第15話 給料明細を見せ合う女達
土曜日。
新宿駅、駅前のペンぺン広場で先輩と上田、それと自分とで待ち合わせる。
晴れやかな天気と子供の声。
ここなら話しても問題なさそうだ。
「ユーキ君。今日はおしゃれですねぇ!」
「会う人に合わせて上田が服を決めたんですよ」
今日の服装はバッチバッチにキメキメだった。
普段はだるだるゆるゆるの服が好きなのだが、今日は上は白がウエストが締まっているタイプのニットで下が千鳥格子のタイトスカートだった。
化粧も服に合わせて少しだけ華やかにしてあるが、靴は低くて歩きやすいものだ。
「キャバ嬢出勤コーデでダサいのは許されないけど、キメすぎてもねってことで!」
上田は腕に自信ありとドヤ顔をしていた。
「で、話は大体もう聞きましたが、今日は上田さんの元同じ従業員さんと会うんですよね」
「僕が襲われた時、元カレは仕事に戻ってくれって言ってたし、責められてるらしかったんで、関係あるかもなと」
「店と繋がってる可能性があるってことですか」
「わかんないっすけど。知らないと埒があかないんで仲間に聞こうかと」
「もうちょっとで待ち合わせの時間だ。そろそろ行こう」
二人に声をかけて、喫茶店に移動しながら歩く。
今日は老舗のレトロ喫茶店での待ち合わせだ。
「二人とも給料明細も見せてくれるらしいよ」
歩きながら話す。
「今日会うのは、人気2位の麗華ちゃんと4位のモモちゃんです。これで給料の前後がわかるよ」
スマホの写真を見せられながら説明される。
麗華ちゃんは気が強そうな巻き髪のゴージャスタイプで、モモちゃんは左右の髪を編み込みにして、後ろでまとめているゆるふわ型だった。
「そして俺の源氏名は純! 純情だから!」
得意げな上田に、僕と先輩は冷めた目をおくる。
「上田さんが純情っていうのは間違いじゃないですか?」
「ときどき上田は自己評価を間違えてる」
「自己評価を間違えてるユーキに言われたくないっすわ」
汗かくとエロいのに、という顔をしている上田にローキックをする。
上田は避けながら楽しそうに笑っていた。
待ち合わせの店内は、天井がステンドグラスで綺麗な店だった。
意味深な顔をして、自分が座る席の近くに、先輩と上田の席も用意してもらう。
スマホで席をつたえると、ほどなくして二人とも席まで来てくれた。
(うわぁ、凄いな)
美人が二人並ぶと、華やかさがすごい。
「今日は来てくれてありがとうございます」
「あのクソ男と別れたんだって? おめでと~」
麗華ちゃんがにこやかに笑う。
「え~じゃあお祝いにプリン食べちゃお~ここの硬めで美味しいんだよね」
「協力してくれるお礼に奢るからどんどん食べて」
「なんか純、雰囲気とか話し方違うね~! やっぱり別れた影響?」
中身が違う人です。
とは言えず、あいまいに笑う。
「アタシはダイエットしてるから、トマトジュース飲む」
「トマトジュースいいよね~。肌が白くなるっていうか。私も毎日飲んでる」
二人が注文する横で、一人唖然とする。
モモちゃんはぜんぜん太ってないのにダイエットしてるというし、麗華ちゃんは肌が陶器のように奇麗なのに白さを求めている。
キレイな女の子って、こんなに自己管理が凄いのか。
それなのに、上田の体では、そんなこと気にせず普通に食べていた。
「パフェ頼んじゃった……」
シブい顔をして二人に言うと、二人は顔を見合わせる。
そしてはじけるように笑った。
「いいって。純は健康体なのが魅力じゃん」
「だから差別化できていいんだって~」
しょんぼりしている自分の前に、タイミング悪くパフェが到着する。
それを見て、二人はケラケラと笑っていた。
この言葉を上田はどんな気持ちで聞いているのだろうか。
「で、今日は給料明細を見せてほしいんだっけ?」
「うん。安すぎるって話で」
上田に渡された給料明細を二人に渡す。
二人は給料明細を見て唖然とした。
「アタシより低いってなんで?」
「倍以上違うんだけど」
そういいながら、二人とも自分の給料明細を出す。
見てみると、確かにモモちゃんよりわずかに低く、麗華ちゃんより倍以上少なかった。
「私、前に明細の金額がおかしいって言ったことあるから、私の金額は正しいと思う」
「嘘でしょ。じゃあアタシもなんかちょろまかされてる可能性があるってこと?」
「えっと、同じ日数働いてるやつで比較しよう」
うーん見かたが分からない。
アワアワしていると、二人が注文した飲み物が届いた。
「うーん。三人分揃ってるから先月分で見ましょ」
麗華ちゃんがパッパと仕分ける。
「純ってアタシより同伴とかアフター多かったよね。数ごまかされてない?」
「引かれてるのも妙に高くない? うちらの倍以上あるよ」
色々言われても、自分は上田ではないのでわからない。
でも多分、言われている通りなんだろうと思う。
「気付かなかった……」
話を合わせるために落胆しながら言った。
「他にもごまかされてそうだけど、意図的だったら分かんないようにやってるだろうね」
「麗華は金額がおかしいってなんでわかったの?」
「前からおかしいと思ってたから、色々メモ取ってたんだよね」
うーん。上田はメモとか取ってなさそうだよな。じゃあだめか……。
「メモとかとってないから証拠にならないのかな」
「私の時も、指摘したら直っただけだから、今からってなると……とりあえずコピーとって渡すね」
「アタシもとるしあげる! だから二人のもちょうだい。もしかしてアタシも引かれてるかも」
麗華ちゃんのコピーという言葉に、モモちゃんは強く反応すると、テーブルを目立たない程度にバンと叩いた。
「本当に腹立つ! 馬鹿にされてるなんて許せない」
メモもとっていない同僚を責めることもなく、二人は慰めながら口々に怒ってくれる。
本当にいい人たちなんだなと思った。
プリンも席に届き、やっと商品が揃ったが、モモちゃんが二杯目のトマトジュースを頼んだ。
「許せないといえば、純、アンタの友達とんでもないね」
モモちゃんが新しく来たトマトジュースを受け取ると、こちらを見てテーブルにドンと置く。
「え、友達?」
「アンタの友達が店に入って来たのよ! 真梨香って名前で働いてるんだけど」
「自分は純より美人だから、もっと客がとれるって、アタシの客取ろうとするんだけど」
「ええ……」
正直ドン引きだ。
でもそんな奴、最近どっかで見たような……。
「おっぱい触らせて客取ろうとしてうざいよね~マジで。他の店でも通用しないよ。うちらが穏やかだからってさ」
「おっぱいって風俗じゃないのに?」
「もちろん服の上からだけど、店も無視するか、あとから注意はするけど止めないんだよね」
「なんか店の治安が悪くなってきたから、もう店やめようかな」
「アタシも変えたいけど、アラサーだから難しいだろうな~ハァ~」
「アラサーだったんだ。でも少子高齢化だからいけるよ」
「イケるぅ?」
モモちゃんは口をとがらせてトマトジュースを飲む。
ふと、襲われた日にやった飲み会で、同じようなことを上田のスマホに送って来た女がいたことを思い出す。
そんなに同じことを言ってくる奴がいるとは思えないし、同一人物の可能性も高そうだ。
「その真梨香って、もしかしたら私の彼氏とった奴かも」
平静を装って言うと、二人は驚きの声を上げた。
「はぁ? 振ったんじゃなくて浮気されたの? あのポテト頭に? 嘘でしょ」
「ポテト頭」
どんな顔だったけと思って思い出そうとすると、すごく嫌な気持ちになった。
「ファーストフードで出てくるポテトを冷ましたときみたいな頭してんじゃん」
「なにそれ最高」
モモちゃんがケラケラと笑う。
思い出して気分が悪いけど、二人が怒ってくれるからいい。
とりあえず説明しないと。
「この前、とった奴から連絡が来たんだよね。私より魅力がないから取られたくせにみたいな」
「はぁ? あいつの方がブスじゃん。むかつく」
「でもさぁ、確かにあいつが来てからも、純はいないのに外でポテト見かけたことあるよ。あるかも」
「はぁ~? 純ってポテトの紹介だったよね? 彼女をみんな店に紹介してるってこと?」
二人とも顔をしかめて考える。
上田が逃げて、その代わりに友達の真梨香が店にあてがわれたってセンは強そうだ。
あの日の記憶を思い出す。
あの時、あの男は自分にまた店で働けと言った。
それが真梨香が使えないから店に怒られているのだとしたら。
「もしかして、ポテトにも金行ってるんじゃない?」
プリンを食べ終わった麗華ちゃんが、長い爪でトントンとテーブルをたたく。
「アタシも思った」
モモちゃんも目を座らせて言った。
「また店で働けって脅されたんだけど、つじつまあうかも」
思い出したことを言うと、二人は般若のような顔になった。
「はぁ? なんで彼氏ごときにそんなこと言われないといけないの?」
「マジ舐められてるよ! 許せない! 殴った?」
「うん……切れちゃった」
自分じゃなくて上田が。
男の姿を思い出し、あの時のことを思い出して具合が悪くなる。
なんか、もう食欲が全くなくなってしまった。
「よくやった。でも金引っ張ってたなら許せないよ」
「女を金を引っ張る道具だと思ってやがる。マジイラつく! あの見た目で!」
二人は口々に怒っている。
それを見ながら、本当だったら辛すぎるなと思ってしまう。
記憶もまだ鮮明で気持ち悪いし、上田だったらこの気持ちを腹が立つ気持ちに置き換えられるのだろうか。
「純、めっちゃ悲しそうな顔するじゃん」
「ほんとだ。めちゃくちゃシワシワの顔してるし。パフェ食べて元気だしなよ」
「食欲なくなっちゃった……」
僕の言葉に、二人はまたはじけるように笑う。
「いいよ、一口食べてあげる」
「アタシも! 糖分とらないとやってけないしね!」
「ありがとう~」
僕ははじめて会ったけど、この二人が上田の同僚で良かったなと心から思った。
それからしばらくして、麗華ちゃんは同伴ということもあり、早めに店を出た。
コピーを取り、二人と別れる。
「またなんかあったら連絡して」
「アタシら、力になるよ」
別れるまで、二人はただただ優しかった。
上田と先輩の元に戻らなきゃな、と思う。
(……頑張ろう)
また、嫌な記憶を思い出してしまった。
大したことがないはずなのに、小さくジャブを打たれている嫌さがあった。
(もしかして、身体にも記憶ってあるのかな)
やけに思い出しやすすぎると思う。
こんなことでテンションが下がってしまう自分も嫌だったが、頑張るしかなかった。
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