第6話 ユーキの家は1LDK

夜8時

僕の家に先輩がやってきた。

死にかけでもイケメンは気だるげなイケメンになるのでスゴイ。


1LDKのリビングには、ロフトベッドが作られていた。


「先輩! カレーありますよ。食べます? 僕たちも食べてないんですけど」

「そんなことよりこれは」

「上田のスペースです。ぼくの部屋でも良かったんですけど、一人の時間が欲しいらしくて」


僕の言葉に、先輩はなるほどと笑う。

上田は何も言わずにロフトベッドのネジを締めていた。


「成人男性ならそうですよね。二人は恋人でもないことですし」


含みをもった先輩の笑みと言葉に違和感を覚えて、少し考える。


(……なるほど。女になって思い至らなかった。申し訳ない)


「勝手に変な想像するのやめてくれるかなぁ! もう!!」


こちらを見て上田が叫ぶ。

丁度ベッドが出来上がるところだったので、切りよく食事することにした。





テーブルの上は荷物で散乱していたので、みんなで床に座りカレーを食べる。


「そういえば、二人とも会社で働けるようになりましたよ」


先輩は事も無げにいうと、カレーを口に運んだ。


「え! 俺もですか?」

「俺?」


驚く上田に、先輩も驚いて上田を見る。


「ああ、今日、上田の家に行った時、僕に迷惑だから口調を直せとお母さんに怒られたんです」

「そうなんだよね。で、考えて俺が一番スパダリっぽいから俺にしようかなと」

「上田いわく、スパダリはスーパーダーリンの略だそうです」

「なるほど。スパダリ、ねぇ」


先輩は、含みをもった言い方をしながら、ちいさく頷く。


わかるよ。僕の見た目でそれは似合ってない。上田が頑張ろうとモブはモブ。

正直、目指してほしくない。

だけど自分がキャバ嬢になれないのに、相手に理想を押し付けることもよくないのだ。


「まぁいいや。会社の方って、上田の履歴書とかなくても大丈夫だったんです?」

「事情を話しながら朝に撮った写真を見せたら、怪しみながらも採用でした。顔採用っぽいですね」


やっぱり美人は強い。

三人で、名前は戸籍そのままの名前で呼んだほうが良いのではないかと話しあう。

職場を混乱させるのはまずいので、僕は上田愛夏として行動することになった。


「すみません。お給料って聞いても……」


遠慮がちに上田が聞く。


「22万ですね」

「たっか。嬉しいです。キャバ嬢の時は30万ちょっとくらいだったので」

「え、キャバクラですよね? それは安くないですか?」


二人の話をカレーを食べながら聞く。

キャバクラに行ったこともなく相場が分からないので、二人の会話に入れない。

都内の時給は高いはずなので、きっと安いのだろう。


「そうなんですよ。昼職に比べたら高いだろうけど、週5出てて指名とれてるのに安くて」

「給料明細ってあります?」

「あ、実家から持ってきてる!」


上田は近くにある袋を開くと、中から厚めの封筒を取り出して、中から紙を数枚とって渡した。


「売り上げで上げてくれる感じで、教わった感じでは間違ってなさそうだけど。でも、お店で三位だったのに安すぎる気がする」


先輩は紙をうけとると、カレーを食べながら読む。

自分も後ろから見てみたが、初心者が見てわかるようなものでもなかった。


「私も詳しくないので、よく分からないですね。すみません」

「そっか……」


二人の話を聞きながら、比較対象がないと、本当のところは何もわからないよなと思う。

お水系の職業なんて、売れたら儲かると思ってたのにそうでもないんだなと思った。








食事が終わってから、二人はベッドの設置をしていた。

自分は黙々と皿洗いなどをしている。


「上田さんは、しばらくユーキ君の家にいるんですか?」

「お給料が入るまでのつもりではいます」

「いっそ三人で一軒家に住みましょうか」

「婚期が遠のきそうな提案……」


いずれにせよ、中身がいつか変わるかもしれないから婚期は遠のいているが。

まぁでも、恋人を作らなかった自分と違って、上田は行動が早そうだ。

ええ、でも僕の身体なのに、勝手に作られてもなんか嫌だなと思ってしまう。


(僕のこの体は、色んなことに慣れに慣れてるだろうから、何も恐れることはないんだろうけど)


正直怖いな、と思う。

人と深く付き合うことも、別れることも怖い。

恋愛を就職とするのならば、頑張れば誰でもできるけど、ブラックだったら身も心も病んでしまう。

どんよりと考えながら皿を洗い終えると、風呂に向かう。

明日は仕事だ。早く休まねばならない。





「さて、そろそろ帰りますね」


風呂から出ると、先輩が帰り支度をはじめた。

上田も疲れ切ってはいたが、風呂に入っている。


「今から帰るんですか。別に泊まってもいいですよ」

「いえ。昨日ほとんど眠れなかったので。今日眠れなかったら死んでしまいます」


そんなに山の字寝は辛かったのか。かわいそうに。

その上に、ベッドの設置まで手伝ってもらって、申し訳なかった。


「先輩。変なことに巻きこんですみません。色々配慮してもらって本当に感謝してます」

「いえ。私は自ら巻きこまれにいったので。頼ってくれて嬉しいです」


笑いながら先輩は僕の髪を撫でた。


「ああすみません。洗ったばかりなのに」

「別にかまわないですよ。髪なんて腕とかと変わらないんで」


髪を指で遊ばせながら言うと、先輩は小さく心配だなと呟いた。


「ユーキ君、ちゃんとドアにカギをかけるんですよ」

「ああ、それ上田にも言われました。たぶんドアを開けるまでの時間稼ぎだと思うんですけど」


自慰行為中に遭遇したら、見られた方も見た方もきついだろう。

それが元の自分の姿だとしたら地獄でしかない。

リビングを含めた部屋が二部屋しかないのなら、ちゃんとしようと思う。


先輩は苦笑しながら玄関で靴を履くと、もう一度髪を撫でる。

なんだろう。突然女に触りたくなったのかもしれない。


「では、明日会社で会いましょう」

「また明日~」


玄関の扉を開けて、外まで送り出す。

ベッドの設置まで手伝ってもらったんだから、サービスはする。

先輩は何かを心配していたが、部屋の掃除もほとんど終わったし、明日は上田の初出社だ。

すぐに寝ないとまずいので、なにも心配することはない。


長い一日が終わった。

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