第18話 交際契約書

朝起きて目が覚める。


二人が顔を見ていた。

「な、なに、こわ……なに?」

「いや、本当に付き合ったよなって見てた」

「ユーキ君も覚えてますよね」

「う、うん。覚えてるけど。お試し……みたいな」


でも、見ているのは、どういう感情でどういう心境なんだ?


(とりあえず恥ずかしいんだけど!)


ガバッと起きあがって、ベッドから降りる。


「トイレ!」


一人で走って部屋から出た。


トイレに入って息を整える。

よく考えたら、付き合ってるってことは、そのうちそーいうことを……。

入んの? そんな大きさないよ!

まだ肛門の方がわかるよ! うんこ毎日出てるもん!

ああ、トイレで考えることじゃない。生々しい!


トイレから出て床に座る。

っていうかキスとかもするのか……するのか……???????

なんていう決断を昨日しちゃったんだ!!!!

っていうか決断でもなくて流された気もする。早まったか。


まて、世の中の人間は全部やってるんだ。

慌てる時じゃない。

助けて! どういう顔して今日を生きたらいい!



床の上で丸くなってると、足音が聞こえてきた。

顔を上げると、スプーンを持った上田だった。


「ユーキ、朝飯は炒飯だって……って、顔真っ赤じゃん」


あまり見られたくない相手に見つかったと思う。


「おはよう、ユーキ」

「……おはよう」


改めて挨拶をしながら、ニヤニヤと顔を見てくる。


「ねぇねぇ、なに考えてたか教えて~」


先輩の方がまだ優しいと台所へ行く。

後ろをみると、上田がまだニヤニヤしていた。


「うるさいうるさい」


怒りながら台所に行くと、先輩がチャーハンを作っている。


「あ、殺してもいいですよ」


にこやかに先輩が笑った。










3人でチャーハンを食べる。

炒飯の他に、わかめが入った中華スープもついてて美味しい。

先輩は料理が上手かった。


「やっぱり三人で住みません?」

「あー、一軒家の話?」

「三馬力だから、けっこういい家借りられますよ」

「俺はどっちにしても家借りなきゃいけないからいいけど、ユーキはどう?」

「考えておく」

「っていうか、ユーキ君の部屋にいるの不安なので、上田さんがこちらの家に来ません?」

「嫌だよ。持崎部長が寝ぼけてユーキの肛門が危なくなる可能性がある」

「ない。絶対ない」


どういう顔をしていいのか分からない。

下を見つつ少しだけ先輩を見ると目が合った。


「くぅ、あいつを殺したい……」

「持崎部長らしからぬ口調だ」


気まずそうな顔をして目をそらすと、先輩の嘆きが聞こえた。

上田は何でもない声で、チャーハンをもぐもぐしている。


「そういえば上田って家さがしてんの? 決まっても入んの2週間はかかるよ」


話を変えようと話題を振る。

上田はビクッとした。


「ま、まだ」

「じゃあ、今から行けばいいじゃないですか。時間があるから内見できますよ」

「そうだな。じゃあ家が決まるまで、平等に休日は上田抜きで先輩と会うことにしようかな」


たたみかけるように言うと、泣きそうな顔になる。

このくらい言ってもバチは当たらないだろう。


「そんなぁ」

「ハッピーエンドですね」


先輩は満足げに笑った。

悔しそうな顔をする上田を見ながらチャーハンを食べ終わる。

嫌がっても、ちゃんとした家を探すのに2か月くらいはかかると言われている。

今から探してもらわなければならないだろう。

物事の多くは、大体色恋よりは優先順位が高いのだ。









暫くして、上田が出かける準備が終わった。


「じゃあ、ちゃんと契約書どおりにしろよ」


靴を履きながら文句を言う。


「契約書?」

「今から説明します。では上田さんいってらっしゃい」

「チクショー!」


バタンと大きな音をたてて、扉が閉まる。

上田が出ていった後にリビングに戻ると、先輩から紙を渡された。

紙には手書きで色々書いてある。


「交際契約書?」

「ユーキ君が寝た後に眠れなかったので、上田さんと一緒に契約書を作ったんですよ」


ソファに座りながら先輩が言い、こちらに手を向ける。


「ユーキ君、膝に座って一緒に見ません?」

「膝? 隣に座ればいいじゃん」

「寂しいです。一週間上田さんにとられるわけですし」



ええ……。

でも、そういわれると、座らないのは平等じゃないかぁ。


「いいけど、足が痛くなると思うから、足の間のほうがいいと思う」

「……仕方ないですね。分かりました」


ソファの上に座っている先輩が足を広げる。

足を広げた場所に尻が入るように座ると、紙が見えるように横向きになった。

仕方ないと言っていたけど、これもめちゃくちゃ体に密着してて恥ずかしい。


「羞恥プレイだ!」

「なんで横向きなんです? 正面とは言わないので、背中を預けてくださいよ」

「同じ方向だと僕の頭で紙が見えないじゃん」

「ああ、そういうことか。しまった」


ブツブツ言いながら先輩は納得してくれた。


「じゃあ説明しますね」

「よろしくお願いします」


いや、なんでよろしくお願いしてるか分かんないけど。

紙を見ながら考えていると、先輩が紙をのぞきこんで読み上げる。


「1、はじめて何かをしたら必ず報告」

「キスしたよってなったら片方に必ず言えばいいの?」

「はい。それで次の段階に進めたら、次の段階を進められるのはもう片方です」

「連続で同じ人が進めちゃダメはわかったけど、段階ってなに? どんなのあんの」

「秘密です。ちなみに膝に座るはハグと同じ分類なので問題ありません」


怖いんだけど。


「2、一線越すときは同じ時」

「一線って、アレ」

「はい、それです。ユーキ君には負担が大きいですが、初めてではないので痛くはないかと」

「心理的に未経験なんですけど!」

「……優しくしますので」


怖いんだけど!!


「3、避妊をする」

「それはそう」

「はい」


常識的で助かる。


「4、妊娠したら、妊娠した方と結婚するが、関係は継続する」

「僕の意見が入っていないが」

「ですので今話しました。ゴムの避妊は失敗する可能性もありますからね」

「結婚したいばかりにゴムに穴をあける可能性もあるので、ユーキ君が保管してください」


上田、信用なさすぎじゃない?


「わかったけど、やだなぁ具体的で怖すぎる」

「雰囲気でとか流れでって言ったら、ユーキ君の場合あっという間に流されますよ」

「そんなことないんだけどな」


僕の言葉に、先輩は鼻で笑った。

まぁ、今足の間に座ってる時点で信用ないよな……。


「二人が自分が寝た後にこんな話をしてたと思ったら怖いんだけど」

「あの状況で眠れる方が怖いですよ。私達二人とも全然寝られなかったんですから」


なんかホッとして寝ちゃったけど、二人はそうじゃなかったのか。

そんで、朝は顔見てたの? 寝て無さすぎじゃない?


「これを破ったら1000万賠償するということで、きちんとした形にしてから署名捺印します」

「えっ、1000万?」

「守ればいいだけなので高くないですよ。もっと高くてもいいくらいです」


そんなものかな。

ここまで決めてもらえると、安心といえば安心……という気もする。


「ユーキ君から見て、他に条件は盛り込まなくて大丈夫ですか?」

「うーん……無理矢理とかじゃないなら」

「ああ、当たり前すぎて入れ忘れてました。足しておきます」

「あとは、もうないかなぁ。想像がつかないっていうか」


そもそもキスはあるとして、他に何があるんだ。

エロ漫画は読んでたけど、自分がすることとは思ってないから覚えてないな。

っていうか今現在どこまでされる可能性があるんだろ。


「聞きたいけど、今は二人の間でどこまでOKになってるの?」

「身体の密着、手の先、頭の口以外のキスですね」


ああ~、今までやったやつ!

ハグも慣れてきた気もするし、問題なさそうだ。


「ああ、今までやったのはアリってことか。じゃあいいや」

「いいんですか?」

「? 別に今までと同じなら問題ないかなって」


「そんな感じじゃ、あっという間に悪い大人に食べられますよ」


そういうと、先輩は耳にキスをした。


「わっあっ??!!」


顔が近い! 顔が近いって!!

そのまま首筋に降りてきて、舐めるようにキスをする。


「ちょっと、待っ、ひゃ」


くすぐったいって

耐えられないと思って体をよじるが、簡単に抱きつかれてしまった。


「ヴぅ~~……」


羞恥心に声が詰まる。

抱きついたまま顔を抑えられてキスされ続けて、焦りすぎて頭がおかしくなりそうだった。

こんなのエロ漫画にのってなかった!!!!


「あのあのあの、違うじゃん! こんなん、もうちょっとっ、落ちついて、止まれって」

「……こんな感じに、悪い大人は付け入るんですよ」


パッとキスをやめると、至近距離で先輩は笑った。


「ね、良くないでしょ」

「~~~~~~~ッ!!!!」


ソファからずるりと落ちて抱きつかれている身体から逃げる。

意外にもなにも抵抗されることなく床に降りられた。

こんなの口のキスとあんまり変わらないじゃん!


熱すぎる。また汗だくになってしまった。

庭園で抱き合った時はあんなに清らかな気持ちだったのに、とんだ変態だ。


「この! バカ! スケベめ!!! ゆっくりって言っただろ!!」

「だから簡単に許可なんて出しちゃダメですよ」

「昨日の流れで、こんなの変じゃん!」

「顔見てるから、本当に嫌がってるかとかは分かりますよ」


ソファで寝ころびながらニッコリと笑う顔に、なんて奴だと思う。


「嫌だけどね!!!!!」


落ちてた先輩の服を投げつけた。


(絶対断れる大人になってやる!)






汗だくになりながら後悔していると、映画でも見ようと言われた。

むかついていたので、ちょっと離れた位置に座る。

本当に気を許すとこんなことをしたがっていた奴が近くにいたとは恐ろしい。

よく考えたら会社にまで呼んでるし、用意周到だ。

こうならなかったらずっと隠してたのか? 変な奴だ。


(一生近くにいてくれって言われてOKしちゃったな)


ああ~なんて自分は流されやすくて適当なんだぁ!!!!

このまま進んでいったら、いつか羞恥心で死ぬ日が来る!

うわ~~~~それは今日だぁ!!!

一人で赤くなって転がってる自分を、先輩は笑いながら見ていた。






その夕方、先輩とちらしずしを作りながら上田を待っていた。

機嫌悪く帰ってきた上田は、僕を見るなりローション相撲をしよう!と言ってきた。

もちろん断れる大人になったので、即却下した。








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