婚約・トール編

第36話 婚約したらホモ疑惑

別荘旅行から一ヶ月。


季節は冬になっていた。





竹下祐樹となっているナツは困っていた。



「本当に持崎部長と付き合ってないの?」



缶コーヒーを飲みながら、社員Aに聞かれている。


隣には興味津々の社員B。どちらも噂好きな男と言う感じだ。



「付き合ってませんて。あれは、ちょっと、事情があってェ」



休み明けにうっかり指輪を会社に付けていったら、持崎部長とお揃いでしかも薬指だったため、噂になった。


しかもユーキはというと、指に何かをつけるのが苦手だとネックレスにしてつけている。


つまり、自分と持崎部長と本格的に付き合ってる疑惑が出ていた。


しかも一ヶ月間、払拭できない。



「そうだよな。だって部長は今、上田さんに夢中だしな」



それはそれで微妙だが。



「ずっと聞かれてるんで困ってるんですよ。こっちも他に相手いるんで!」


「わかったよ。デザインが似たのとタイミングが合っただけってことだよな」


「そう。持崎部長にも聞いてくださいよ」



腹を立てながら言うと、相手は目をそらした。



「いや~。部長は目に見えて上田ちゃんに夢中だからな。竹下寂しくない?」


「別に……」



ユーキがぼんやり受け止めてるから成立しているだけで、あの感情を自分にぶつけられたら引く。


傍から見た持崎部長の行動は分かりやすいレベルで重かった。


重い自分でもそう思うし、その自分も受け止めてるユーキは大変だろうなと思わざるを得ない。



「上田ちゃん。めちゃくちゃ可愛いのに、性格が前の竹下なんだよな」


「それはそれでいいけどさ。やっぱ部長の好みってあるんだな」



社員A、Bの意見を聞きながら、やっぱり他人にも分かるんだなぁと思う。


いずれにせよ、狙ってなければそれでいいけど。



「あの人の好きな女優、全部似たタイプっすよ。履歴知ってるんで」



燃料投下ついでに面白そうなことを話す。


前に動画サイトを紹介してもらった時に履歴が出ていたので、見たらユーキ似だった。


まぁ現自分に似ていたということだが。



(あの時は慌てて髪型をいじったりしてたな~)



ちょっと女優で安心したというのも追加して思ったが、たぶん今はまた好みも変わっていることだろう。



「流石、親友」



社員Aに言われて我に返る。



「親友ねぇ……まぁインタビュー見ると萎えるらしいんで、飛ばしてるらしい」


「わかる~いらない」


「いるだろ。あれはいるだろ」



同意する社員Bに社員Aがつっこむ。


しょーもな。と思いながら話をしていると、スマホが鳴った。



(はぁ?)



メッセージアプリに表示されたメッセージを見て、思わず固まる。



(持崎部長の実家にユーキと行くから、ついてこい?)



絶対嫌なんだけど。と思いながら空を仰ぐ。


親に合わせるのはこっちが先にやったから、やるなとは言わないけど自分はノイズでしかない。


なんで? と書いて送る。



数秒後に返事はきた。


(兄が、ユーキを気に入ってたから、自分が席を外す間、見張っていてほしい、か)


なるほどね、と思う。


過保護~と言われたらそうだが、ユーキは少し危なっかしい。


それなら仕方ないかなと思いながら、休憩を終えて仕事に戻った。

















同時刻。ユーキは冷や汗をかいていた。


よくランチを食べているパスタ屋。


目の前には目を座らせたユリちゃんがいる。



「あっちゃん。どういうことか説明してくれますか」


「あの、えぇと」



さっき、この店熱いなと思ってシャツの胸元を開けたのが運の尽きだった。


二個の指輪がユリちゃんに見つかってしまった。



「知られると、流石に外聞が悪いと言いますか……嫌われるかなと」


「人間なんて大体知られたら外聞が悪いことばっかりですよ。で。どういう経緯で?」



もう、嘘をつく方がよくないな。


覚悟して周囲をみまわす。


だれも知り合いがいないことを確認してから、ユリちゃんに説明した。


魂が入れ替わったとかは言わずに簡潔に、一分くらいしかかからない説明だ。


だけど、話し終わった頃には疲れていた。



「なるほど。二人を振ったと思ったら付き合うことになったと」



説明を聞いたユリちゃんはため息をつく。


そうなのだ。確かにどっちかというと断るように言ったはずなのに、なぜか付き合うことになってた。


しかも告白したことになっていた。変だなと思っている。


結果的には良かったとはいえ、おかしな事態だ。



「でも、あっちゃんは二人が好きで、幸せなんだよね」


「うん。好きだよ。ユリちゃんの噂消すのも、二人がやってくれたし」


「あれ、本当に助かったけど、そうだったんだ」


「あれからユリちゃんはどう? まだ友達いない感じ?」


「なんていうか。本当にみんな手のひら返してきたから引いちゃって。友達はあっちゃんだけでいいよ」


「そっか……私もいないからそれでいいや」



根暗なせいか、あまり人に話しかけられない気がする。


元からそんな感じだったからいいけど、ちょっと寂しい感じだ。



「あっちゃんは部長が保護してるから、みんな話しにくいんでしょ」


「えっ、どういうこと?」


「部長が悪い噂とかあっちゃんの耳に入らないように口止めしてるの。前は竹下さんがそうだったんだけど」


「えええ、知らなかった」



確かにナツがトールと噂になって困るとは叫んでたけど、それも知らなかったし。


ちなみにトールはというと、へぇ……と言っただけで、何も困っていないようだった。



「竹下さんも気付かなかったみたいだけど、わかりやすいのに鈍いよね。今の竹下さんはそんなことなさそうだけど」



中身が違うからなぁ。


わりと自分のことはどうでもいいという弊害がここに出てるのかもしれない。



「でも、結果的に、部長はあっちゃんも竹下さんも手に入れたんだから満足だろうな」


「あ、そういう考え方もあるのかぁ」



なるほどね、と思いながらパスタを食べる。


そういえば、ナツを自分の籍に入れようとしてるし、そういうところもあるんだろうな。


あんまりよく分かってないけど、トールの愛は重いのかもしれない。



ブブブ、とスマホが鳴る。



メッセージアプリを見ると、トールからだった。



(今週の土曜日、トールの家に実家に顔見せしたい……服を買っといて欲しい、か)



いや、急だな! 家にある服じゃだめなんだ?


トールの実家には、何度か行ったことがあるけど、普通のいい人達だった。


別にその時は普通のパーカーとかだったけど、たぶん、恋人って感じだからダメなんだろうな。



「ユリちゃん、相手のご両親の顔見せに行くときの服って、どんなの?」


「えっ、もう行くの? 今日の夜、一緒に買いに行く?」



とんとん拍子に話が決まる。


トールには了解を伝えるスタンプだけおして返しておく。


ユリちゃんは夜ご飯も一緒に食べようというので、了承した。


最近、カードゲームをあんまりやれてないなと思う。



(人と触れ合うと自分の時間って無くなるんだな)



嬉しいけど、反面、変わっていく自分にちょっと寂しい気持ちになっていた。

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