第37話 トールの本家は豪邸

土曜の朝。


トールの家に、三人で向かう。


引っ越したトールが車を買ったので、移動は楽だった。


今日は、ユリちゃんと一緒に買った清楚系のちゃんとした服を着ている。



「ユーキ君。今日は本家にいくので、いつもの家じゃないですよ」


「家ってそんな何個もあるものなの?」



なんか、気にしてなかったけど、やっぱり金持ちっぽい。


ナツも一応ちゃんとした服を着ていたが、窓の外を見ていて何を考えているかは分からなかった。











2時間後に到着した家は、門が自動で開く大きな家だった。



「よく来たわね。いらっしゃい」



普通の玄関の二倍くらいの大きさの玄関で、トールの母親が、笑顔で出迎えてくれる。


そして、こちらの顔をジッと見た。



「母さん。この人が付き合ってる人。で、こっちは知ってるよね」



紹介されたので初めましてのふりをして頭を下げる。



「はじめまして。上田愛夏です」


「愛夏ちゃん。はじめまして。ユーキ君も久しぶりね」


「あ、お久しぶりです!」



母親は、私とナツを交互に見ながら会釈した。


本当はナツが初めましてだけど、そんなことは言えない。


トールの母親は、細身で40代後半だった気がするが、儚げな雰囲気の人だった。



(トールのお母さんってもっと明るかった気がするけど、こんなだっけ?)



考えている間に居間に案内される。


廊下の壁には、よく分からない絵と、造花を入れた大きな壺が置いてあった。


家が大きいと、壺が置いてあっても邪魔にはならないんだなと知った。




通された居間には、60代くらいの男性が座っていた。


少し色素が薄く、トールに似ているので、昔は顔が良かったのかもとは思ってしまう。



(でも、トールの父親ってこれじゃなかったような……)



記憶を引っ張り出しても、トールの父親は、母親と同じ年齢の黒髪で気弱そうな人だった。



「今日は急遽、父はいなくて、祖父がいるんだ」



トールの説明に驚いてしまう。


えっ、お爺さん? 親に顔合わせなのに、一般的にはそれでいいの?


まぁ、トールの中では外見は違うけど、父親には会わせたことがあるからいいくらいの認識かもしれないが。



「はじめまして。上田愛夏です」


「竹下祐樹です。初めまして」



二人で挨拶する。



「はじめまして。いや~かわいい子だな。みんな座りなさい」



言われて、三人で座った。



「竹下くんを養子にしたいっていう話はトールから聞いてるよ。仕事ができるんだってね」


「いえ……それほどでも」



ナツは謙遜しながら、額に汗をかいていた。


もうそんな話をしてるのかと思いながら、色々話す。


お茶を持ってきた母親は、相変わらず以前より静かより思えた。


その後ろに、見覚えがある顔を見つける。



(真一さんだ)



トールのお兄さんで優しい人だ。わりと会った時は話したことがある。


顔もトールよりはスッキリしている、黒髪短髪が似合うモテそうな顔立ちだった。


ただ、トールはあまり好きではないようで、最初に名前を呼んだ時はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。



(今思えば、トールも先輩じゃなくて名前で呼んでほしかったのかもな)



空気が読めなくてごめんと、思い出しながら考える。



「はじめまして。トールの兄です」



形式どおりに挨拶をする真一さんに、二人で挨拶を返した。


トールの表情は暗い。



(なんか、二人の間に確執的なものがあるのかな)



でも、考えても仕方ないので、そのまま一時間ほど談笑をした。


お爺さんはいい人だったし、快活だった。


なのに、なぜか空気が重くて、顔合わせって緊張するからこんな感じなのかなと思う。



「お酒でも飲むか。今日は泊まるんだろ?」


「いえ、泊まるつもりは」


「泊まっていきなさい」



有無を言わさない空気に、トールが黙る。


ナツは「怖っ。早く帰りたい」という顔をしていた。




突然、スッと真一さんが立ち上がる。


「爺ちゃん。酒飲む前にトールに話があるんじゃなかったっけ」



真一さんの言葉に、お爺さんは思い出したという顔をする。



「ああ、そうだった」


「トールだけちょっと家のことで話があるんだ。こっちに来てくれないか」


「分かりました」



トールが立ち上がり、心配そうな顔をしてこちらを見る。



「ちょっと行ってくるから」


「いってらっしゃい」



心配性だからなと思いながら見送る。


二人欠けただけで、かなり部屋が広く思えた。



「母さん。あと雨が降りそうなんだけど」


「え……あ、洗濯物! ごめんなさいね、二人とも」



母親が慌てて部屋を出ていく。


あっという間に、部屋の中が三人になってしまった。


奇妙な雰囲気に、少しだけ焦る。





三人だけの部屋は、シンと静まり返っていた。



(なんで、急にこんなことに)



「父親は今日、帰ってこないよ。だって、トールは爺さんの子だからね」



異常な気配に驚いていると、ぽつりと真一さんが言った。



(どういうことだ?)



母親が同じで、父親が違うということを簡潔に言ってる?


でも、今日初めて会った人間にいう事じゃない気がする。



何も言うことができず、二人で真一さんを見る。



「どうせ全員、うちの籍に入るなら知っておいたほうがいいだろ」



真一さんは意味ありげに笑っていた。


でも、そんな話は、本人以外がしていい話じゃない気がする。


だけど、もう聞いてしまった。





「で」


「ねぇ、聞きたいんだけど」



真一さんが目の前に座る。


ナツが反射的にこちらに手を伸ばし、私の身体を引き寄せた。


身体が転がる。



「なんでユーキ君が女になってて、ユーキ君が違う子になってるの?」



理解できなくて、ただ真一さんを見る。



(なんで知って……)



こんな人だったっけと思う。



「可愛いけど、元の姿でも良かったよな~。でも、まぁ養子で来てくれるんだもんね」


「晴れて結婚できるならトールも今の方が幸せか」



とぼけた表情の後、一転して冷めた顔でこちらを見る。


嫌な予感がした。



「でも、残念だよ。なんでうちの母親みたいになってんの?」



言葉が理解できなくて、止まる。



「どういう、意味ですか?」



私の言葉に、真一さんは、口元に手をもっていく。


その動作は、自然というよりわざとらしかった。



「ん~……。これだけ言えば、分かるか」



少し笑う口。



「自分の身体と寝るって、どういう気持ち?」



あまりの言葉に固まる。


理解はできた。理解はできたけど、声が出なかった。


下品と思ったが、それは事実だ。



(なんで、知って……)



突然、ナツが立ち上がり、私と真一さんの間に立つ。



「あの。初対面の人に失礼じゃないですか?」



真一さんを睨みつけていた。


それを見ながら、どう切り抜けようと思う。


喧嘩は悪手だとしか思えなかった。



「誤魔化しても無駄だよ。僕には霊感みたいなものがあって、相手の色が分かるの」


「この色はそういう行為をしても分かる」



霊感なんて非科学的なと思う。


反面、そういう能力がないと分からないことだとも思った。



「ユーキ君は綺麗だったのに、君とトールの色が混じってる」



淡々と話しながら、自分の目を指さして真一さんは笑う。


静かな部屋でクッキリと聞こえた声に生々しさを感じて、嫌な気持ちになる。



「ちょっと出かけよっか。母が戻ってくるからね」



華やかと思わせる表情で笑う。


選択肢なんて、あるはずがなかった。

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