第30話 ユリちゃんの慟哭

日曜日。


休みたかったが、約束していたのでユリちゃんちに行く。

ユリちゃんの家は、オートロックの他にも防犯面に優れていて女性が住むのにはちょうどいい。


(自分の家もオートロックはあるけど、変えたほうがいいのかな)


オートロックはトールがうるさいので選んだのだが、役に立っていると思う日が来るとは。


「上田さんが来るので、少しは掃除したんですよ!」


にこやかに迎えてくれたが、部屋はとても汚かった。

人は歩けるし、見えないだけかもしれないが、虫がいるとかはない。

ただ、かなり物が多いのと、ダンボールが多かった。


「好きに掃除しても?」

「はい。大切なものは片づけました!」


どこから片づけよう。

とりあえず、物を減らしていかないとな。

ゴミの中から大きめのダンボールを拾う。


「部屋のスケールに対して、洋服量が多すぎるので、この中から必要な服を拾って、この箱に入れてください」

「全部必要なんですけど」

「今の半分の部屋に引っ越した時に、お気に入りしか持っていけませんよね。その気持ちで選んでください」


口を突き出して拗ねるユリちゃんに、思わず笑う。


「頑張りましょう。百合子さんに似合う服だけのほうが、生活のクオリティが上がりますよ」

「わかりました~」


拗ねながら頑張るユリちゃんを見ながら、乾くのに時間がかかるので、洗濯物は洗ってしまう。

他人のブラとかは恥ずかしかったが、床に落ちている下着は使ってはいけない気がして洗った。

弁当などの汚れものはなく、虫がわかないものが多い。

案外早く終わりそうだった。


と思ったんだけど。

五時間くらい経ってやっと大体見られる程度という感じの仕上がり。

まとめたゴミは14袋 まとめた段ボールは8束 壮大な量だった。


しかも、二人の確認が多すぎて、安心させるために二時間くらい通話を繋ぎっぱなしにしてから切った。


「あ! 上田さん! お守りありました!」


ユリちゃんが大声を出してこちらを振り向く。


「え! ユリちゃんやりましたね」

「え!」


あ、やば。ユリちゃんって言っちゃった。


「ユリちゃんって呼んでくれました?」


ニコニコしながらユリちゃんがこちらに歩いてくる。

そして、こちらにお守りを手渡した。


「じゃあ、こっちもあだ名で呼んでいいです? あっちゃん」

「あっちゃん」


思わず笑う。


「いいですよ。じゃあ、ユリちゃんあっちゃんで」

「こんな家だから、これを最後にフェードアウトかもと思ったから良かった」

「ユリちゃん、友達多そうですけど」

「なんか、昔の友達は良くないからけっこう切っちゃったんですけど、会社ではハブられてて」

「はぶられてるんです? 人気あると思いますけど」

「そりゃ、男性社員には。でも、女性社員は私のこと嫌いですよ」


確かに、ユリちゃんは一人でご飯を食べてることが多かった。

話しかける時はいつも一人だったし。


「ちょっと、悪いうわさが前に流れて……聞いたことないですか?」


いきなり会社をやめた佐倉君の話だろうか。

自分があまり飲み会にもいかない奴だったせいか、今まで全然知らなかったけど。

でもまぁ、今は知ってるな。


「男性社員の話です?」

「やっぱり知ってるんだ」

「でも、ユリちゃんはそんなことしないって言っておきました」

「信じてくれるの?」

「別に人の気持ちを慮れないひとではないと思いましたので」


ユリちゃんは、そこらへんに落ちていた捨てる服を拾うと、目の端を拭く。

汚いかもと思ったけど、それが素なのだと思うと何も言えなかった。


「ちゃんと話しておくと、私には男性を泣かせたいという趣味があるので、コレクションがあります」


そう言うと、ユリちゃんはツカツカとあるいて、クローゼットを開けると、箱を持ってくる。

パカッとあけると、あまり公では見てはいけないものがたくさん入っていた。


(うわ、すごい。これを男性に? 女性ではなく?)


「これを彼氏に?」


「はい。でも、そんなに長い時間じゃなくて、遊びの範囲ですよ」


「でもアイツは、勝手に人のコレクションを持って帰って使ってたんですよ」


「泥棒なのに、なぜか被害者ぶって悪評が流れました」



ユリちゃんは箱を閉めて、悔しそうに言った。



「欲を探求しすぎて自分でぶっ壊れたのに、人のせいにされても困ります」


「大体、言わなきゃ無断欠勤したって理由なんてわかんないじゃないですか」


「恥を恐れず人に言う時点で、そういう趣味なんですよ」



気持ちを抑えて少しずつ話すユリちゃんの言葉は、叫び出しそうにも思えた。


確かに、言わないで適当に誤魔化せばいいのに、とは思う。

話している時のトールは、やばいものを見たという顔をしていた。

もしかしたら、そういう欲求の対象にされていたのかもしれない。


「確かに、その言い分が正しいです」

「本当に、あいつのせいで、やましい目で見る人も多くて」


辛そうな顔でユリちゃんは言う。

なるほど。僕にトールが手を出してこなかったのはこの件も理由にあったのかもしれない。

どんな状況で、どんなものを見たかは知らないけど、怖いよな、そんなの。


イカレタ奴っていうのは、どこにでもいるもんな。

ユリちゃんも本当に災難だろう。


「これからは、言われたら訂正しますから、これからは消えていきますよ」

「でも、男性社員が飲み会で面白おかしく話すから消えませんよ」

「大丈夫。任せてください」

「……うん」


本当かなという調子で、ユリちゃんは俯く。

二年も噂が消えなければ苦労しただろうし、嫌なことも言われてきたのだろう。

本人が頼んだところで自業自得と思われて消えないのかもしれない。

トールは口が堅い方だし、噂を広めたというわけではないだろう。

きっと様子を見に誰かと一緒に行って、その誰かが広めたのだと思う。


だけど、上司命令なら噂は収まるはずだ。

トールに頼めば、責任感もあるから、うまくやってくれる。


でも、なんで僕は知らなかったんだろう。

同期に近かったせいかもしれないな。

考えながら、部屋の掃除を再開する。


夜までかかったが、部屋はきれいになった。

適当にコンビニ飯を二人で食べて、和やかに別れる。


お守りも手に入れたし、今日はいい日だ。

二人が危惧することは何もなかったので、そりゃそうだろうと思いながら家に帰った。

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