかく、知らなかった時に傷つけてしまう。


それ以上に、今、母親が祖父とそんな状態だと伝えるのは、母親にとっても酷なことだと思えた。


さっきみたいなキスひとつとっても、二人だからいいけど、他の人からされたら嫌だ。


それ以上となったら、たぶん上書きなどできずに、ずっと辛いまま生きることになるだろう。



(成熟した大人なら、まだ割り切れるのだろうか)



そうは思えない。


だからこそ、何も言えなかった。








本家に戻ると、母親と祖父に謝罪をされた。


真一さんが出てこないところを見ると、トールが目に見える感じで何かをしたらしい。


「別になにもされてないので! 竹下さんもいたので問題ないです」


謝罪に対して、焦りながら場を和ませる。



(良かった。なにかあったら本当にトールが人殺しになるところだった)



本当に実際なにもされていないのだ。


祖父は怒っていたが、どちらかというと非難されるべきはそちら側ではないかと思う。



「じゃあ、また今度来た時に飲もう」


「はい。その時はぜひ」



祖父の言葉に、明るく返す。


機嫌が悪そうなので母親を置いていくことは気がひけたが、ナツもトールも限界そうだったので仕方なかった。




玄関で祖父とは別れ、母親は玄関の外まで送ってくれる。


今がチャンスかもしれない。


「ちょっと女同士の話してもいい?」


母親の隣に立ち、二人に声をかける。


「女同士の話?」


「オッケー。じゃあ先行ってる。行くぞ」



状況を察したナツは、トールの肩を掴んで先を促した。


遠くなる二人の背中を見ながら、どういえば伝わるかを考える。


事実なんて言えない。でもなんとなく分かるように言わないと変わらない気がする。


人間に現状維持バイアスがある以上、それが嫌でも安定と思ってしまえば、逃げることはできないのだから。



「あの、愛夏さん……わたしになにか?」



不安げにする母親をじっと見つめる。



「お母さん。今、幸せですか?」


「……え?」



どうしたら伝わる?


どう言っても伝わらないかもしれない。



「はじめて会った人間のいうことなんて、怪しいと思います。でも」


「私は、トールの実家に住んでいた頃のあなたを知ってます。だからわかるんです」



肩を掴む。


母親は、掴まれた肩をじっと見つめた。



「なんでそんなに幸せそうじゃないんですか?」


「それに、あの人の目、なにかおかしいです」



母親の目が、こちらを見る。


ポケットに入れた連絡先を書いたメモを取り出して渡す。



「逃げたかったら、連絡ください。どうにかしますから」


「でも、わたしは」



遠慮がちに、母親が目を伏せる。


なにか理由があるんだと思う。分からないけどそれだけは分かる。


でも、これ以上は時間がなかった。



「自分の人生は自分のものです。誰かに遠慮して自分の幸せをおろそかにしないでください」



怪しまれたら、なにか不都合が起きるかもしれない。


それが怖くて母親の肩から手を離す。



「それじゃ……お金とかも気にしなくていいです。息子さんと仲がいいので」



少しだけ笑ってみせてから離れる。


遠くで、トールがこちらを見ていた。


これ以上遅くなってもいけないので背を向けて歩き出す。



「……ありがとう」



背中に小さな声が聞こえた。

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