第23話 手を出したら負け
朝目を覚ますと、視界の隅が白かった。
(……?)
寝ぼけながら視線を下に向けると、布地で視界が遮断され、天井に近い位置に手が見えた。
(……これは、服をめくられている)
徐々にクリアになっていく頭で理解する。
いや、見ていいって言ったけど、めちゃくちゃ服めくってる!
先輩の服は大きいから、ちょっと持ち上げたくらいじゃ胸は見えないけど、やりすぎだ!
(どうしよう。怒るにしたって、こんな堂々とじゃ、あとで気まずい)
目をギュッと閉じて考える。
羞恥心で身体と顔が熱くなるのを感じていた。
とりあえずそのまま耐えるが、一分が途方もなく長く感じる。
なんか汗かいてきた。
長い。長くない? 何見てるんだ? 飽きない?
これは、あれだ。うまくごまかそう。
「う、うーん……」
寝たふりをしながら、身体をひねって体を横向きする。
服は軽くつままれただけだったらしく、先輩の手から外れて体の上に落ちた。
先輩がどんな顔をしているか気になったが、恥ずかしすぎて見られない。
と、目を閉じても感じていた太陽の光に、陰りを感じた。
「お気遣いありがとうございます」
耳元に、先輩の声が吐息と共に聞こえる。
「ヴッ」
恥ずかしすぎて耐えきれず、色気がない声が出た。
ぱんつ丸出しでこの声の女は恥ずかしすぎる。
先輩は、堪えるように笑いながら、布団をかけて出ていった。
静かになった部屋の中、熱すぎて布団を剥がして起き上がる。
あいつ、自分がイケメンだと思って! 変態おじさんなら許されないぞ!
なんで怒れなかったんだろうと思う気持ちと、暑さでだるい気持ちがあった。
(ああ、暖房がついてるのか)
ボーっとした頭で周囲を見回して考える。
いつから見られていたのか、あまり考えたくはない。
めくって寒くないようにって配慮だから、確信犯だなぁと思った。
朝ごはんは炊き込みご飯と味噌汁と卵焼きだった。
どんな顔して会えばいいんだと思ったが、相手は普通の顔をしていたので気にしないようにした。
食べ終わって、作ってもらったお礼にフライパンなどを洗う。
食器とかは食洗機があるので楽だ。
「やっぱり三人で住みません?」
スマホをいじりながら、先輩が言った。
小さな画面には住宅情報が載っていた。
「最近、それよく言うよね」
「一応、すぐ進まないように契約でストッパーをかけてるんですけど、自分も自信がないです」
「ストッパー?」
「契約で、行為に段階があって、交互ってことになってるじゃないですか」
「ああ、はい」
あの何段階かわからない性の階段……。
調理器具を洗い終わった手を拭きながら答える。
「あれ、最初に手を出すと、最後のターンが相手にいくんですよ」
「ええ……?」
ああ、そういえば、上田がキスしたらどうたらって言ってたな。
「ユーキ君。私の上に座ってください」
「ええ……こんな話の時に嫌なんだけど」
「襲わずに堪えてるの偉くないですか? ご褒美をくれてもいいと思います!」
確かに、付き合っててもキスもしてないは我慢させているかぁ。
仕方がないから、背中を先輩に預けて、上に座る。
エロい話の時に座りたくないけど、先輩がニッコニコになったので、これが正解なのだろう。
考えてみたら、一週間に一度しかこういう機会がないんだから、我慢してあげよう。
「ええと、で、キスしたら、最後のなにかができないってことでいいの?」
飼い主に抱きつかれている猫の気分になりながら答える。
「そうです。私はそれを相手に渡したくないと思ってます」
「ナツも同じようなことを言ってましたよ」
「それはそうでしょう。私だって同じことを思いますからね」
最後はなにが起きるんだ。
と思ったけど、聞いても教えてくれなそうだ。
そんなに段階ってあんの? 同じ色でも200色種類色があるみたいな話?
「まぁでも、断ればいいと思うんですけど」
「甘いですね。あっちが権利をもつと一緒に住んでる間、ずっとそういうことすることになりますよ」
「ええ。そんな色欲の鬼みたいな。ないですよ」
怖いこと言うなぁ。
と、先輩の手が後ろからぎゅうと抱きしめる。
後ろから首に口づけられて、慌ててしまった。
「あの、せんぱ……あ、トール!」
いつもは向かい合わせで、背中に腕がまわっていたが、今日は逆なので焦ってしまった。
「上田さんは、元の身体の持ち主なんですよ。ツボをおさえられてて耐えられますか?」
「それは……分からないけど。体も違うし」
「気持ちいいと思ってしまって、それを求めてしまったら?」
ちゅ、ちゅっと耳元にキスをされる。
キスより息がかかるほうが恥ずかしい。
「も~考えてるんだから触んなぁ!」
今のこれは、気持ちいいというよりくすぐったいとか焦りとか恥ずかしいのが強いけど
これに快楽が足されるってことか?
どうなるんだろう。
少しの好奇心と怖さを感じる。
「自分が介入できない間に二人がそうなったらと思うと耐えられないんですが」
「そういうの、断ればいいと思う、ん、ですが」
腹が立ったので、身体をよじってキスをする顔を腕で遠ざける。
やっとおさまってホッとした。
「ユーキ君はその体になってから、人に合わせてしまう要素が出たので難しいでしょうね」
「えっ、前と違います?」
「前はこんなに人と会えない感じでしたからね。趣味優先というか」
確かにそうだったかもしれない。
「上田さんは前はもっと人に合わせるタイプだったんじゃないですか? 今はわりと自由ですし」
「……確かに」
「前のユーキ君なら、ここまでイチャイチャしたら、恋人でもサッサと逃げてましたよ」
「それは恋人がいたことないからわかんないけど」
じゃあ、今が人間関係的には中央値に寄ってて丁度いいってことか。
「トール的には、僕が、その、最後のほうのフェーズに入るとヤバいと思ってる?」
「思ってます。だから三人で住むことを提案してます」
僕は最終的にだめになるらしい。
怖すぎんだろ。そんなわけあるか。恐ろしい。
「家はとりあえずナツの家を勝手に決めることも検討しながら、午後にでも探してみましょうか」
とりあえず収まらないので、解決案を出す。
「段階に関しては、ナツにキスをねだるのが一番確実ですね」
「嫌ですが、確かにそれが一番確実です。私も断れませんし」
僕の案に、トールは不服そうに答える。
「試しに、トールにねだってみる?」
「やめてください。理性が消えたら取り返しがつかない!」
あははと笑う。
とりあえず、自分がダメになるのは嫌なので、ナツにキスを求めてみよう。
ねだるのはやったことないし、やりたくはないけど、多分なんとかなるだろう。
未来のためだ仕方がない。
その日は、いろいろ不動産めぐりをした。
ナツに家を探す提案をしたら大賛成らしく、スマホに細かい条件が送られてきた。
たぶん、家でイチャイチャされるよりマシってことなんだろうなと思う。
三人で住むのに一軒家も見たが、さっきの話を思うと三人で住むのもなぁと思った。
だって、ナツが危ないというのなら、トールと住んだら倍ヤバいという意味だ。
正直、そんな肉欲の虜にはなりたくない。怖い。
なんなら今男に戻れば、女としては回避できる。
(でも、元に戻ったら、この関係は壊れちゃうよな)
この関係っておかしいよなと思うが、二人が同じ立場だから成り立ってる気がする。
付き合う時、二人は男に戻っても大丈夫だと言った気がするが、自分はそうは思えない。
元に戻ったら、それもそれで上手くいかない気もするし、トールとナツがくっつく可能性もある。
性別的にはそのほうが正しいし、歪んだ三角関係がどう転ぶかなんて分からない。
友達でいられるなら、別にそれでもいいはずだが、なんだか心がざわつく。
(たぶん、自分が欲深いせいなんだろうな)
自分の中で出した結論に、胸が痛む。
元には戻りたいし、愛情を欲しがるなんて、欲深すぎる。
仕方ない流れだったかもしれないが、独り占めするような状態を二人に強いている自分も嫌だった。
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