第4話 ホテルで山の字

夜9時半

ホテルに着いた。


こんな時間ではラブホくらいしか空いてないと思われたが、先輩がうまいこと手配してくれた。

仕事ができる人間はやることもスマートだ。


「すごい良い部屋ですね」


ドラマで見るような、いいところのシティホテルという内装に、バカでかいベッドが中央にある。


「ここしかなかったんですよ。値段ははりましたが、仕方がないです」

「払いますよ。上田も払うんだぞ」

「もちろんですよ」

「いや本当にいいです。どうしてもというなら、貸しにしておいてください」


お金を受け取りそうにないので、あとで何かで恩を返すしかない。

部屋に入って荷物を置く。

全員、泊まるために必要なものを買いそろえたが、僕が下着だけ買ったのに比べて上田の買い物量は凄かった。

お守りにも呪いにも見える謎の紙はコインロッカーに預けておいたので、少しだけ安心感がある。


部屋を見て回ると、備え付けの飲み物として、高そうなコーヒーメーカーと柄付きのカップ&ソーサ―が置いてあり、冷蔵庫の高そうな水なども無料らしい。


(うへぇ、この部屋やっぱ高そう)


「ユーキ、お風呂先はいっていいよ。アメニティがいいメーカーだったから使って。これがボディクリーム。あと下着」


上田にボディクリームと薄ピンクのかわいらしい下着を手渡されてげんなりする。

下着はいいとして、色々塗るのが大変すぎる。


「塗るの面倒なら私が塗るよ」

「いや、それはいい」


三人も入らなければいけないなら、早く入って外で塗ればいいやと思いつつ、風呂に向かう。

それにしても上田はすぐに自分からやろうと志願してくるけど、自分以外にやったらセクハラだと思われそうだ。

男に戻った時に、セクハラ野郎の汚名を着せられていることだけは避けたい。

心から思いながらシャワーを浴びた。







風呂から出て、適当にクリームや化粧水を塗る。

服を脱いだ時に下着の色が紫だったのは驚きだった。

渡された薄ピンクのかわいい下着との差が凄い。

ブラを自分でつけたらおさまりが悪かったけど、そのうちなんとかなるだろう。


備え付けの白いパジャマを着て部屋に戻る。

ベッドの上で二人がスマホを見て話していた。

僕に気付くとそそくさとスマホを閉じる。


「何してんの?」

「え、あー、おすすめの動画サイトを教えてました」

「ああ、エロサイト」

「いや、そういう……もの、では」


先輩の目が泳いでいた。


「いや、上田は必要なので。僕の体にあるまじき性欲っぷりらしいっす」

「やめてください! 風評被害すぎる!」

「喫茶店の時なんて、トイレ行こうとしたら、拭こうかとかいってくるんですよ。今日で元に戻るならいいけど、セクハラ問題が心配すぎる」

「拭くはちょっと問題ですね」


疑いのまなざしを向ける先輩に、あわあわと上田は慌てる。


「あ、あれは、本当に悪気はなくって! 男の人は時々、こう、大を拭けない人がいるから!」


(……?)


真っ赤な顔をして言い訳をする上田に、僕も疑いの目を向けた。


「嘘じゃないよ。風俗嬢の友達に聞いたけど。時々大きい方をちゃんと拭けてない人がいるって話があって」

「マジかよ」

「だから、トイレの使い方を教わってないから、よく分からない人がいるのかもしれないなって思って」

「僕はちゃんと肛門を拭いてるぞ」

「……私もちゃんと拭いてますよ。ですが、時々いるんですか」


そこまで言うと、先輩は大きくため息をついた。

本当のレアキャラなら話にそんなに出てこない。話にでてくるなら割といるということだ。


「……正直、聞きたくなかった」


どんよりとした目をして、床をみつめる。

子供の頃から拭けてないんだったら、プールや温泉が怖い。

プールに塩素が入っていてよかった。入れないと危ないだろう。


「あ、ユーキ、ブラちゃんと付けられた? こう、こうしないと胸のおさまりが悪いから」


上田が突然ブラのつけ方をジェスチャー付きで教えてきた。

なるほど、胸を持ち上げて中央に寄せて、グッとブラのカップの中に入れるのか。

そして、話を変えたいのは分かるが、話題は選んだ方がいいと思う。


「あ、ありがとう」


教えてくれたことの感謝は言わないといけないな、とお礼を言う。


「上田さん。お風呂先にどうぞ」


感謝しつつもちょっと引いている僕を見て、先輩が助け船を出した。

上田は短い返事をすると、気まずかったのかすぐに風呂に向かう。

悪気がないので、責める気にはならなかった。


「なにか飲みます?」

「あ、じゃあ水を」


冷蔵庫から水のペットボトルを持ってきて渡すと、ベッドのふちに腰掛けている先輩の横に座る。

水を飲むと冷たい水が喉を通り頭の中が冴えていくようだった。


「ところで僕ってこの体で仕事に戻れるんでしょうか」

「戻れなかったら明日は休んでください。雇用上は今の体の持ち主である上田さんですが、一から仕事を覚えないといけませんし、私が会社にかけあいます」

「ありがとうございます」


どうなるんだろうか。

わからないけど、淡々と現実の問題を処理していかないと道がない。

少しだけ暗い気持ちになって、後ろに倒れこむようにベッドに寝ころんだ。


「ところで、上田さんって、ユーキ君のことが好きになってません?」


なにげなく、という調子で先輩が言う。


「好きとかじゃないですよ。思春期とか通り越していきなり男の体に入ったもんで性欲で分かんなくなってるだけです」

「そうですかねぇ」

「そうですよ。元が自分すよ? それより女の気楽さで失言してセクハラ認定されないか不安で仕方ないです」


そもそも彼氏に浮気された当日に別の人間を好きになるというのはおかしい。

色々ショックすぎて頭がどうにかなってしまったんだと思う。


「今までは見た目がかわいい女性なので、皆さん意図を汲んでくれるので問題なかったのでしょうね」

「でも、今は僕の体なんで色々気をつけては欲しいけど……まぁ追々」


話を聞きながら、先輩は僕と同じように後ろに倒れる。

色素の薄い端正な顔がこちらを見ていた。


(よくわからないが、めちゃくちゃ見られている)


「僕の顔になんかついてます?」

「やっぱり性別が変わると、性対象も変わるんでしょうか」


聞かれて考えるが、身体が変わって数時間だ。わかるわけがない。


「正直わかりませんね。上田とは逆で性欲は減ってるので」

「なるほど。私の顔はどうですか?」


(……? どうと言われても)


「先輩はいつも顔がいいですよ。性格もいいし仕事もできる。ヤリチンなのも頷けますね」

「ヤリチンって。ちょっと」

「僕は参考にしないけど、双方それで納得してるなら別にいいと思ってますよ」


食事の席で先輩が上田に言ったことは、健全な結婚を求める人のコツであって、それがすべてだとは思わない。

上田が可哀想だとは思うが、そういう人間は掃いて捨てるほどいるし、だます奴もいるだろう。

それならば、先輩のように合意の許可をとっている人間は、かえって誠実な気もしていた。


「ユーキ君はいつだって人に理解がありますよね」

「そうかな。適当なだけですよ」


気を悪くさせないように少しだけ微笑んで見せる。

先輩も苦笑するように口の片方だけを引き上げた。

少し歪んだ表情も、端正な顔の良いアクセントに思えて、イケメンは凄いなぁと思う。

なんとなく、もぞもぞッとする変な空気を感じて、少し困ってしまった。


次の瞬間。

風呂場の扉がバンと開く。


「ユーキの体の髪! いじってみたらかっこよくなった! どうかな!!!!!」


扉が開くのと同じ速さでバーンと上田が飛び出てきた。

よく見ると、今までやったことのない髪型で、確かにかっこよく見える。

が、所詮自分の顔。先輩とくらべると見劣りがすごい!


「おー、いいですね」


体を起こして褒める先輩。

確かにいつもよりはいい。褒めるのが人の道だ。


「自分と思わなければッ! すごくいいと思う! モテるかもしれない」


褒めようと思ったのに、そのまま素直に口に出てしまった。

二人がこちらを見る


「ユーキは自分に自信がないんだね」

「元のユーキ君もいいですよ」


二人に慰められて、なんだよと思う。

しょうがないじゃないか。こっちはかわいい見た目になったのに、ぼくのせいでモブみたいで、モブが頑張っても所詮モブ的な見劣りを感じたのだ。先輩の見た目だったら上田はもっと良かっただろうなと思ってしまうのは仕方ない。


今日、元に戻ってほしいなと心から思う。

先輩もなんかちょっとだけ違う雰囲気を感じるし、上田は手に余る。

これで自分まで女の体に適応しておかしくなってしまったら、どうなるのだろう。

先を思うと先が不安になっていた。








夜10時。

歯ブラシも終わり、ベッドに腰掛ける。


「今日は私が真ん中、両隣に一人ずつで添い寝でお願いします」


風呂から出てきた先輩は、キリっとした顔をした顔で言うと、ベッドの中の中央に寝ころんだ。


「ああ、どっちがおかしくなっても気付きますもんね」

「ユーキが真ん中じゃ気付かないか」


上田が仕方ないという感じで先輩の隣に寄り添うように寝ころぶ。

添い寝というものをよく知らなかったけど、めちゃくちゃ近くに寝るらしい。


(男の自分と先輩が寄り添ってるのを見るのは、めちゃくちゃ複雑な気分すぎる)


そこに自分も加わるというのも、またおかしい気がしたが、仕方がない。

人生というものは自分の思い通りにはいかないものだ。

諦めて、上田とは反対側に自分も寝転がった。

心音がギリ聞こえませんくらいの距離感に、なんだかもぞもぞした気持ちになる。


「川ってよりは山ですね。並び的には」

「やってみると両側は磔にされている気分ですよ。動けない」

「この場面、浮気した彼氏に見せたい」

「見せたら殺されるのは僕では?」


本当にやめてほしい。

次の日に起きる時間を決めて、早々に眠りにつく。





結果的にいうと、この日に元に戻ることはなかった。



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