第33話 相手を潰すことに必要なのは、良心の撤廃

深夜のファミレスで二人で向かい合う。


近くにはトールとナツ。反対側に麗華ちゃんとモモちゃんがいた。


ドリンクバーではない紅茶を2杯頼んだが、相手が飲むかは分からなかった。

目の前の美月は、ムスッとした態度を隠さずに、机をトントンと叩いている。


「あのさ、アンタ、ワタシの彼になんかしなかった? 連絡がとれないんだけど」

「あいつは店とグルになってるから、さっき連れていかれたんじゃない?」


イライラとした口調に、淡々と返す。


「アンタが告げ口しなきゃ、捕まることなんてなかったでしょ」

「悪いことしなきゃ、捕まること自体ないから」

「またヨリを戻したいからって、なんでこんな酷いことするのよ」

「ヨリを戻したい? 冗談でしょ。ぜんぜん要らない。お古で良ければどーぞ」

「強がらないでよ!」


イライラとした調子で美月は叫ぶ。

ああ、こいつはさっき店の最初の方はホールにいなかったんだなと察した。


飲み物を持ってきた店員が驚いている。

謝って受け取ると、店員は素早く帰っていった。

店の迷惑になるから、早く退散した方が良さそうだ。


(でも、これだけは聞いておかないと)


「私が聞きたいのは。なんで彼氏盗ったの?」


ナツのために聞きたいことはこれだけだった。

彼氏は目的が分かったからいい。だけど友達から裏切られたら辛いだろう。

理由があるのなら、それを明確にしておきたかった。


「別に、アンタの彼氏を盗ったわけじゃない。あの人が勝手に惚れただけ」

「アプローチされたからって、ホイホイついていかなきゃそうならなかったでしょ」


そう言うと、美月は押し黙った。

目はギラギラと憎しみを感じる瞳をしていて、可愛くない。

そのうえ、確信をつくと黙る。

もう、コイツと一緒にいても実のある会話はひとつもない。

新しい情報が何も出てこない。むしろ、なにもないのかもしれない。

なにか深い理由があればと思ったが、そうじゃない人間も世の中にはいる。

ナツが話を聞いて楽になればと思って来たけど時間の無駄だ。


でも、ナツが傷つけられたのはイラっとするから、嫌味だけは言っておこう。

どういえば効果的か考えて、少し身を乗り出す。



「彼女がいる男にアプローチされて付き合うとか、プライドがないの? 恥ずかしい」



プライドが高い人間なら、きっとこういう言葉が効くだろう。

紅茶を一気に飲むと、席を立つ。


「もう帰る。どうせ私への当てつけとかそんな理由なんだろうけど、二度と近づかないで」


会計票を手に取ると、微笑んで見せた。


「お金も手切れ金として払っといてあげる」


ブルブルと怒りに手を震わせる女に背を向けてレジに向かう。

嫌味な女にできた自信はあるけど、これで少しはナツも気が晴れただろうか。





「アンタァァァァ!!!!」


突然後ろから、大声がして振りかえる。


美月がステーキナイフを持ってこちらに振り下ろしそうになっていた。


次の瞬間。

その手は腕を掴まれて停止する。


トールだった。

ナツが回り込むと、美月の顔を覗き込む。


「美月さぁ。そうやってすぐ楽なほうに行くからダメなんだよ」


ナツはそういうと、ステーキナイフを取りあげた。

麗華ちゃんとモモちゃんが、まわりに謝りながら美月の両腕を掴む。


嬢の二人は行っていいよという合図を送ってきた。

時間をとられるし、警察に突き出す価値もないもんな。



「なんで……。 私より下にいるはずなのに」



憎々し気に睨む女に、なんでこんな性格なんだと思う。

少なくとも、お前よりナツは賢いし、性格もいいし、情緒もまともだ。


「最初から下にいない。そう思いたかっただけでしょ」


美月の顔を見つめて言う。

それから、隣にいるナツとトールの手をとった。


「あと、強がりじゃなくて、本当に彼氏がいるから、あいつは要らない」


微笑んで見せると、二人も合わせて微笑む。


「じゃあね」


レジに向かって歩いていく。

背後でモモちゃんがあれ二人とも彼氏。凄いよね~などと言っていた。









会計を済ませ店から出て、駅の方角に三人で歩く。

まだ深夜なので、始発まで数時間はある。

ハイヒールのコツコツとした足音がやけに夜道に響いた。


ああ、羞恥心で顔から火が出そうだ。


「上手くやれた?」

「うん。すごいスッキリした」

「彼氏って言われるのは気分がいいですね」

「ユーキも嫌味とか言えるんだね~。いやー、スッキリ」

「嫌な女だったから悪い感情出ちゃったな」


後悔はしてないけど、ちょっと反省はしている。

ナツのスマホには、麗華ちゃんとモモちゃんから今度お祝いしようと連絡が来ていた。

どうやら元カレが店とグルで金を引っ張っている話をしたらしい。

美月は店をやめると意気消沈で帰っていったとのことだ。

人の不幸を喜ぶのは行儀が悪いが、二人とも楽しそうだった。

それだけのことをしたんだから仕方がないだろう。

恨まれるとろくなことがないのだ。


「じゃあタクシーで帰りますかね。うちに泊まります?」

「三人で割ればタクシー代も安いね」

「じゃあ泊まりますか~。疲れててなんにもできないけど」


流石に、朝から晩までフルで動いてたら変な気を起こす元気もないよねと思う。

タクシーに乗っていると、いつの間にか全員眠りに落ちていた。









先輩の家には、全員分の歯ブラシや服が置かれていて、いつでも泊まれる状態になっていた。

申し訳ないけど、すごくありがたい。あとベッドが広いから楽。


三人でベッドに入り、寝る。


「そういえばさぁ。持崎部長んちの別荘行くじゃん? ヤルんでしょ?」

「そうですね。流れが上手くいけば」

「じゃあ明日、お見舞いに行ってから帰ってくるから、夕飯までにユーキ帰ってきてよ」

「普通に帰る予定だったけど」


……?


「で、日曜日は俺まじ引っ越ししないとまずいから、持崎部長の家にお泊りしたら」

「月曜はユーキ君はこの家から出社ってことです?」

「うん。嫌だけど、俺の方が一緒に住んでるから不公平だし」


不公平……と言われるとそうかなという気もする。

でも、よく考えてほしい。普通に聞いてたけど、ちょっとおかしい。

一度帰って、そのあとにまたトールの家にまた行く意図は?


「なんか、土日に一段ずつ上がる話になってる?」

「そうだよ。二人一緒より負担が少ないだろうし」

「私はいいですけど。やっぱり二人だと嬉しいし。でもユーキ君の意見が最優先ですね」


うーん……急すぎない?

だけど、日曜なら、平日夜より大変じゃないのかな? わからない。

じゃあ、それが一番楽かぁ


「それしかないか。わかった」


なんかやっぱり、自分って流されやすいのかもしれないなと思う。

それ以上に、自分の中に欲を……いや、あんまり考えないことにしよう。


「よし! では今日はみんなお疲れさまでした! どうもありがとう! おやすみなさい」


羞恥に耐え切れず、そのまま叫んで寝た。





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