第25話 犯人はお前だったのか。
金曜日
「えっ、好きってどういうことか、ですか?」
ランチに行く道中、ユリちゃんが大声で話す。
「声が大きいですよ!」
「あ、すみませんっ! そんなカワイイ質問久しぶりで」
「そうですね。深く考えなくていいと思います」
「ええ? いいの?」
「恋愛に必要なのは、相手と深い関係になってもいいかどうかだけ、みたいな」
「深い関係」
「そういう相手がいるんですか?」
「いることはいるんですけど、キスとかしてないから、なんというか」
「想像くらいできるでしょ。想像してみてください」
想像をしてみる。
二人と裸で……?
「うわぁ」
ええ~まぁ、いける……か
こういう想像は良くないよ!
「顔真っ赤ですね! どういう感情です?」
「からかわないで下さいよ。悪いことしてる気持ちです!」
ケラケラとユリちゃんが笑う。
そしてそのからかいはパスタ屋に行っても続いていた。
「なるほど。キスもしてないのに同棲、ですか」
「なんか怖くないです?」
パスタを食べながら人生相談をする。
経験者というのは、強い味方だ。
「うーん。私は好きですけどね。相手を好きにできるし」
「襲う側の意見」
「もう愛とかに期待するのは止めたんですよ。人生楽しんだ方がいいし」
諦めるの早くない? と思うけど彼女なりの何かがあるのかもなと思う。
「まぁ、でも同棲は冷めるのが早くなるっていうのはありますかね」
「冷める」
「恋愛ホルモンって会えば会うほど薄まると思うんですよね」
「恋愛ホルモンって、付き合った時に頭おかしくなるホルモンでしたっけ」
ユリちゃんは言い方に悪意があると笑う。
「3か月くらいとか1年とか2年とか色々言われてますけど、同棲すると嫌なとこが目につきますから」
「好き好き~ラブラブと言ってても、徐々に冷めてきて友達みたいな感じになるというのが定番です」
淡々と説明されながら、じゃあ二人相手にしてたとしても、数年で友達に戻れるわけかと思う。
それはそれでいい。あんまりずっと肉欲に支配されるのはやっぱりどうかと思うし。
「友達みたいな感じ。それはそれでいいんですけど」
「甘いですね。結婚まで行ってなかったら、他の女に目がいくんですよ」
「なるほど。それは問題……」
いざそうなってみたら寂しいとなるかもしれない。
見向きもされなくなったら、それはそれで辛い気がする。
「1年くらいで愛みたいなものがお互いできてたら、結婚に向けるのが一番ホルモン的にはいいんですけど」
「結婚かぁ……早くない? もっと自由でいたいっていうか」
「相手が誰かは知らないですけど、選んでたら一生選んで終わりますよ」
なんだか相手が戦国武将に見えてきた。恋は戦争なのか。おそろしい。
短期決戦とは思わなかった。数年一緒にいたらいいと思ったんだけど。難しいな。
「とはいえ、結婚はゴールじゃなくてスタートなので、幸せになれる相手か見極めましょ」
「見極められるか分からないけど頑張る」
「すごいシワシワの顔になってる!」
パスタを食べながらユリちゃんに笑われる。
食欲がなくなって、少し残してしまった。
お昼の帰り道、御朱印を渡すことを思い出す。
「あ、これ。この前神社に行ってきたので御朱印。お土産です」
「ありがとうございます……あ、七鎌神社!」
クリアファイルに入れて渡すと、ユリちゃんは驚いて笑う。
「知ってるんですか?」
「知ってます~効果高いんですよ。ここのお守り!」
ん?
「あの、六角形のお守り、知ってます?」
聞いてみると、ユリちゃんは嬉しそうに手を叩いて笑う。
「知ってます! この前、買って竹下さんのズボンに入れたんですよね」
え、ええ?
「でも雰囲気変わっちゃったから興味ないし、勿体ないことしたな~。一万円したのに」
お前だったのかよ!!!!!!!
「これって対ですよね。じゃあもう片方持ってます?」
「部屋に放置しっぱなしだから、どっかにあると思いますけど」
なんでそんなことを聞く?という顔をした後、ユリちゃんは目を座らせる。
「両想いのお守りを欲しがるって、もしかして、上田さんの相手って竹下さんです?」
あ、あー、そうなるよね。
確かにそうだけど、本当はもう一人いる。
だけど、そんなこと言ったらとんでもない奴だと思われそう。
でも、ごまかしてもあやしいだけだし。
「あ、えー、う、うん……」
考えながら、混乱して頷く。
半分素直という感じで勘弁してもらおう。
「一緒に仕事してましたもんね」
「内緒にしておいてください。微妙な感じなので」
「いいですけど、なんか、もう気はないけど、あげるの癪だな~」
「お金は払うので」
そう言うと、ユリちゃんはムッとした顔をした。
「お金じゃなくて。お友達になってくれたらいいですよ」
「もうお友達だと思ってたんですが」
今んとこ恋愛相談をできるのがユリちゃんしかいないし。
こちらの返事に、丸い目をキョトンとさせて、弾けるように彼女は笑った。
「じゃあお友達なので、私のお部屋、一緒に掃除してくれません?」
「掃除?」
「部屋が汚すぎて、お守り探すのだるいんですよ」
「え、百合子さん、ちゃんとしてるのに」
「ちゃんとしてる人間が、家でもちゃんとしてるとは限らないんですよ~」
そういうと、ユリちゃんはスマホをこちらに見せてきた。
ビックリするほど散らかった家の画像が表示されている。
「ご自宅です?」
「そろそろ業者に頼もうと思ってたので。ちょうど良かったです。内緒ですよ」
鮮やかに笑うユリちゃんに閉口した後、少し笑う。
「わかりました。いいですよ」
自分に弱みを見せてくれたってことは、信用してくれたってことだ。
敵対していたら、自分の弱みなんて見せるわけがない。
だから、お守りを捨てていないというのも嘘じゃないと思えた。
男に戻れる方法にリーチしたということだ。
夜8時
三人で先輩の家で食事をする。
今日はもつ鍋だ。もつ鍋は好きだ。
「最近、三宅さんと仲良いですよね」
食べ始めてしばらくして、トールが聞いてきた。
三宅さんはユリちゃんのことだ。
「友達になったから。今日は好きってなにかを教えてもらった」
「へぇ、分かった?」
「深い関係になっていいかが恋愛らしい。ふたりにとっては?」
ちょうどいいので、ネタとして振ってみる。
「別に恋しなくてもセックスできるな」
「そうですねぇ。合意があれば、別に恋は要らないですね」
なんていう節操のない奴らの会話だ。
「恋は相手に時間を使えるかじゃないですか?」
「あー、あと相手のことを考えると大切にするとか?」
「あと我慢できるかとか」
「あー、我慢。ね」
こっちを見て二人が話す。
我慢させてる自覚はあるけど、別に遅くもないから頑張ってほしい。
「ユーキ君は恋ってどう思ってます?」
「僕は今んとこ二人としかそういうの無理だけど、恋じゃなくてもできるなら好きじゃないのかも」
経験不足を指摘されたようでイラっとしたので、二人が焦りそうなことを言う。
「それは、好きなんだと思いますよ!」
「普通はね!好きな人しかダメなんだよね! 特に女の子は!」
案の定二人が慌てたので、良しとした。
その流れでお守りのことを話すことにする。
「あの六角形のお守り、ユリちゃんが入れたらしい」
もつ鍋を食べながら、お昼の御朱印のくだりを説明する。
二人して「あいつかよ」と驚いていた。
「っていうか、お守りって二個セットなの?」
「一緒に行った時にはあのお守り売ってませんでしたけどね」
二人はもつ鍋を食べながら不思議そうな顔をする。
そういえば、二人には神様にあったこと内緒にしていたんだった。
「言わなかったけど、神社で神様っぽい人にあって教えてもらった」
「神様?」
「私は会ってませんけど」
「トールが具合悪くなって倒れた時に会ったんだ。なんか男と相性が悪いらしい」
「神様なのに差別がひどい」
「まぁ、でも二つ見つけたら元に戻してもらえるらしい」
二人が、固まる。
やっぱり二人は嫌なんだろうなと思った。
「本当に戻るかはやってみないと分からないけどね」
冗談めかして言う。
ナツの母親の選択肢は言わない。
言ったところで選択するかわからないし、治らなくても恨みを残す。
それに、選択したとして、ナツが自分のせいだと思うところも見たくはなかった。
「で、ここでナツに聞きたい」
近寄って、ナツの顔を見る。
自分の顔だったはずなのに、今は他人みたいだ。
「元に戻りたいか、戻りたくないか」
「元に戻れば、母親と弟と、一時でも昔みたいに一緒にいられる」
「トールの気持ちはこの前聞いた。でも、ナツは当事者だから今聞かないといけない」
目の前にある見慣れた瞳が、一瞬だけ視線を外し、またこちらを見つめる。
「俺は、戻りたくはないよ」
即答だった。
「原因は俺がこけたせいだと思うから、ユーキが戻りたいなら止めないけど、もう女には飽きてたし」
「家族も別に魂が同じなら、性転換したようなもんだし問題ないと思ってる」
つらつらと答えると、寂し気に笑う。
きっと何度か考えたことがある答えなのだろうと思った。
「わかった」
なら、次にやることは決まっている。
「明日、ナツのお母さんに会いに行っていい?」
合わせた視線が、一瞬不安げに揺れた。
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