第24話 何もない者は、灰色でも受け入れる。
水曜日
朝起きてリビングに行くと、身支度をしている不機嫌なナツがいた。
「ナツ! キスしよう!」
「やだよ」
朝一番に言って瞬時に叩き落される。
月曜から毎朝誘ってはみているが、思うようにいかない。
トールの方がちょろいのではと思ってきた。
「だめかぁ」
「入れ知恵されてんのもイラつくけど、そのまま言うのは色気がなさすぎない?」
「言われたからネットで調べてみたけど、よくわかんなかった」
「じゃあダメだよ。はやくご飯を食べな」
プンプンという様子のナツの背中を見ながら、シリアルに牛乳をかけて食べる。
色気というものを調べたところ、品とか所作とか出てきたが、求めてるものとは違う気がする。
怒る気持ちもわかる。行為の段階を理解したうえで相手を選ぶならそれは怒る。
もっと上手い誘い方をしたら良かったけど、すぐにばれてしまった。
演技力に問題ありなのかもしれない。
「キャバの店に行くのっていつだっけ?」
とりあえず気まずいので話を変える。
「仕事終わりに着替えていくのはきついから、土曜日の予定」
「おっけ。でもお母さんは大丈夫そう?」
「うーん……あとしばらくはもつって聞いてるから」
やっぱり、かなり悪いのか。
日曜日帰ってきたナツの顔色は本当に悪かった。
悪すぎて状況は深く聞けなかったが、今は座るのも厳しい状況らしい。
お見舞いに行った時に見た母親が動かないなとは思っていたが、無理をしていたのだろう。
「でもさ、ユーキって、なんでお母さんが病気だって分かったの?」
ナツがネクタイを締めながら聞いてきた。
ふと、過去の記憶を思い出す。
思い出す過去の映像は、いつだって病的に細い身体だった。
「育ててくれた婆ちゃんが亡くなった時、同じような動き方してたんだよ」
「僕の両親は離婚してて、育ててくれたのは母方の両親だったから」
母は、僕のことを引き取ったが、再婚し実家には寄り付かなかった。
爺ちゃんが死んだ時に金の無心をしにきたが、遺留分だけ奪っていってそれっきりだ。
一人きりの僕を心配して、婆ちゃんは大学に行かせるまで準備してくれて、亡くなった。
「たぶん、僕が子どもだったから、婆ちゃんは入院しなかったんだと思う」
「だから、ナツが気付かなかったのは仕方ないよ。僕だってわからなかった」
人間は経験から学ぶ。
最初から隠そうという人間に気を遣えば気付くことはできない。
シャッチョは、どちらにしろ後悔すると言った。
その通りで、仕方ないと思う反面、あの時ああしていれば助かったのではと思うことがある。
考えても、過ぎた時は戻らないのに。
考えていると、いつの間にか目の前にナツがいた。
「ユーキ。俺と、幸せな家庭を作ろうな!」
両手を握って真剣な顔で言われる。
「は、はぁ」
朝からどうしたと思う。
驚いてしまってそれしか言えなかった。
やっぱり、母親が亡くなりそうだから不安定なのかもしれない。
(男に戻らないことを選択すれば治せるけど、悪化すると治しても元に戻らないだろうな)
わかるけど、決めかねていた。
あの日の神社での出来事は、二人には言っていない。
言ったところで、本当に叶うかわからないし、二人の気持ちはもう分かっているから。
だから、男に戻りたいと思うのは自分だけのこだわりだとも言えた。
(別に自分には子供を産みたいという願望もないし、元の身体のほうが有利なことも多い)
二人の性欲に踊らされてる狂った状況も、男に戻れば簡単に打破できるだろう。
だが関係性が変わり、誰かが一人になるかもしれない。
自分が平等に接することで得られる三角だってすぐに崩れそうな均衡だが、もっと壊れるのは早いだろう。
そう思うと、自分が元に戻りたいと思うのも、我儘な気がした。
でも、元に戻りたいという願望は消せなかった。
(僕は私になりたくない)
(それに、完全に終活を終えた母親が生き残りたいかも分からない)
生きることは呪いだ、と昔はよく思っていた。
子どもの戸籍が変わり、弱った体で生き延びたいとは考えていないかもしれない。
簡単に死ねはしないし、死には苦痛を伴う。
生きたいと思ってはいなくて、弱っている今なら、楽に逝けると思っているかもしれない。
(でも、きっと婆ちゃんだって生きたいと思っていたはずだ)
心の中で、本心と憶測がせめぎ合う。
すべて推測に過ぎないと思いつつ、決意できずにいた。
夜、シャッチョとカードゲームの会をした。
先週のお礼なので、もちろんナツも一緒にいる。
場所は、会員制のバーみたいな場所の個室だった。
食事が終わったらがゲームもしていいらしく、おごりなので値段は知らない。
食事が終わり、プレイマットを敷いてゲームをする。
ナツはゲームをしないでただ僕らのゲームを見ていた。
ただ、キャバ嬢の経験があるので、かいがいしくシャッチョの世話をやいて相手もご機嫌だった。
「面白いですね~」
「ユーキちゃんも腕落ちてないな」
「これは割と慣れてますからね」
そんなことを言いながら対戦をする。
「そういえば~」
シャッチョが気が抜けたように話す。
「上田さんのお店~ルルリラだっけ。もしかして最近行く用事ある?」
「ああ、予定ありますね」
「それ~ちぃっと待ってくれない? 裏洗ってるからぁ」
「裏、ですか?」
「素人が手を出すとまずいこともあるからな~」
確かに、裏でキャストから金を抜いてる店がまともとは思えない。
下手に訴えようとしても、訴える前に消されるって可能性もある。
そういう可能性を考えてはいたが、漫画の読みすぎだと思っていた。
だが、実際あるのかもしれない。
それにしても、そういうことを調べられる人だってことか?
変わった人だとは思ってたけど、いろんな面があるんだな。
「シャッチョ関係ないのに、本当にすみません」
「お友達は大事にする派だから~弁護士頼まないで、オレに任せて~」
あ、弁護士ってどうなってるんだっけとナツに目を向ける。
「分かりました。ちょっと相談に行ったくらいなので大丈夫です。全員話を通しときます」
ナツはそう言うと、すぐに手配するようにスマホを手に取った。
シャッチョは嬉しそうにウイスキーを飲んでいる。
「オレに任せてくれたら、弁護士が届かない場所まで介入できるよ~手数料はあっちもちで」
「なるほど。シャッチョにお金が入るんですね」
「流石ユーキちゃん話が早いね。そういうとこ気に入ってる」
「友達ですからね」
僕の言葉に、シャッチョはナハハと大きな声で笑った。
「それで、いつまで待てばいいですか?」
「再来週かな~ちょっと今、もう少しで抜けるかなってとこ」
遠いな。
でも、抜けるってなんだろう。
でも、なんかやばいことをしてそうだから任せた方が良さそうだ。
「じゃあ、とりあえず近くなったらまた連絡って感じで。本当にありがとうございます」
シャッチョが中古車販売業の社長ということ以外の個人情報を、あまり知らない。
でも、それでいいんだと思っている。
良いことも悪いことも含めて人間で、シャッチョは自分にとっていい人間だ。
本人が話したかったら、サインを見逃さずに聞けばいい。
適材適所もわからず突進すると怪我をする。
少なくとも、僕は運が良かった。
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