第17話 正直者の告白

一旦家に戻り、お泊りセットを用意する。

上田は用意するのがだるいからと、用意している間にシャワーを浴びていた。

この体になってからそんな早く用意することができないので羨ましい。


先輩の家に行くと、先輩がうどんを作っておいてくれた。


軽く食べてから、シャワーを浴びる。

浴びながら、こんなに自分に良くしてもらっていいのかなと思った。

二人とも自分に好意があるなら、それに甘えていいのかな。

ダメな気がする。自分勝手な気がする。

悩みながら風呂から出ると、入れ違えに先輩が入る。


「髪の毛乾かすよ」


上田が出てきた僕を待ち構えていたので、甘えて髪を乾かしてもらう。


「なんか、いろいろしてもらってごめん」

「いや、ユーキが落ちこんでる原因は俺のせいだし。本当にごめん」

「別に上田のせいじゃないよ」


僕の言葉に、上田は何も言わずに少しだけ自嘲的に笑った。


「ユーキは、こういうことはちょっとは大丈夫になった?」

「うん。今日のは安心だった」

「良かった。無理に触ったりはしないから」


この発言は、恋人としての好意からなのだと思う。

なら、恋人ではないのに甘受するのは搾取だという気持ちもあった。

でも、それでもいいという人もたくさんいるのも知っている。

自分は、どうしたらいいのだろう。


「俺……いや私の最初はさ、正直、悪くはないけどあんまり良かったって記憶でもないんだ」


上田が、髪を乾かしながら話す。

はじめての恋人との性行為のことだろうか。


「でもさ、ユーキはそうじゃないほうがいいって思うし、慣れなくてもいい」


そこまで言うと何かを考えるように僕の髪を撫でる。


「っていうか、そうだね。みんな本当は、諦めることなんて覚えない方がいいんだ」


諦めに近い声だった。

なにに関して言っているのか分からないが、聞かない方がいい気がする。


「俺はユーキの嫌なことはしないし……持崎部長もそうだし」

「だから、寂しいなら俺らを頼ればいいし、怖くなくなるまで好きに触ればいい」


風呂から漏れ聞こえる水音とドライヤーの音だけが、部屋に響いている。


「でも、それって、つらくない?」

「忍耐力を身につけないと、そのうち人殺しになるから」


笑う上田に笑い返す。


「そっか」

「うん……ありがとう」

「あはは、髪かわいたよ」


多分、上田の方が辛いはずなのに、辛いことが多すぎて慣れてしまっているのかもしれない。

たぶん、誰もが傷つかないほうがいいはずなのに。


「上田はたくさん、いろいろ乗り越えてきたんだよね」

「生きてればねぇ」

「戻って、上田のこと、助けられたらいいのにな」


コードをたたむ上田の手が止まる。

できない仮定を話すことは、子どもがすることだ。

だけど、そう思わずにはいられなかった。


上田は、僕の髪をくしゃりと撫でると、寂しげにも見える表情で微笑む。


「俺にとっては、今、そう思ってくれる人がいるってだけで十分だよ」


台所に向かうのか、背を向けて歩いていく背中を目で追う。


(ああ、自分のために、この人から愛情を搾取したらいけない)


心から、そう思った。








夜10時


新しい先輩のベッドに三人で眠る。

今度は自分が真ん中になり、二人が添い寝という形をとっている。


シンとした部屋で、呼吸音と衣擦れの音だけが聞こえていた。


自分が二人の恋心を搾取していると自覚してしまった。

愛情を貪っていいと思えるほど子供じゃない。

なにが正しいとか、正しくないとか、分からない。

だけど、あいまいな態度で甘えて。

少なくとも、もう二人の気持ちは分かる。

でも、それが恋かと聞かれても分からない。

優しさはたくさんある。見えているものを見えないふりをすることも優しさだ。

でも、これは、甘えすぎている。


暗闇の中、二人の手を両手でとる。

二人の手に指を絡めると、こちらを見ているのだということだけが分かった。

どうしたら、正しく伝えられる?

どうしたって傷つけてしまうかもしれない。


「一応、僕なりにいろいろ分かってるつもりだって思ってて」


暗闇の中で聞こえた自分の声は緊張していた。

喉が鳴る。呼吸がしにくい。


「二人のこと好きだよ」


「女なら、付き合いたいって思う」


「でも、戻るかもしれないし、そしたらなくなるのが怖いし」


「人間を選ぶとか、むずかしい。二人とも大事だ」


「恋か友情かはわからない」


「だから、二人の望むものはあげられないかもしれない」


「でも、大事だから、二人を都合よく扱いたくない」


「ぼくは友達でいいんだけど」


「だから、どうしたらいいか分からない」


「答えは出ないかも」


「本当にごめん」


少しずつ時間をかけて話す。

絡めた手が、汗で濡れていた。

なにが正しいのかは分からないが、話をしなければ相手に伝わらない。

相手がどう受け取るかは分からないし、去っていくかもしれない。

それでも、言うしかなかった。


「なるほど」


暗闇の中、先輩が呟く。

繋いだ手を自分の口に引き寄せた。


「じゃあ、お試しで三人で付き合ったらいいんじゃないですか?」


チュ、と音を立てて繋いだ手にキスをする。

手に伝わる柔らかな感触に、驚いてしまう。


「あ~、もういいか、それで」


振り向くと、上田も同じように手にキスをした。


「なに言ってんだ。どういう考え? よくないだろ。絶対」


こっちは真面目に話してるんだけど。

浮気はだめとか、独占欲でおかしくなるとかよくある話なのに。

でも、もしかして、想いに答えられないと言えなかった自分のせいか?


「大切は大切であって、友達としてでもいいんだよって話で」

「お試しで付き合って、違うなって思ったら元に戻ればいいんだろ?」


二人は友達のままでいるという選択肢はないのか。

でも、今までも気持ち悪くないからいけるかもしれないしな……。

失うくらいなら、その選択でもいいのかもしれない。


「そんな簡単に上手くいくもん?」

「いくかいかないか分からないですが、関係性なんてその時によって変わるので今の最良を選べばいいんですよ」

「この状態に気が引けるなら、そうするしかないよ」

「なんで二人ともそんなにスムーズに受け入れられるの?」

「戻っても戻らなくても上手くいけばいいんでしょ? こっちは普通だし、持崎部長は男に戻ってもユーキを抱くだろうしね」

「は? 男でもいいの?」


そんなことある? と思って先輩を見ると、顔を余った片手で隠しながら頷くように下を向いていた。

顔が耳まで赤いように見える。


「……戻ったら言いたい」


絞り出すような声が面白かった。

そうか。ええ、いつからそんな目で……。

でも肛門ってそういう用途でできてないからいけるのかな~。

っていうか逆じゃだめなのかな。



「あ、ユーキが混乱してる」

「そりゃあ混乱するでしょうよ。私も今混乱してますよ」

「独占欲をなんとかできるなら、物事は案外簡単なモンだよ」


上田は合わせた手を解くと、僕の手のひらをべろりと舐めた。


「わぁっ、なんで舐めッ」

「こいつ、暇さえあればエロいことしますね」


本当にお試しでいけるのか、不安になってきた。


「うーん。お試しは、深い関係は、むずかしいかも」

「今と同じ感じね。OKOK」

「待ちますよ。それにしてもユーキ君から告白してくるとは思いませんでした」


告白?


「いや、違うって。ちゃんと気持ちを伝えておこうと!」

「すごい。無意識なんだ」

「ユーキ君はいつもこうなんですよ」


暗闇の中で二人とも呆れたように笑う。


違うのに! と思うけどそう聞こえたならもういいかとも思った。

どうやら僕は、人生はじめての告白をしたらしい。

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