第34話 イチャイチャ階段を一歩ずつ登ろう

シャッチョから連絡が来て、随分な金額がナツに戻ることになったらしい。

どういう手を使ったのか知らないが、味方で良かった~と思う。


(ヤクザとかではないだろうけど、知り合いはいそうだ)


水商売系にここまで手を出せるなら、きっと手は灰色、あまり知らない方がいい分類だ。

他の嬢に金が戻ったかは分からないが、恐らく少額は戻るだろう。

良かったなと思う。





夜に戻って食事の準備をしていると、ナツが帰ってきた。


「一緒に風呂入ろう!」


開口一言、叫ぶ。


「なんて言った?」


パスタを茹でていたので、驚きながら火を止めて麺をざるにあげる。


「今入りたい!」

「いや、今ご飯作ってる、ん、だけど」


グイと手を引っ張られて、風呂場に連れていかれる。

あまりの勢いに押されて、あれやこれやという間に風呂に入れられた。

どうやら次の段階は服を脱ぐことだったらしい。


ユリちゃんが、恋は巻き込まれるもの! と言っていた。

本当に巻き込まれている。

しかも濁流だと思った。





一時間後。


「楽しかったね!」


スッキリした顔でナツが笑う。

反面自分は疲れていた。


「ゆでたパスタが堅くなった……」

「どうにかなるって。ネットで調べた方法やってみよう」


楽し気なナツは麺をオイルをあえてレンジでチンしたりしていた。

めっちゃくちゃ元気だ。


「なんかいいことあった?」

「お母さん癌治ったっぽいんだよね」


なんでもないように言いながら、ナツはソースをあえてパスタを完成させる。


「はーい。大丈夫だよ。ま、ちょっと気になっても食べたら同じだよ」


「病気、治ってよかったね」


「本当良かったよ。謎だけど。だから来週は旅行行くって言っておいた」



ナツは意味ありげにこちらを見ると微笑む。



「冷めたけど肉も焼いてあるよ」


何も気付かないふりをして、肉をレンジにかけた。


「ところで明日ってベッドの解体とか手伝わなくていいの?」

「いいよ。行ってきて。早く行ってきてもらわないと」


……?


「電気とか開通したら、家に簡単に入れなくなるから困るじゃん」

「困ることはないと思うけど」

「さっきみたいに誘いにくいからね。流石に家が違うと」


パスタを食べる手が止まる。


「もしかして、明日を提案したのも優しさじゃなくてソッチ?」

「いや、半分は優しさ」


なんでもないように笑ってナツは肉を食べる。

全優しさではなかったとは。


「嵌められたぁ」

「嵌めてないよ。それにシャッチョにキスしてんのに腹立ってたの!」

「別にシャッチョはそういうんじゃないじゃん」

「あれ、口を近づけた時に顔動かしたら口にキスできるからね」


……!


「そんなこと思いもしなかった」

「思いもしないからダメなんだよ」


このおこちゃまが!という感じの口調で食事を終える。


「じゃ、一緒に寝よう!」

「まだ夜の8時前!」


肉を食べながら、叫ぶ。

こいつは本当にダメだ! 心の底から思った。











次の日、朝からトールに買ってもらった服を着て街に出かけた。

映画を見てハンバーガーを食べる。

前は食べられたサイズが、当然と言えば当然だが体が変わったら入らなかった。


食後の運動として、大きな公園をぶらぶら歩く。

デートと言われたらデートだろうけど、友達同士でも普通にやることだ。


「なんでデートってするんでしょうね」

「そりゃ、女の子にとっては求められてばかりだと嫌でしょうし」


心当たりがあるなぁ。

ナツは元は女なのに、なんでああなんだ。


「あとは、価値観の違いで不満が出ないかを調べるためじゃないですか」

「じゃあ僕ら7年も一緒にいるんで、そこらへんは問題ないね」


僕の言葉に、トールは一瞬止まったあと、柔和に笑う。


「ユーキ君って、本当に何気なく喜ぶこと言いますよね」

「……なんのこと?」

「まぁ、いいです」


頭を撫でられたが、何も分からない。


「あ、言い忘れてましたがトール君の向かいの家、契約してきました」


ええ、あの高い部屋。うちの倍くらいの家賃だぞ。


「更新する時とかじゃなくて大丈夫?」

「まぁ、待つよりマシなので」


なんでもない風にいう顔は、まったく金額に問題がなさそうだ。


「え、もしかして先輩ってお金持ち?」

「いや、そんなには。どうなんでしょうね」


困ったように笑う。

そういえば全然気にしたことなかったけど、今までずっとこんなんだ。

もしかしたら部長って儲かるのかもしれない。


「格差が……ナツが気にしそうだな」

「ああ、上田さんならこの前お金の稼ぎ方を聞きに来ましたよ」

「まぁ、頑張れば彼も上手くいくんじゃないでしょうか。一攫千金狙いじゃなければ」

「一攫千金ってやっぱ無理なのか」

「運がよければあるかもしれませんが、難しいでしょうね」

「僕はそういう才能はなさそうだな。あったらもう聞いてるし」

「確かに。全然今日までそういうこと聞かなかったですしね」


金が欲しい人間は金の匂いには敏感だ。

その嗅覚がゼロらしい自分は、一生こんな感じだろう。


「まぁでも二人もいたら生活をする分には大丈夫じゃないですか」

「そうだね。てきとーに生きるわ」


晩御飯は混んでいたので家に帰ってデリバリーで肉吸いを頼んだ。

肉吸いというものは、肉うどんからうどんを抜いたもので、今回頼んだものは豆腐が入っている。

トールは他にも頼んでいたが、自分にはちょうど良かった。


「あの~、聞きにくいので聞かなかったんですが、昨日は何を」


食事が終わった後、トールに聞かれる。

来たな、と思った。


「僕もあんまり言いたくないんですけど、二人でお風呂に入りました」


先輩は顔を押さえた。


「一緒に入ります?」

「入ります!!!!!!!!!!!!!!」


声でっか。こっわ。



色々こわいけど、勇気出していこう。









流れるように事は進んで

ベッドまでそのまま抱えて運ばれるというサービスをされ

一段階を超える。

時間の感覚が、よくわからなくなった。





ナツも、トールも、二人とも優しかった。

本当に恋人だなぁという感覚が、どちらにもあった。


ああ、これはもう戻れないなと思う。

でも、それでいいんだと心から思えた。














もう、お守りは捨てよう。


僕が私になるために。

二人のために。


幸せになるために。











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