第21話 ユリちゃんは変だが、全員おかしい。
朝起きる。
(なんか寒いな)
寝ぼけながら隣を見ると、上半身を起こした上田がなにかを見ている。
「おはよ……」
僕の言葉に、上田はハッとしてこちらを見る
「違う、見てただけだから!」
(……?)
言われたことを理解できずに体を起こそうとすると、ずるりと胸の上から布が落ちる感覚があった。
(……なんだ)
身体をみると、腹とぱんつが丸見えだった。
寝相が悪かったのか、なんなのか、胸の上まで服がめくれあがっていたらしい。
(ということは、さっきまでは胸の上まで見えてたってこと)
じわじわと状況を理解してくる。
上田は慌てながら、布団をぱんつの上にかぶせた。
「今さら遅いんだけど、説明してもらえるかな」
「いや! 起きて布団をめくったらこうだっただけで」
「胸の上までめくれあがるってないだろ!」
「現実って想像よりすごいんだなって思ったよね!」
どっちの意味だ。
元はお前の身体だ。成長してるなら横に成長してる可能性はある。
「本当に触ってないよ! 見てただけ! 噓じゃない」
「信じるとして、お前、元自分の体に興奮するの……?」
「する!!!!!!!!!!!」
元気よく上田は言った。
勢いが凄い。
興奮する奴に全部見られてた。
「ユーキはしない? もう別人に感じてきてるっしょ?」
「別人に感じてきてはいるけど、興奮か……」
正直、何が興奮というのか、よく分からない。
照れるとか恥ずかしいとか、ドキドキはあるとして接触してるせいもあると思うし。
色々考える度、惹かれていると感じていいのかと考えてしまうところがあった。
「隠れて筋トレしてたけど、もっと鍛えようかな」
「手の骨折がまだ治ってないんだからやめなよ」
呆れながら、怒る気もなくなって出社の準備をする。
元気になって良かったけど、本当にこれでいいんだろうかと思った。
「上田さん、一緒にランチ食べませんか?」
昼前にユリちゃんから話しかけられた。
生理の一件からユリちゃんとはよく話すようになっていた。
女友達もいないし、友達が恋人になってしまった自分としてはちょっと嬉しい。
「いいですよ」
「よかった。美味しいパスタ屋さん、近くにあるんですよ!」
そんなことを言われて、午前の仕事を終わらせると昼食に行くことにした。
そもそも先輩と上田とは、親しすぎても怪しいので業務以外は話さないようにしていた。
つまり、なんの遠慮もなく息抜きができるのだ。
連れてこられたパスタ屋は、カントリー調の家具が並んだかわいいお店だった。
壁には、瓶に入ったパスタなどが飾られ、テーブルには木枠にはまったランチメニューが置いてある。
ユリちゃんと二人で、適当なパスタランチを頼んだ。
なんか、女の子とデートしたらこんな感じなんだな~と思う。
「上田さんってキレイになりましたよね。恋してるんですか?」
「は、恋?」
「女の子は恋をすると、ホルモンが分泌されてキレイになるんですよ!」
ホルモン……。
よくわからないけど、よくエロいことになってるせいでは。
なんか、嫌だなぁ。そんなことばれるの。
「心当たりはないこともないですけど、百合子さんは竹下さんとその後なにかありました?」
質問に質問を返してごまかす。
ユリちゃんは、僕の質問にため息を落とした。
「なんか、前の陰キャが消えちゃって、あんまり好きじゃなくなっちゃったかも」
「えっ、前の竹下さんは存じ上げませんが、見た感じいい感じなのに」
どう考えても、前の僕よりは上田が管理している僕の方が見た目がいい。
チャラいといわれたらそうだけど、人気も僕の頃よりは上がっているのに。
「前の陰キャっぽい竹下さんのほうが良かったんですよ。泣かせたくなる感じで」
な、泣かせたい?!
そんな属性、前の僕にもなかったと思うけど。
「と、特殊趣味……」
「引きました? でもこういう趣向って変わらないんですよね」
「モテそうだなと思ってましたけど、ちょっとした加虐が好きなんですね」
良かった~! 上田に変わる前にうっかり告られたらどうなっていたことか。
おっとりしてそうに見えるのに、人は見た目によらないな。
「加虐とかじゃなくて……うーん。歴代の彼氏は喜んでくれてますよ」
どんな感じの喜びを?
聞こうと思ったが、パスタが届いた。
プレートにはパスタとサラダとスープがのっている。
これで1000円は安い。
「まぁ、人の好みは色々ありますからね」
適当に相槌をうってサラダを食べる。
ユリちゃんも同じようにサラダから食べ始めた。
その姿はアイドルのように可愛くて加虐趣味があるとは思えない。人は見た目によらないと思う。
「占いも御朱印集めもずっと趣味だし、治らなそうです」
話を変えることにしたらしい。
「いいんじゃないですか? どっちもあんまりお金かからないし」
「引かないんですね! 嬉しい~」
「引く要素ありました?」
僕の言葉に、ユリちゃんは嬉しそうにモジモジとする。
「なんか。どちらかというと」
「うん?」
「上田さんから昔の竹下さん味を感じますよね」
思わず吹き出す。
「竹下さん味ってなんです?」
「そのままの意味ですけど」
え、中身ってそんなに話したことがない人にもバレるの?
そんなはずはない。雰囲気とかだと思う。多分。
「陰キャって意味で? それとも泣かせたい方の意味です?」
ドキドキしながら聞く。
ユリちゃんは驚いたような眼をして手を左右に振った。
「いやっ、別に上田さんを泣かせたいなんて思ってないです! 可愛いって意味で!」
「百合子さんの趣味は咎めませんが、なんかとんでもない恋愛遍歴がありそうですね」
「上田さんは、あんまり恋愛に詳しくなさそうですよね」
「まぁ、はい」
「いいと思います!」
クルクルとパスタをフォークでまとめると、パクっと食べてユリちゃんは笑う。
自分が相手の腹を探ってるように、相手も探っているのだろうという深く突っ込まない会話。
それがありがたいと思うのは、自分が隠したいことも多いからだろう。
なら、他人の趣味がどうであれ、広く受け入れようと思った。
夜、鍋の材料を買って家に帰る。
今日は夜ご飯を食べに家に来るのだ。
明日は先輩の家に泊まる代わりに上田がいない。
つまり、今週三人が集まることができるのは今だけなのだ。
なんか、変な関係だなと思ったが、すべてを鍋を食べて忘れようと思った。
「ただいま~! 鍋の材料買ってきた~!」
努めて明るくしながら部屋に入ると、二人がリビングに座っていた。
なぜか様子が暗い。
「えっ、なに?」
買った食材を台所に置きながら怯む。
スマホを持った上田が、立ち上がった。
「ユーキ、来週、辞めたうちの店に行くってアリ?」
「辞めた店……ああ、ララリラ? だっけ」
「この前会った同僚が、真梨香が彼氏をとったオレの友達か確認してくれって」
麗華ちゃんとモモちゃんか。
なんか理由があるんだろうな。
「ああ、手伝ってもらったから断りにくいよね」
「写真撮ってもらったけど、よくわかんなくてさ」
スマホの写真を見せてもらうと、隠し撮りのようで顔はよくわからなかった。
それに写真で見てもこういうのって分からないよな。似てる人もいるし。
「別にいいよ」
「でも真梨香がいるなら、アイツもいる可能性が高い」
言われて、少しだけ思い出す。
嫌な気持ちはするけど、少し前より印象がぼやけている。
だけど、上田がいたら元カレは多分近寄ってこないだろうし、先輩もいたら大丈夫な気がする。
(上書きは上手くいってるんだ)
いつの間にか浅くなっていた傷に、少し驚いた。
そもそも、襲われかけたという自分の傷は浅く、もっと深い傷には難しいだろう。
だけど、自分の場合には効果が出ているらしい。
「上田も先輩も来てくれるならいいよ」
笑って言うと、はじけるように上田も笑った。
「ナツだけど、もちろん行くよ」
「あ、そうだった。ごめん」
また上田と呼んでしまった。
「えっ、私ももちろん行きますが、なんですそれ」
「色々あって、上田の下の名前を一文字とってナツって呼ぶことになったんです」
「私も下の名前で呼んでほしい!」
先輩がめちゃくちゃでかい声で叫ぶ。
「でっか……。そんなに?」
「平等にィ!」
こっわ……。
でも、確かに平等は大事だ。
片方はやってるのに片方はやってないんじゃ争いが起きる。
こういうのが殺傷沙汰の元になるんだよな。
「えっと先輩の名前ってトールでしたっけ」
たしか、亨と書いてとおると読むと記憶している。
「そうです、けど」
いきなり呼ばれたので、先輩は少し驚いているようだった。
よし、自分。気合をいれろ。平等だ。平等。
立ち上がり、耳元に近づく。
「えっ、なんです、なに」
耳に口を寄せて、少し深呼吸する。
間近に見える先輩の顔がビクッと揺れた。
「了解です。トール」
耳元で囁く。
が、なんだか照れて笑ってしまった。
「ちょっと」
耳をおさえて、先輩がよろめく。
「どこでそんな手を」
顔を赤くして、後ろに手をついた。
モテてたのにこのくらいで照れるんだ。意外。
「手っていうか、平等がいいっていうから」
先輩には耳元はやったことなかったし。
「昨日、こういうことやったんですね」
「うん。このくらいならいいかなと」
確かにちょっと恥ずかしいけど、なんかまずいことしたかな。
喜ぶところじゃないの?
「よし、鍋を食べながら詳しい話は聞きましょうか!」
にっこりと先輩は笑い、台所へ向かう。
そんなまずいことはしてない……と思うが。
「いや、あの、どっちかっていうと先輩の時のほうがエロかったよ?」
慌てて言うと、上田がこちらをグリンと見る。
「えっ、それって、どんなことをしたのかな?」
上田も怖い顔で笑っていた。
目が笑ってない。怖い。
あ、言葉を間違えたらしい。詰んだ。
「あの、いや、ええと」
口は禍の元とはこのことだ。
その日から、なにかをしたら逐一の報告義務が課された。
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