第31話 嵐の前のイチャイチャ

水曜日。


真梨香のシフトの関係上、キャバクラに行くのは、金曜日の深夜になった。

当初は真梨香の顔をチェックするだけという話だったが、それはなくなった。

店を成敗するかもしれないという話をしたら、モモちゃんも麗華ちゃんもそっちのほうがいい!と言った。

自分がやめるか相手が潰れるかなら、相手が潰れた方が気分がいい理論らしい。

ついでに真梨香も潰れたら幸せらしい。

清々しいくらいスッキリきっぱり嫌っていて、ちょっと笑った。





そんな話をしつつ、今日は僕の家にトールを招いた。

今日はシチューだが、なんだか全体的にぎくしゃくしている。


前回集まった時がとんでもなくエロかったので、なんだか落ち着かない。

なんだか全員そわそわしていた。


「今日はそーいうのしないよ。平日だし! この前だし! あの時は特別ルールだったし」


先制でガードしながら、肉がたくさん入ったシチューを出す。

肉が主体なので肉のシチューがけみたいな感じだ。


「わかってますよ。やりすぎますからね。我々」

「今手を出すと歯止め聞かなくなるからな~」


口々にいいながら、シチューを食べる。

足りないだろうから、ロールパンも一緒に出しておいた。


「あ、お酒飲もう。日本酒も買っといたよ」


冷蔵庫からお酒を出す。

せっかくだしと今日、買い物ついでに買っておいたんだ。


「トールはこの辛口の好きだったよね? ナツはこの発泡酒好きだから買っといた」

「ユーキ君がいい彼女すぎる」

「早く籍入れよう」


なんて答えたらいいのか分からなすぎる。

とりあえず乾杯~と言いながら林檎のお酒のふたを開けた。


「そういえば、三宅さんの件は上に伝えておきましたよ」

「ありがとうございます」

「あの噂は消えてると思っていたのですが、悪いことをしました」

「聞き取り調査をして、その噂を流している人間に厳重注意をしました」

「俺も聞き取り調査した―。持崎部長と一緒に行った女が元凶だった」

「男に惚れてたらしくて、ショックで事あるごとに言いふらしてたんだって」

「とはいえ、男性社員も悪ノリして広めていたらしいので……」


一度の注意くらいで収まるとは思えないが、一歩前進ってところか。


「これから良くなったらいいなぁ」


食事を食べながらしんみりする。

ふと、今日はナツが新しい家に行く手続きをする日だったよなと思い出した。


「そういえば、トールはちょい残業だったけど、ナツは新しい家の手続したんだっけ?」

「ああ、家の鍵貰った。行く? 隣」

「隣?」

「うん。空いてたから。隣の部屋借りた」

「驚きの新事実なんだけど!」

「大家に適当に理由作って話したら手続き簡単にしてくれたし、ユーキの部屋安くしてくれた」

「すごいコミュ力のバケモンじゃん。ありがとう」


毎月の家賃が減るなら、泊めたかいがあるってものだ。


「電気もガスもしばらく通らないけど、隣なら性欲管理できるしいいでしょ」

「言い方よ……」

「待ってください。隣ってずるくないですか?」

「持崎部長も引っ越してきたらいいかと」

「まぁ向かいの賃貸、いいなって思ってるんですよね。今より安いし」

「向かいって、けっこー高いのに」



部長ってそんなに稼ぎが良いんだっけ?


「だってユーキ君が引っ越してきてくれないから」


それはそうだねと思う。

その日はそのまま食事を食べた。





夜9時半


トールが帰るというので、送りに行く。

ついでにヒールを履く練習のためにヒールの靴を履いた。

キャバクラに行くときにヒールを履かないと舐められるとのことで、歩く練習をするのだ。


「じゃあ、行ってくる~」

「帰り道アイス買ってきてくんない? ボリボリ君」

「わかった~」


ヒールを履いて外に出る。

歩きにくい。

7センチは人が歩くようにデザインされていないと思う。


夜道を二人で歩く。

自宅周辺は10時過ぎるまでは明るいので、そんなに危ない感じはしなかった。


「来週あたり、海の方にある別荘に三人でいきませんか?」


歩いている途中、トールがスマホに表示された画像を見せてくる。

森の中にあるコテージのような建物が表示されていた。


(別荘か~。気分転換にはいいかもしれないけど)


「行きたくはあるけど、最近お金使いすぎてるからな~」

「ああ、うちの実家の別荘です」

「実家で別荘持ってんの?」


初めて聞いた。

何度かいろんな場所に連れていかれたことはあるけど、トールってもしかして金持ちか?

カードゲームのことしか考えてなくて気付かなかった。


「管理してるからきれいですし、まわりに民家もないので多少騒いでも大丈夫ですよ」


ニコニコしながら説明するトールを見ながら、怪しいなと思う。

そんな騒ぐことあるかな?


「もしかして、スケベなことしようと考えてない?」

「まぁ……」


だよねぇ。


「だって、あそこまで乱れてるの見たら、けっこうキツイです」

「キスとかじゃもうだめ?」

「今もしたいですけど、でも、あれは超貴重なレアカード扱いなんですよ!欲しくならないですか?」

「キスはノーマルカードかぁ」

「ユーキ君は存在がレアカードですよ」

「なっ」


思わず照れてしまう。

男の時にこの感じで迫られなくて良かった。うっかり掘られるところだった。

まぁ今も同じような状態なんだけど。


「最後までするのって、あと何個、段階残ってるの?」

「二個、ですかね」


じゃあ、ナツが今で、次がトール。

たぶん、この前のきもちいいヤツが、トールのやつ。


前に、トールにダメになると言われてたけど、確かにクセになりそうで怖い。

一週間に一段ずつ上がるのは、難しいことじゃないけど、恥ずかしいな。


そこで、ふと自分も全部受け入れていいと思ってるんだなと気付いてしまった。


(はっずかしい)


どちらにしろ、もう自分も知らなかった時に戻れないんだなと思った。


「じゃあ、一応、別荘に行くってことで」


照れながら言うと、先輩も照れながら笑う。


「分かりました。あ、コンビニ付きましたよ」

「ああ、じゃあこのへんで。アイス買うだけなんで」

「いや、送りますよ」

「え、いいですよ」


話しあいながらコンビニに入る。


「コンビニでアイスを買うと、溶けない位置に住んでると思われて追跡されるんですよ」

「そうなの? 怖。油断できなすぎる」

「多分上田さんも送り届ける前提で頼んでますよ」

「そうかな~」


サッサとアイスを買って、送られながら家に帰る。


「なんかすみません。無駄に歩かせて」

「じゃあお礼にキスしてもいいですか?」


急に言われてドキリとする。


「あ、はい」


目を閉じると、トールがキスしてきた。

歯を割られそうになって、歯磨きをしていないことを思い出して焦る。


「あの、アイスが溶けるからっ」


慌てて止めると、トールは目を座らせたまま「これも計算か」と言った。

アイスが計算? 偶然だと思うけど。


でも、アイスが溶けないぎりぎりの距離だし、確かにそうかも。

家までの距離を帰りながら、ナツは賢いかもしれないと思った。






マンションのエレベーターまで先輩に送り届けてもらって家に帰る。

ナツにアイスを渡すと嬉しそうに冷凍庫に入れた。


「今たべるんじゃないの?」

「別に今食べたいんじゃないし」


え、じゃあやっぱり


「トールと一緒にいる時間の調整だったってこと?」

「半分はヒールで歩く時にゆっくり歩きすぎないようにだよ~」

「半分」


あと半分はやっぱり、と考えていると、ナツが近寄ってきた。


「な、なに?」


壁際に追いやられる。

と、顎を軽く持ち上げられた。


「俺はね。本来嫉妬深いんだよ」


一瞬微笑んで、それから口づけられる。

また口を開けられそうになって、驚いて肩を押した。


「あ、は、歯ブラシしてないからっ」


僕の言葉に、一瞬ナツは固まる。


「あ、そっか。なるほどね」


珍しく照れたように笑って髪を撫でられた。


「気にしなくていいよ」


囁いた後、再度、唇を塞がれた。


混乱する頭の中、じゃあトールに悪いことしたかなと思う。

でも、そう思うことすら悪いことに思えて考えないことにした。




よくない暴走列車に乗ったような気分だ。

もう降りることもできない、止めることもできない。

ブレーキが壊れているんだなと、ぼやけた頭で考えていた。




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