第13話 臆病者のプロポーズ

次の日、日曜日


上田は実家に荷物を取りに行くとのことで帰ったが、先輩から連絡が来て会うことになった。

ダルパーカーにジャージで出かけようと思ったが、ふとダメなんじゃないかと思った。


(む……上田がいないとなると、先輩の隣は目立つ。ちょっと格好をマシにしよう)


とはいえ、化粧はいつもしてもらってるし、上田の服は体の線が出るかスカートなのに丈が短い。

昨日シャッチョに会った時は、女性でもおかしくないパンツを履いていたが、醬油をこぼして今干している。

うーん。うん。分かんない。

上田と交換した服が入っているクローゼットをあさる。

このモコモコしてる短パンのほうがまだマシか。合わせてパーカーもあるし。かわいい。


とりあえず着替えて、記憶だけで化粧をする。

なんだ、自分がやっても、してるかしてないか分かんない感じになるんだなと思った。




午後3時。

秋葉原の待ち合わせ場所に行く。

待ち合わせは中央改札口だ。

先輩はスマホを見ていたが、こちらに気付くと目を見開いた。


「先輩、おいっすー」


遠くから挨拶すると、驚いた顔をしたままこちらを凝視している。

なんだ? この服装はおかしいか?


「足、めちゃくちゃ出てません?」


改札口を出て近寄ると、開口一言、そういわれた。


「上田の普段着、これが一番エロくないんですよ」


足の話かぁ、と思う。

上田の足は永久脱毛してるっぽくて毛がないから見せてもいいと思うけどな。


「寒くないですか?」

「寒いですけど、大したことないっす」

「そのメーカー、高いんで、それ一万越しますよ」

「たっか! うそだろ」

「プレゼントするので、服を着替えましょう」

「ええ、でももう着ちゃったし」


文句を言うが、先輩に腕を掴まれて、駅ビルに連れていかれる。

一瞬、男に襲われた時腕を掴まれたことを思いだしたが、すぐに思考を振り払った。


(変なの。先輩は違うのに、なんで思い出したんだろ。嫌だな)


考えながら連れていかれる。

先輩が焦るのも珍しいので、そっちを考えようと思った。


(これは、暗にダサいとか、そういうことか?)


このくらい足が出てる人間はたくさんいる。であれば、ダサいということだ。


「こっちの服もいいですけど、あれもいいですね。なにか好みはありますか?」


通路に並ぶマネキンを見ながら、先輩が言う。

確かにみんな、おしゃれでかわいい。

こんなフワフワ短パンな服は売ってなかった。


(確かに、先輩の隣ならこういう服が合うよな)


「ちょっと自分のセンスに自信がないから、先輩の好みでいいです」


情けなくなって言う。


「か、顔がシワシワになってる! いや、かわいいんですけどね! っていうか体が変わってもその顔するんだ!」

「え……あ、しぶい顔してた」


情けない気持ちになると、この顔をしちゃうんだよな。

おとなしく先輩のおススメの服を着ることにした。


一枚目は薄いスモークピンクのボウタイのリボンが首元で結べるワンピースに、ゆったりした上品なニットの上着。


「可愛いですね!買いましょう」


(このセットも一万越してるんだけど……)


「このニットの上着、買うともったいないし荷物になるから、着てきたパーカーでいいです」

「こういうのはセットで買うのが良いんですよ。こういった服は色んな場面で必要なのでもらっておいてください」

「ええ……ありがとうございます」

「じゃあ、次はこっち着てください。脱いだら店員さんに服は渡してくださいね」

「もう一枚試すのぉ……」


渡された服は、値段は付いていなかったが、袖口のふんわりした長袖のTシャツとロングスカートだった。

スカートのウエストはゴムで見た目よりお腹が苦しくなかった。


(こういうのでいいんだよ。こういうので)


履いてみると、階段の上り下りは大変そうだけど、ゆったりしててとてもいい。


「先輩、これいいですね!」


バッと試着室を開くと、先輩が紙袋を持って立っていた。


「好きだと思ったんですが、お似合いですよ! さぁ行きましょうか」


(ん?)


「それ、支払い済みです。タグもなかったでしょう?」


ええ~!

混乱したまま着てきた服を貰った紙袋に入れると、店を出ようとする先輩に追いつく。


「すっご! スマート! モテ男は顔のせいだけじゃないんですね!」

「褒めてもらって嬉しいですけど、ユーキ君以外にはやっていないので」


先輩は照れながら笑う。

おでこにキスしてきた時の顔を思い出してしまって、急に恥ずかしくなってしまった。


顔が熱くなるのを感じてまわりを見渡す。

同じ服を着ているマネキンが目に入った。

シャツをスカートの内側に入れているマネキンは、足が長く見える。


(オシャレ上級者は、服を中に入れるんだ!)


さらに恥ずかしくなりながらシャツを中に入れた。


「顔が真っ赤ですよ。荷物もつんで、落ち着いて直してください」


先輩はなんでもない風に言い、荷物を持ってくれる。

服ダサ民から卒業するのは難しいと感じていた。




カードショップを見回りながら、昨日の話をする。

入れ替わりがバレたと知っても、先輩は特に驚きもしなかった。


「それで、社長さんは戦国武将でした?」

「昨日の話で最初に聞くことってそれ?」


まぁ、思い出してみても、男女どっちにも対応してそうな言い方だった。


「たぶん戦国武将かと」

「やっぱり……」

「まぁでも別に気にしなくていいっすよ。付き合ってとか言われてないし」

「言われたらどうするんですか? 取引先の社長なのに」

「そんなの引き抜きも断ってんだから、普通に断りますよ」

「……そうか」


僕の言葉に、先輩はホッとしたような顔をする。


「身体が戻るか戻らないか分からない状態なのに、付き合うバカはいないでしょ」

「そういう意味でですか」


ちょっと複雑という顔をした。

そういえば先輩って女の僕に惚れてきてる(多分)なんだもんな。


「先輩。上田は実家でご飯食べてくるんですよ。だから飯たべましょ?」


場所と話題を変えようと話をふる。

カードショップは神聖な場所なので、色恋のことなんて話してはいけないのだ。







晩御飯は、串焼き屋になった。

今月、いろいろ巻き込みすぎたせいで、なぜか自分ではなく先輩の財布がヤバい。

心配になりすぎて奢ることにした。


カウンターの席に二人で並んで座る。

席は端っこで、自分の隣は誰もいなかった。


「先輩って、いつからヤリチン卒業したんです?」

「エッ」


注文が終わった後、おでこにキスされた時のことを思い出して、なんとなく聞いてみる。

別に聞いたからってなんだという話ではあるけど、なんだか気になった。


「何年前だろう……ユーキ君を会社に呼んだあたりかな? 仕事がさらに忙しくなったし」

「3年前? けっこう前じゃないっすか」


「やっぱりセフレだと確認とってても、相手は本気になったりするんで、優しくはないなと」

「今はセフレもいないんだ」

「誰もいませんよ。そばにいる女性はユーキ君くらいですよ」


女というか男というか微妙な立ち位置ではあるけど。


テーブルに日本酒と果実酒とお通しが運ばれてくる。

そういえば、先輩会ってから7年くらい経ってるんだ。


「先輩と大学で会ってから、めっちゃ経ってますね」

「ですね。私の人生はわりとユーキ君で変わったところあります」

「なんかしましたっけ。サークル変えさせたのは覚えてますけど」


新しく入った大学に入った時に、先輩に運動系のサークルに誘われた。

そのサークルはヤリサーだと聞いていた僕は、先輩がイケメンなのにヤリサーにいるのが謎過ぎた。

謎過ぎて、なんでイケメンがヤリサーにいるんですか。性病になりますよと言ったのだ。

もっとも、先輩は籍をおいているだけで、そんなに出ることもなく単なる人寄せなだけらしかったが。

結果、なぜか先輩は僕が入ったカードゲームサークルに入って来た。

女性がいないカードゲームサークルに来たのは、心底謎だった。


「昔、ユーキ君が私に言ったじゃないですか。求めてくる人に応じることが優しいと思ってませんかって」

「ああ、言いましたね。そんなこと」


あの頃の先輩は本当に酷かった。

カードゲームサークルに入ってからも、先輩はあまり変わらなかった。

人寄せでも女でも、強く言えば応じてしまう。困っているから、求められているからという理由で。

たぶん、自慰するより楽しいしくらいの気持ちで、人の役に立つなら人寄せもくらいの気持ちだったのだろうと思う。

確か、あれを言った時は、講義終わりに隣にいた女性が、ゴムに穴をあけて既成事実を作って先輩に強く言えば結婚までいけるんじゃないかという話を偶然聞いてしまった時だった。

正直、ゾッとした。

だけど、先輩のわきの甘さも悪いと思った。

ヤリサーで先輩の顔につられて入ってきた女性が違う男に喰われて恨まれることもあるだろう。

安易に気持ちに応じたところで、先輩がその女性と付き合うかと言えば、適当にのらくらして付き合わないのである。その場で楽で楽しい方を選ぶことは優しいとは言わない。


なので言った。僕は悪くない。


二人で来た料理を適当につつく。

勝手に好きなだけ食べるという気楽さが楽しかった。


「ユーキ君に言われてから、できるだけ断ることにして、セフレも人が関わることだから上手くいかないなと思って」


「で、ある日思ったんですよね。あれ、これ、自分、幸せじゃないなと」


「だからユーキ君に話したら、人間の悩みの半分は人間関係なんで好きじゃない人は整理したらどうです? って言われました」


「言いましたっけ」


正直、思ったことを話してるだけなので、なにも覚えてない。

人が違えば冷たいと思われそうだから、先輩が好意的にとらえてくれて良かった。


「自分が好きになれる人だけを身近に置いた方がいいっすよって言われて。結果的に、それが正解でした」


「だから、頑張ってユーキ君を就活で連れてくることにも成功しました」


自分も関係あったんだ!


「先輩は僕のことが好きってことですね~」


冗談めかして言うと、先輩は酔っているのか、僕の手をとった。

手を合わせると、指の関節ひとつほど、自分の手の方が小さいことが分かった。


「好きですよ、とても」


先輩が、僕の指の間に指を入れる。

お互いの指を絡めて握られるということを初めてされたので、エロく感じてしまった。


「あの、これは」

「代わりに似た人がいればいいと思ったこともありますけど、いないんです」


先輩は指を絡めたまま、こちらを見つめていた。

色々疑問などはあったが、なんとなく口に出せなくなって、口をつぐむ。



「一生、そばにいてください」



目を合わせたまま、動くことができなかった。

これは、なんだろう。元に戻る可能性もあるし、友達でいいのか? それとも。


「……どういう意味で……酔ってます?」


照れる気持ちと、困惑している気持ち、二つがあった。

プロポーズではない、それはわかる。だって付き合っていないから。

話の流れだと友達だ。でもそれならこの、なんかスケベな手がおかしい。


「どういう意味でもいいですよ」


困ったように曖昧に笑う、端正な顔。

言葉通りの意味でとってほしいという意味だろうか。

「友達って意味?」「性別が女だから?」質問したいことはいくらでもあった。

でも、無駄な言葉を言うことが野暮に感じてしまい、言葉にできない。



「いいですよ」



やっと口にできたのは、シンプルな一言だった。

先輩の目が見開いて、それから照れるように指がはなれていく。


「はは……酔ってるみたいです」


先輩はおしぼりを顔に当てて顔を隠す。



相手にとってなにが本当かは分からない。

でも、自分から手を離さなければ相手も手を離さないということは理解できた。

どういう意味で、未来がどうなるとしても。

この不器用な人が幸せでいたらいい。

でも、どうするのが適切なのだろうか。混乱しながら心からそう思った。

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