第35話 正直者のプロポーズ

土曜日。快晴。


トールが運転する自動車に乗り、別荘に到着する。


別荘は外も中もきれいで、手入れされていた。


「海! めちゃくちゃ近いじゃん」


ナツがバルコニーから外を眺める。

2階の窓から外を見ると、海が間近に見えた。


「下に降りられますよ。行きますか?」

「うん。僕も行きたい」


3人で海辺に行くと、柵の下が崖になっている庭に出た。

下には海が真下に見えている。



「そういえば、いい手を考え付いたんですよ」


突然、トールが思い出したように言う。


「私がユーキ君と結婚して、上田さんは私の養子になれば全員籍がまとめられますよ」


とんでもないことを、簡単に言った。


(あー、なるほど。養子ってそういう風にも使えるのか。)


とんでもないけど感心してしまう。


「どうせならユーキの子供になりたい」

「トールの方がお金持ってるから、そっちの方が得だよ」


どうせうちの親なんて、僕が養子になろうがなるまいが、どうでもいい。

それなら、トールの家に入った方が得だ。




ふと、鳥が鳴いていることに気付いて、海の方を見る。

海風はないが、波の音が聞こえていた。




(海は広いなぁ……ここでいいのかもしれない)




ふと、あることを思い出し、決意する。

少し心を落ち着けて深呼吸した。


「二人とも、手を出して」


二人はこちらに向かって手を差し出す。

その手のひらに、お守りを一つずつ置いた。


「これは?」


「もう男には戻らないことにしたから、それあげる。処分して」


「本当にいいの?」


「うん。決めたから」


心配そうなナツに笑って見せる。

トールは、少し寂し気だったが、何も言わなかった。


「分かった」


頷いて、ナツは海の方に向かって歩き出す。

トールも同じように海がある柵の方に歩いて行った。


二人は、大きく振りかぶると、お守りを海に向かって投げる。



白い2つの塊は、一瞬光ったあと、海の中に消えた。






振りかえった二人は、こちらに腕を広げる。


私は、その2つの腕に飛びこんだ。










「ユーキ、手を出して」


「こっちも手を出してください」



声をかけられて、顔を上げると、二人が微笑んでいる。


少し戸惑いながら、両手を差し出した。



その手を一本ずつとると、それぞれ薬指に指輪をつけてくれた。


「え、これって……」


両手についた同じ指輪を見つめて顔を上げると

二人の指にも、お揃いの指輪が輝いている。


「4つもお揃いの指輪があるって」


なんだか涙が溢れて、隠すように笑う。

これで良かったんだと心から思った。


「本人の意思もあるので、とりあえず婚約で用意しましたが、結婚でもいいですよ」


「時間がなかったからさ。いいの探すのにけっこう苦労したよ」



二人が抱きしめてくれる。

堪えきれず涙が落ちた。





「二人とも、ずっと一緒にいてくれる?」


「もちろん!」


「約束しましたからね」





両手の指輪が一般的ではないように、たぶんこの先苦労するかもしれない。


幸せではない涙で濡れる日も来るかもしれない。



だけど、これでいい。

みんなが幸せで、慈しみあえる日々が続くように。

暗闇も夜明けだと思えるように、歩いていける。

二人と一緒なら。








「ユーキ君。家に帰りましょう」


「手を繋いで帰る?」


「歩きにくいけど、それでいいなら」












遠くなる足音。

波の音だけが残された。










第一部・完

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