第32話 場内バトル

真梨香という名前で働いている女は、美月という名前らしい。

風俗店勤務の時に仲良くなった同僚で、苗字は知らないとのこと。

仲が良かった頃の写真を見せてもらったが、ごく普通の女の子だった。


(何が理由で、こんなことになってしまったんだろう)


考えても、自分の中で考えと他者の考えは異なる。

善悪やモノの考え方自体一人一人違うのに、勝手に考えたところで意味がない。

キャバクラに行く準備中、そんなことを考えた。




金曜深夜。


店から少し離れた路上に、ワゴン車で停車する。

車中には僕たち三人と、シャッチョの四人がいる。

準備は万端。身支度も万端。自分だけじゃなく、なぜか二人も服が決まっていた。


「ユーキちゃん。えらい可愛いなぁ」


今日もラフな格好のシャッチョはニコニコしている。


「まわりが煌びやかなのに地味な恰好では戦えないらしいので」


男は拳だが、女は女の戦いがあるらしい。


「そろそろ閉店で、麗華ちゃんがカギを開けててくれるみたいです」


「あ、でも、ビルの前に……」


窓の外を見て、ナツが呟く。

外をみると、しなびたポテトのような頭の男が目に入って、少しだけ身が堅くなった。



「ああ~、ユーキちゃんごめんねぇ。すぐにナイナイするからねぇ」


シャッチョはこちらを見て、スマホを取り出すと、どこかに電話をかける。


「そこにいる金髪の彼~丁重にご案内して~。よろしく~」


すると、どこからか数人の男が来て、何かを元カレに話しかける。

どういう話術を使ったのかは知らないが、元カレは逆らうことなく男たちに連れていかれた。

正直怖い。人間って簡単に誘拐されるんだなと思う。


「あ、そろそろ客が全員帰るらしい」


ナツがスマホを見ながら言う。

連携がとれているというのは素晴らしいと思った。


「じゃあ、ユーキちゃん。時間は10分だけあげるから、楽しんでな~」

「それ以上って難しいですか?」


少し話す時間が足りないかなと思って聞く。


「考える時間はあんまり与えないほうがいいね。悪いことも30分あればいくらでもできるから~」


にっこり笑うシャッチョはいつも通りだった。

それがちょっと怖くて、でもその感情を見せないようにする。


「分かりました」


笑って見せると、ワゴン車から降りた。







ララリラは、雑居ビルの三階にあった。

今回の作戦は簡単。正面から入って確認するだけだ。


ビルの前につくと、エレベーターから最後の客らしき人が降りてきたところだった。

入れ違いに三人で乗り込む。


店の入り口は鍵が開いていて、麗華ちゃんが出迎えてくれた。

そして、二人を見て、少しだけ驚いた表情をする。


「ちょっと、純。彼氏?」

「う、うん。護衛に」

「どっち?」

「二人とも」

「は?」


ほんと、ハ? だよな。僕が相手の立場でもそう思うわ。

しかも本当の純は彼氏の方だよ。


驚きながらも店に通されると、まだ数名ホールにいた。


「あ、純じゃん」


いろんな人が話しかけてくる。


「ちょっと店長と給料のことで話をしようかと思って」

「あ! アタシも一緒に話す! ちょろまかされてること!」


モモちゃんが急いでこっちに来た。


ちょろまかされているという言葉に、ホール内の全員が止まってこちらを見る。

目立っている。恥ずかしい。


「ところでこの人たち誰?」

「純の彼氏だって。二人とも」


麗華ちゃんの言葉でモモちゃんは二人を見た後に、こちらを見る。

というかその場の注目を集めていた。


見ないでほしい。恥ずかしい。


「やば。やるじゃん」


背中を叩かれたが、気が気じゃない。

話をしないといけないのに、覚悟がブレてしまう。




「どうしたんですか!? 連絡もなく突然」


ホール内の空気を壊すように、男の声が響く。

声の方を見ると、人あたりの良さそうな、気弱そうに見える男が立っていた。


(服も高そうだし、店長かな)


「これ。他の嬢より私の給料が低かったこと、説明してくれますか」


店長に封筒を渡す。

中には明細書が入っていた。


「そうよ。四位のアタシより純が低いのはおかしいわよ」


モモちゃんが加勢してくれた。


ホールにいる全員がざわつく。

全員が自分はどうなんだろうとコソコソと話していた。


「誤解があります。ちゃんと確定申告されているんだから法的には間違っていませんよ」


「法って言葉を出せば、よく知らない人間は納得すると思っていますよね」


腹を立てつつ、落ち着いて言う。

店長は、少しだけ声を詰まらせた。


「ここではなんですから、奥に行きましょうか」


奥に促しながら店長が歩きはじめる。

視界の隅で、黒服が入口の方向へ動くのが見えた。


(あ、やばい)


「そこ出るの止めて!」


振り返って叫ぶ。

たぶん、外に出て味方をよぶなり、警察を呼ぶなりするはずだ。

ちゃんと誤魔化せているなら、警察を呼んでも問題がない。

かえってシャッチョがいる自分たちの方が不利だ。


トールとナツが走って二人の黒服を止めに行く。

と、今度は店長が出口に向かって走り出した。


「何のつもりだよ!」


ヒールを脱いで走る。


逃げる背中の襟首に手をかけた。



その瞬間。


キィ、と目の前の入り口が開いた。


外からシャッチョが顔を出す。


「遅れてごめぇん」


おどけているが、額には玉の汗をかいている。

なにかがあったのは明確だった。


「店長さぁん。仲間呼んだだろうけど、もういないよ~」


シャッチョは簡単に店長を捕まえて、床に転がすと足で押さえる。

あまりに自然に動いたので、見入ってしまった。


「最近、会計士消えなかった? その子、オレんとこで就職したの」

「帳簿の悪さも、お土産に持ってきてもらった~」


シャッチョはそういうと、スマホの画像を男に見せた。

まとまった書類らしきものが、そこには写っている。


「嘘だ!」

「嘘じゃないよ~金庫見た? 入ってるのはゴミかもねぇ」


入り口から、ばらばらと治安の悪そうな男たちが入ってくる。

嬢たちが騒ぎそうになったが、自分たちに興味を示さないと気付くと静かになった。


「弱み握って働かせるから逃げられるんだよ。お友達もね」


店長を足で押さえながら、シャッチョは笑う。


「で、取引しよっか。ちょっとお金かかるけど、悪いようにはしないよぉ」


店長は、返事をしなかった。

だが、シャッチョが連れてきた治安の悪そうな人たちに渡されて連れられて行く。






店内は、嬢とこちらの仲間しかいない空間になった。


シン、と静まりかえる空間。



「ありがとうございました。助かりました」



お礼を言って頭を下げる。

グレーなことは百も承知だが、間違いなく彼のおかげで助かった。

シャッチョは膝立ちになると、微笑んでこちらを見る。


「ユーキちゃん。オレがんばったでしょ。チュってして」


ちゅ?


一瞬、キスのことか分からず固まる。

後ろでよく分からない騒音が聞こえた。


まぁ、おでことか頬なら、よく優勝した人にしてるのとか見てるしアリか。


実際、すごい働いてくれたし。ここまでは普通してくれないよ。



「おでこでいいなら」



照れながら言う。


「わーい」


喜ぶシャッチョのおでこに、そっとキスをする。

まわりの嬢が、キャッキャと笑いながら見ていたので照れてしまった。

後ろにいる二人の彼氏の顔は、正直、今は見たくない。



「じゃあ、また連絡するね~」


喜んでいるシャッチョはそのまま手を振りながら店を後にする。


「純ったら、どれだけの男を手玉に取っているのよ」


麗華ちゃんが少しにやけて聞いてきた。


「手玉にとってない! カードゲーム友達!」

「ふぅん」


意味ありげに麗華ちゃんがほほ笑んだ。


嘘じゃない! 嘘じゃないのに!


横では、モモちゃんが仲間の嬢に給料明細を見せながら説明している。

みんな、自分も被害にあっていないか心配なのか、口々に話しあっていた。


「お金が返ってきたらいいけど、返ってこなくても搾取されてるよりはマシよね」


「そうだね」


麗華ちゃんの言葉に笑って返す。


ふと、視線を感じた。




視線の方向を見ると、そこに写真で見た顔と同じ顔の女性がいた。



「美月」


名前を呼ぶと、その顔は一瞬憎しみに歪む。


「あ、やっぱり真梨香って純の友達だったんだ」


麗華ちゃんは、嘲るように言った。


「アンタ純の彼氏とったんだってね~」


モモちゃんはおちょくるように笑う。

まわりの嬢は、なんの話だと僕たちを注目していた。


「愛夏、帰り、話さない?」


美月はまわりを気にしてか、にっこり笑いながら言う。


「良かった。私も話したいと思ってたんだ」


微笑んで答えると、美月の顔は少しだけ醜く歪んだ。

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