第12話 大会の日に、聞かされた秘密
一週間後の土曜日。
カードゲームの大会に来ていた。
規模が大きいので、子どもから大人までたくさんの人でごった返している。
とはいえ、リーグ戦ではなく普通の大会なので和気あいあいとしている。
この一週間、上田は先輩と話しあった通り、一切接触をしてこなかった。
家に帰るとゲームのデッキを作り、僕と勝負をする。そんな毎日だった。
「よぉ! 竹下君と上田さん……だっけ? アッハッハ」
「シャッチョ、おはようございます!」
「お世話になります」
長袖のアロハシャツでリュックを背負ったシャッチョは笑っていた。
「竹下君、なんだその手ェ」
「ちょっと折れまして。でも片手でも戦えますから!」
「この大会、前より人が多いな」
「前のは個人がやってる奴なので」
このへんは上田と打合せしているので、初心者らしさが見えない会話ができていた。
シャッチョとは前に何度かカードバトルをしているし、一緒に小さな大会に行ったことがある。
そう。先輩は怪しんでいたが、結構な友達なのだ。
(会場が広いから大丈夫だろうけど、シャッチョと上田の位置は離れてほしいな)
自分はゲームを10代から楽しんでいるけど、上田は初心者も初心者だ。絶対バレる。
不安に思いながら、大会にエントリーする。
(上手く行ってくれー)
祈りながら待っていると、上田とシャッチョは離れてくれたが、僕がシャッチョに近い席になった。
(まぁ、見られたとしても昔からやっていたと言えば誤魔化せるか!)
考えながら対戦を始める。
(お、その手で来るのか、それならこっちはコレを……)
(楽しい、楽しいな! 相手が結構強い。カードの意味を覚えきって数年経ってるプレイヤーは面白い)
久しぶりの赤の他人との対戦は、楽しすぎる。
無駄なことを一切何も考えず、カードと向き合うのはやっぱり楽しかった。
「ありがとうございました」
勝負に勝ち、挨拶をする。
楽しい勝負をさせてくれた相手に感謝だ。
ホクホクで会場の端に行くと、負けたらしい顔の上田が下を向いていた。
初心者だもんな。かわいそうに。
「負けたんだ?」
僕の声に上田は顔を上げる。
そして、表情を固めた。
「?」
不思議に思っていると、不意に肩に手を置かれる。
「上田さん~あ、中の人は竹下くんか~勝ったね~おめでと~」
背後から聞こえてくるシャッチョの声に、思わず固まってしまった。
ゆっくり振り返ると、笑顔のシャッチョがいた。
「えー、わかりました?」
「バトルの仕方とかデッキ構築とかまんま竹下君だからね」
プレイでばれるのか!
そういえば対戦が楽しすぎていつも通りバトルしてた!
「えー、切ないなぁ。仲いいと思ってたのに。どういうことか説明してくれるかな」
「いや。現実味ないから……まぁ、せっかくなんで、とりあえずバトル最後までやってきません?」
「あ、やっぱり竹下君なんだな」
ばれてしまっては仕方ないと開き直った自分に、シャッチョは笑う。
気持ちを落ち着かせるためにも、できるかぎりバトルに参加する。
上田はスタートパックのデッキバトルのほうが楽しいようで、ちびっこに交じって楽しんでいた。
昼の3時
会場を離脱して遅くなった昼食をとる。
場所は、シャッチョが予約してくれていた、個室の料亭だった。
たくさん勝ったシャッチョはご機嫌だった。
タクシーの中では、デッキについてああだこうだ、横入れのインナースリーブが良かったと話していた。
「奢りだから二人とも腹いっぱい食べな」
「騙してたのに連れてきてもらっていいんですか」
「いやー、自分が同じ状況だったとして、会社ならともかく社外の人間に言えるかと言ったら言えないからな」
シャッチョの言葉に、上田の肩の力が抜ける。
上田の状況だと、入社してすぐに取引先の社長をだましているのだ。心労が凄かっただろう。
食事が来るまでに、簡単に今まで起きたことを話す。
もちろん先輩に話したことよりずっと簡略して、だ。
「うちの会社に来た後にそんなことになったのか」
「あ、そういえば、シャッチョこれ知りません?」
シャッチョに六角形の紙の画像を見せる。
こんなこともあろうかと、写真を取っておいたのだ。
「なんだぁ、これ?」
「その時に僕のズボンのポケットに入ってたみたいで」
「これが入れ替わりの原因ってことか?」
「可能性があるってだけです」
「どっかの神社のお守りかなんかかな。量販品だとは思うが」
「量販品?」
「表面に絵があるけど、ほんの少しにじみがあるから判子だろう」
「裏の糊付けも手馴れているから、おそらく量産品。でも、たくさん出回ってるわりには入れ替わったなんて聞いたことがないな」
「それにしても、この絵柄、どこかで」
「わかるんですか?」
「いや、どうだろう。画像検索してみた?」
「あ、画像検索!」
持っている画像を検索すると、ネット上の似たような画像を検出するアプリがあるのだ。
画像検索してみると、ほとんどは無関係の結果だったが、二件ほど同じような画像が出てきた。
二件の画像をクリックすると、いずれも女性の旅ブログのようで、その画像がなんのものかは書いていなかった。
そして、ブログ主は現在飽きて更新をしていないが、数年後でも何事もなく元気で生きていた。
「なんか入れ替わりとは関係ないみたいですね」
「そうだな~。まぁ、なんか分かったら教えるけど」
「でも、別に元に戻らなくてもよくないか?」
「へ?」
「別に、友達が欲しかったけど、女友達の方がお得だしぃ」
「お得ってなんですか」
失礼な、と思う。
「いるだけで楽しいからな~女の子。竹下君は女の子じゃなくても楽しいけどね」
「なんかいやらしさを感じるなぁ」
「何言ってんだ。人間なんて、何かしら同性でも異性でもいやらしさを感じてるだろ?」
「わかんないっす」
食事をもぐもぐ食べながら言う。
シャッチョは微笑んで上田を見た。
「上田さんは分かるだろ」
「人によるかもです。人として好ましい人は男女ともに好かれるので」
「そうだぞ~。竹下君。完全に異性だけをエロいと思っている人間は実は少数派って可能性もある」
「友達なら、いやらしさを感じなくないすか?」
「そのへんは地続きなような気がするなぁ。好意の種類を明確に分別はしにくいだろ」
そんなものなのかなぁと思う。
「シャッチョさん、ユーキは恋愛にうといんで分かんないですよ」
「やっぱりそのままでよくないか? 上田さんはなんかスッキリハッキリしてるし、竹下君は外見にあってるし」
「シャッチョは男の僕に未練はないんですか」
「別に話してみたら同じだから、どっちでもいいかなぁ。もうユーキちゃんって呼ぶわ」
「俺はこのままでもいいですよ」
「僕はイヤですよ。持て余してます」
腹を立てながら、高い食事を食べる。
腹を立てていても、高い食事はどれも味が良かった。
食事も終わりに差し掛かり、シャッチョが箸を置いた。
「ああ、そうだ、上田さん」
「なんでしょう」
「その手ェの怪我、男とやりあってる時、オレ見てた~」
凄く軽い言い方だった。
上田の手が箸を持ったまま止まる。
「ビルの窓から下見たら、竹下君が暴れまくってて、いきなり女の子助けたぁ思ってた」
「あんな裏側もあるのか~思ってたら、女の子のほうが竹下君だったわ」
「お見苦しいところを……見逃してください」
箸を置いて、上田が頭を下げる。
僕も一緒に頭を下げた。
「いいいい。あんなんオレだってああする」
そういうと、シャッチョは立ち上がり、食卓を回りこんで僕たちの背後にまわった。
「これから、オレ、ひとりごと言うわ」
そういうと、こちらに背を向ける。
「……あの男。先週うちの会社に車売りに来たなぁ」
「700万くらいで買ったかなぁ」
「その値段~けっこうイイ車なのかな~」
「なんかの役に立つかなぁ」
上田の元カレが車を売った?
どういう意味で教えてくれたのかと思ったが、シャッチョが独り言といったなら、聞かないでほしい理由があるのだろう。
シャッチョは立ち上がると、そそくさと元の席に戻った。
「はい、ひとりごと終わり」
両手をパッと開いて、シャッチョは笑う。
「ありがとうございます」
お礼を言う僕とは対照的に、上田はなにかを考えこむように黙っていた。
シャッチョと駅まで行き、全員別れてから、バラバラに自宅に帰る。
家に着くと、上田はもう家に着いていて、床に座っていた。
「元カレ、俺にはお金がないって言ってた」
僕を見ると、説明するように話しはじめる。
「定職についていない感じで、住んでいるところもマンションじゃなくてアパートで……車なんてもちろん持ってなかったし」
「そんな人間が、いい車を持ってるっておかしいよね」
隣に腰を下ろして、言いたいことを肯定するように話を合わせる。
「うん。もしかして、俺は、騙されてたのかもしれない」
上田は、僕の手の上に手をのせた。
「俺は、もうユーキに自分のせいで苦労してほしくない」
「でも、今までのことを調べるには、元の姿がないと難しい」
こちらを見る瞳が、悔し気に寄せる眉が、悲し気に見えた。
「うん」
求めていることは分かっても、答えを先回りしていいのか分からず、ただ頷く。
「ユーキ、手伝ってくれない?」
重ねられた手を、ギュッと掴まれる。
答えは、聞く前から決めていた。
「もちろん、いいよ」
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