第11話 「反撃準備」


 私とアンセスは倉庫の中で向き合う。


「というかメリーガム、お前その傷大丈夫か?」


 彼は私の体を指さす。

 白い布の服は血で汚れ、赤黒く変色していた。


「俺を抱えてゴーレムの群れを抜けたときの傷だろう?血を流しすぎだ」

「いえ、大丈夫ですよ。薄皮が切れただけです。見た目ほど酷くありません」


 アンセスは何か言いたげだったが、その言葉を飲み込んでカルッゾについて尋ねてくる。


「正直俺は、自分の事に手いっぱいで奴の動きをあまり見られなかったんだ。

 何かわかったのなら教えてくれないか?」


「ええ、カルッゾの魔術にはある違和感があります」


「違和感?」


「それは……雷の軌道です」


 アンセスはがっくりとため息を吐く。


「あのな、直線的な軌道と曲がる軌道がある、ということぐらい俺も気づいている。それがどうしたというんだ?」


「注目すべきは、曲がる軌道を撃ってきたタイミングですよ」


「撃ってきたタイミング……?」


 私は一息ついて続ける。


「先ほどの戦闘を整理しましょう。彼が曲がる雷を撃ったのは二回です。

 ゴーレムに撃った時と、私に撃った時」


「そうだな」


「しかもそのうちの一つ、ゴーレムを破壊した雷撃は、意図せず当たってしまったような反応でした」


 アンセスは話を聞きながら姿勢を変え、壁際の棚にもたれかかる。

 身体を引きずるような動き方だ。


「そのあとはゴーレムたちを下がらせましたよね」


「単純に邪魔だったんじゃないか」


「いえ、彼はゴーレムに前衛を任せる戦い方に慣れているようでした。あれが彼の基本的な戦闘スタイルだと思います。

 それに、ゴーレムに当たった雷撃は、私に向けたものがうっかり当たってしまった、というよりも、まるでゴーレムを狙って撃ったような軌道でした」


「わざとゴーレムを狙ったということか?いったいなんのために……?」


 私は人差し指を立てる。


「そしてもう一つの違和感、アンセスに対しては曲がる雷を一度も撃っていないというところです」


 アンセスはハッとして口元に手を当てる。


「あなたは魔力切れで思うように戦えず、動きが鈍っていました。にもかかわらず、カルッゾはあなたに対して真っ直ぐな軌道の雷ばかりを撃ち込んでいましたよね」


「たしかにそうだな……曲がる雷の誘導性はとんでもなかった。俺は直線的な雷ですら避けるのがやっとだったというのに、なぜ俺に対して撃たなかったんだ?」


「おそらくですが……撃たなかったのではなく、


「どういうことだ?」


「私がカルッゾの雷を弾いたとき、彼は二つ情報をこぼしました。

『こっち側だったんだ』

『固有魔術は使用するのに何らかの条件や制限がある』の二つです」


「……つまり、奴も固有魔術とやらを使っていて、それには何らかの制限がある……ということか?」


「そういうことです」


「フフッ、お前のハッタリも無駄じゃなかったということだな。奴も内心焦っていたらしい」


 彼は爽やかに口角を上げた。


「そういえば、あの雷を弾いた技はもうできないのか?一瞬だけ身体が光るやつ」


「偶然できただけなのですよ。自在に使いこなすことが出来ればあの雷もどうにかなるのですが……」


「そうか、まあ無いものねだりしても仕方がないさ。……っと悪い。

 話が逸れたな、続けてくれ」


 アンセスは私に話の続きを促す。


「これは推測ですが、彼の曲がる雷は……魔力が多いものに優先して向かっていく、という性質があると思うのです」


「奴自身が雷の軌道を操っているわけではないということか?」


「そうです。曲がる雷は初めはゴーレムに、ゴーレムがいなくなった状態では私に誘導されていたでしょう?」


「なるほど、その理屈でいうとゴーレムが下がった後、二対一の構図になったときは、俺の魔力が少なすぎたから誘導弾を撃てなかったということだな」


「ええ、魔力切れのアンセスと魔力を補給した私では、私の方が魔力が多いのでしょうからね。

 アンセスに対して誘導弾を撃っても私の方に誘導されてしまうのでしょう」


「そして俺たちよりもゴーレムのほうが魔力が大きい。

 つまり……ゴーレム>メリーガム>アンセスの順で魔力が多いということか」


「おそらくそう言うことです」


「お前、万全の状態なのにゴーレムより魔力が低いんだな……」


「……魔力が多いと偉いんですか?ええ?」


「フッ、図体のわりには意外だと思っただけだ」


 アンセスは詰め寄る私を適当にあしらった。

 冗談を言う元気は残っているようだ。


「だが、運が良かった。お前の魔力がゴーレムより多かった場合、初手でやられていただろうからな」


「そうですね。あなたが魔力切れの状態になっていたことも、今思えば幸いでした」


「しかし、それがわかったところで奴に近づけるのか?」


「この性質をうまく利用すれば可能かと」


「具体的な作戦は?」


「私が引き付けるので、アンセスに攻撃してもらいたいのですが……動けますか?」


「……情けない話だが、奴の雷をかいくぐって切りかかるのは厳しい」


「そうですよね……」


「不意を突くことが出来れば、その一撃に全力を込める」


 剣の柄に触れながら話す彼の目はいまだに戦う意思が宿っていた。


「それならば……必要なものがいくつかあるのですが」


「なんだ?」


「私の身体を包み隠せるような服を探してくれませんか?足元まで届くほどの丈のものを、ローブでも何でもいいですから」


「わかった。ここにある棚を見てみる」


「私はゴーレムを狩りに行きます」


「なに?ゴーレムを?」


「ええ、作戦のために使いたいのです」


「大丈夫か?囲まれたらまずいぞ」


「不意打ちで一体だけ倒すだけです。見つからないようにしますよ。

 それよりカルッゾに発見されないように注意する必要がありますが……」


「いや、おそらくカルッゾは北門の前から動かないだろう」


 アンセスがぽつりと言う。


「なぜわかるんです?」


「カルッゾの唯一の負け筋は距離を詰められることだ。

 わざわざ自分で遮蔽物の多い路地裏や建物を探したりはしない。

 ゴーレムや兵士に任せるはずだ」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

 それならば町の中を徘徊しているゴーレムにだけ注意することにしよう。


「では、ゴーレムに注意します」

「ああ、見つかるなよ」


 私はアンセスとあいさつを交わし、少しだけ扉を開ける。

 隙間から外の様子を覗くと、日当たりの悪い路地には動いているものは見当たらない。


 周りには私たちが隠れている建物と同じような作りの家屋が立ち並んでいた。

 ゴーレムに建物を囲まれていたらどうしようかと思ったが、とりあえずは大丈夫そうだ。


 扉を開いて身を屈めながら建物の間の狭い通路を歩く。

 大通りの方には近づかないように進んでいると、目の前にある建造物の角から足音が聞こえた。

 私はそこまで壁沿いに移動し、上半身だけを傾け音のした方を見やる。


 そこには一体のゴーレムが背を向けていた。

 私たちを探しているのか、あたりを見回すように頭を動かしている。

 眼のようなもの器官は見受けられないが、いったいどうやって探しているのだろうか?


 とにかく今が好機だ。


 仲間を呼ばれないように素早く、かつ慎重に、コアの封魔鉱を傷つけずないよう取り出さなくてはならない。


 少しづつゴーレムの背中に近づく。


 あと一歩で触れられるというところで、ゴーレムが急に振り向き、腕を振り下ろしてくる。


 私は降ってくる右手を受け止めると、みぞおちのあたりに拳を差し込む。

 そのまま心臓の方へ手を押し込むと、土とは感触の違う硬いものが触れる。


 コアだ。


 それをがっしりと掴み、力任せに引き抜く。


 ぼろぼろと土がこぼれ、細長い楕円形の封魔鉱が姿を現す。

 漁村に設置されていたものより一回り大きい。


 コアを抜かれたゴーレムは力なく倒れ、ただの土の塊に戻ってしまった。


 封魔鉱は傷ひとつなく、紫色に怪しく光っている。

 上手く取り出すことが出来たようだ。


 私は周囲を見回した後、足早にアンセスの待つ倉庫へ帰った。


 ---



 警戒しながら倉庫へ帰り扉を開けると、アンセスが床に寝っ転がっていた。

 彼は一瞬だけこちらを見るとすぐに目を閉じた。


「大丈夫ですか?辛そうですが」

「身体が重くて仕方がない。こうやって体力を回復しようとしているが、意味があるかはわからん」


 彼は全身の力を抜いて、全力で休んでいるようだった。

 私はぐったりと足元に転がる騎士を見下ろしながら話しかける。


「ゴーレムのコアを入手しました。おそらく誰にも見つかっていません」

「よくやったな、俺も要求された物を見つけておいた」


 アンセスは横になったまま棚の一つを指さす。


 そこには黒いマントがあった。

 兵士たちの革鎧と似たような装飾だ。雨風を凌ぐためのものだろうか。


 羽織ってみると、首元から足首まで全身がすっぽりと隠れた。

 あまり使われていないらしく、少しだけカビ臭い。


「マントを探すことすら精一杯とは、まったく情けない」


 彼は自虐気味につぶやいた。


「それで?そのマントとゴーレムの封魔鉱で何をするんだ?」


 アンセスが作戦の内容を尋ねてくる。


「私の考えた作戦はこうです。まず…………」



 ---



「……正気か?」


 私の作戦を聞いたアンセスは上半身を起こして問いただしてくる。

 信じられないといった様子だ。


「無謀すぎるぞ」

「しかし、これしか思いつかないのです」


 アンセスは口元に手を当て、考え込む。

 彼はしばらくの間そうしていたが、ついに代案は浮かばなかったらしく、再び床に寝そべってしまった。


「死ぬなよ」


 彼は天井を見上げたままそう言った。


「死にません」


 私は静かにそう答えた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る