第14話 ユーキ・生理になる。

火曜日。


朝目が覚めて部屋から出たら、上田が床に落ちていた。


「どうした? 猫みたいに」

「ッ、チンコぶつけた……」


ぜんぜん猫じゃなかった。


「元気な時じゃなくて良かったじゃん。硬い時だったら折れてたよ」

「折れんの?!」

「うん。折れると血まみれ激痛らしい。気をつけて」


慰めかなにかよく分からないことを言いながら、食事を準備する。

遠くで上田が「聞きたくなかった……」と呻いていた。



ゆで卵を2個冷蔵庫から取り出して、お皿と一緒にテーブルに置く。

チーズトーストを三枚レンジで作り、冷凍の刻み玉ねぎと出し入りみそで味噌汁を作った。

なんかバラバラだけど、この適当さで許されている。

大体上田が自分のメイクとか髪をしてくれるので、朝食は僕が用意していた。


「そんなもろい臓器が外に出てるのって人体のバグじゃん」


上田は復活したのか、会社にいく準備をしていた。


「だから興奮してない時は縮んでんじゃない?」

「! 人体はよくできてる」


朝からバカみたいな話で始まった。


フワフワパーカーと短パンは、上田に聞いたところ部屋着で、お客さんからもらったらしい。

先輩にもらった服で帰った時に、心底嫌そうな顔をしながら教えてくれた。


もちろん、先輩が僕に言ったことなんて話せるわけもなく。

あれから普通に帰ってきたあたり、たぶん大した意味もないんだろうなぁと考えている。

でも、自分を見捨てないでいてくれる人がいるのだと思えたことが正直嬉しかった。

平日の忙しさの中、なんとなくふわふわした気持ちで生きている。





昼休み。

トイレの個室に座ったまま絶望する。


(とんでもないことになった)


下着をおろした時に血がついていることに気付いた。

わずかに裏までしみている程度だが、確実に血だと分かる。


(これは俗にいう生理というやつ……!)


なんか先輩に言われたことを気にして体が女になったみたいで妙に恥ずかしい。

そんなわけはない。一週間くらい前に、上田から予定日が近いって言われてた。

ふわふわしてぜーんぶ頭から抜けていたのだ。

とりあえず用をたして、紙で拭くと、けっこうな血がついてくる。


(グロ~い~ けっこう出るっぽいじゃんか)


っていうか貼るやつないと血がどんどん出てくるってやつだ。


トイレットペーパーを丸めて挟んで個室を出る。

すぐにドラッグストアとかで買わないと。


しぶい顔をしながら手を洗っていると、ユリちゃんがトイレに入って来た。


「ヒッ! 上田さん、なんで顔がしわくちゃなんですか!」


「アッ、生理で、貼るのなくて」


また表情管理ができてなかった。


「ああ、ナプキンですね。持ってますから、あげます!」

「持ってるんですか」

「逆に上田さんちゃんとしてそうなのに、忘れることあるんですね」

「おはずかしい。人生一年生です」

「なんですか、それ」


ユリちゃんは笑いながら、ポーチから手のひらサイズの包みを三つ、二つ分の錠剤のシートをこちらに渡した。


「じゃあ、昼用三個と、痛み止めをどうぞ」

「痛み止めまで持ってるんですか? 女の鑑じゃないですか。本当にすばらしい」

「大したことじゃないですよ。ないと困るものなので」

「私、こういうのにうとくて。本当に助かります」

「いえいえ」


トイレの個室にダッシュして、下着を降ろすと、もう紙が血で汚れていた。


(お前、5分も経ってないのに、傷口より血が出るじゃん。垂れ流しがすぎる)


とほほと思いながらナプキンを貼り付ける。

横に下着に巻きついて貼りつく取っ手がついてたので、貼る場所の目安になってよかった。

ナプキンも薄いから不安だけど、専用の商品なのだから大丈夫だよな。


個室から出ると、ユリちゃんが化粧を直していた。


「おかげさまで助かりました!」

「いえいえ」


やはり、ユリちゃんは良い人だ。

悪い奴は仲良くない人に施しなんて与えない。

男癖が悪かったとして、良い人には変わりないのだ。


(お礼になにか後で買って明日渡そう)


人の優しさに触れると嬉しくなる。

自分もお返しをしたいなと思いながら、定時まで仕事を頑張った。






ユリちゃんへのお礼のプチギフトを買って、電車で家に帰る。

最近、困ったクセがあった。

一人で満員電車に乗ると、上田の元カレが抱きついてきた時のことを思い出すことがある。

多分、人間の距離が近いからだと思うし、後ろに人がいるせいだとは分かっている。

思い出した時は、ただただ、嫌な気分になる。

楽しいことはすぐに慣れるのに、嫌な気持ちは慣れてくれない。

時間という薬がなんとかしてくれるのだろうと思うが、それはいつだろうと思う。


あの日は、上田が抱きついてきて、先輩はおでこにキスして、それは怖くなかったのに。

その後の事が、すべて上書きして消してしまった。


ああ、嫌だなと思う。


電車がガタンと揺れると、股からどろりと血が流れた感覚がした。


ああ、本当に、嫌だな。


誰に言えるはずもないけど。

言ったら負担をかけてしまうし、どうなるわけでもない。

全部がどうにもならないことの堂々巡りだ。


家に帰り、ドアをあける。

上田が上機嫌でご飯を作っていた。


「ただいま」

「おかえり~! 土曜日に、キャバ嬢の同僚と会うことになったよ!」


嬉しそうに報告してくる声に、少しだけ笑う。

一人じゃなくて良かった。


「あれ、どした? 元気ない?」


軽い足取りで歩いてくると、頭を撫でてくる。

上田はあれから気をつかってこのくらいの接触で抑えてくれている。

これ以上、気をつかわせたらダメだなと思いながら、荷物を机の上に置いた。


「生理になったせいじゃないかな」


適当に思いついた理由を言うと、上田は目を見開く


「早く言ってよ! 赤飯焚いたのに!」


もー!と言いながらケチャップライスをお皿に盛っている。今日はオムライスらしい。


「ああ、でもオムライスのケチャップが赤だから似たようなもんだね!」

「グロすぎじゃない? っていうか赤飯って文化が分からないけど」

「もう赤ちゃんができる身体になったんだねって言ってんだよ」


上田がイケボ風で言った。


「僕の顔でやめてほしい! キモすぎる」


二人で笑う。

本当に上田がいてくれてよかった。

もし何かあっても乗り越えられる。そんな気がした。

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