第12話 「イダリッカルの攻防」
※カルッゾ視点
北門に続く大通り。
俺はその真ん中で一人、立っていた。
逃げた二人組はゴーレムがそのうち見つけるはずだ。
このイダリッカルからは出られないだろう。
自分の足で探し出したいところだが、先ほどの戦闘からして、奴らはまだ動けそうだ。
苦し紛れの不意打ちでやられる、などというようなことは万に一つもあってはならない。
死にかけた生命というのは時に驚くほどの力を発揮するものだ。
俺はそういった、死に物狂いで特攻してくるような人間を、自らの雷で焼くのが大好きだった。
生き残ることを諦めない光の込められた瞳。
それでいて、半ば狂気に飲まれたような瞳。
あのギラギラの輝く眼球が、雷に焼かれてブシュウと蒸発する様子……
想像するだけでゾクリとする。
焼けた肉の匂いも……あれは本当にひどいものだが、それもまた良いのだ。
最近は皆、テオルレンという都市の名を聞いただけで震え上がってしまう。
多くの人間は都市や街の中に閉じ篭もるようになり、都市間の交流も少なくなった。
おかげで、南北を行き来するためにイダリッカルを通るという者はめっきり居なくなってしまった。
少し前までは、アルバの支配を是としない者たちが押しかけて来ていたのだが……何人か殺しただけで全く姿を見せなくなった。
あの、反乱軍とか名乗っていた奴らは今もどこかで活動しているのかな?
ああゆう喚くだけの跳ねっ返りを殺すのも結構楽しかったんだけどなあ。
まあ……各都市の戦力を削ぎ、抵抗出来なくするということが目的ならば、人の往来が少なくなるというのは良い兆候なのだが……
面白くはない。
俺は人が苦しんで死ぬのを見たいのだ。
それが好きなのに。
だからこそ、南北を繋ぐイダリッカルに、人が沢山通るイダリッカルに居るというのに……退屈で仕方がない。
そんな状況だったので、今回のような元気な奴らを殺せるのは楽しみだった。
聞くところによると侵入者ではなく、牢屋から逃げ出した脱走者というじゃないか。
活きが良いねえ。
しかも片方は、あのヴェンデミールの元騎士らしい。
騎士道だの何だのと戯言を抜かす連中だ。
鉄の板切れを振り回すしか能が無いくせに。
……騎士を焼いたことはないんだよなあ。
つい口角が上がる。
あの銀髪の青年が騎士くんだよな?
反抗的な目つきだったよなあ。
魔力切れで動けないところを焼くの、楽しいだろうなあ。
そしてもう一人の男。
長い金髪の大男。
あいつも良いよな。
あんなにでかい奴を焼いたことはない。
若い頃にワイバーンを焼き殺したこともあったが、やはり魔物はダメだ。
感情が分かりづらい。
ただでかいだけではダメだ。
自分と同じような見た目で、同じ言葉を喋るのを殺すのが良いのだ。
しかしあの大男……メリーガムとか言ったかな?
あいつは少し面倒だな。
固有魔術を使った。
そして俺の雷を弾きやがった。
どういう能力かは分からないけど、一瞬だけ魔術を無効化するみたいなカンジかな?
面倒だよなあ。
頑張って向かってくる奴を簡単に殺すのが良いのに。
固有魔術を使える術師とはやりたくないよなあ。
あー、イライラする。
何となく地面を見やる。
足元に敷かれたレンガの地面。
その上を小さな虫がちょこちょこと歩いていた。
食料調達の帰りだろうか、何だかよく分からないゴミみたいなものを顎に咥えて、せっせと運んでいる。
「…………」
虫の頭上へおもむろに足を持っていき、ゆっくりと体重をかけて踏む。
パキと潰れる感触が右足の裏に感じる。
そのままぐりぐりと靴を地面に擦り付ける。
足を退けると虫はぺちゃんこになっていた。
脚が何本かもげている。
「……ふふっ」
それを見て少しだけ良い気分になる。
冷静に考えよう。
さっきの戦闘で、メリーガムは固有魔術を連続して使えなかった。
再び使用するのに時間を有するタイプの固有魔術の可能性はある。
しかし、奴が雷を弾いた時のあの反応。
何が起きたのか理解するのに時間がかかっていた。
自分のやったことが分からなかったのだ。
だとすると、やはりあのとき初めて固有魔術を使用したのだろう。
そして、精霊魔術も使ってこなかった。
十中八九、奴は魔術を充分に扱えない。
未熟者かそもそも魔術師ですらないか。
そう考えると、メリーガムの魔力の低さにも説明がつく。
大抵の人間はゴーレムより魔力が高い。
そこらへんの兵士だってそうだ。
だというのに、魔力量を鍛えるはずの魔術師が、ゴーレムより低い魔力しか持っていないというのはあり得ない。
となると、奴が再び固有魔術を使ってくることはないだろう。
失敗したら雷撃に当たって死ぬんだから、そんな博打を仕掛けてくるはずがない。
騎士の方……アンセスだったかな?
あいつはもうまともに動けないだろうし、メリーガムをしっかり殺した後でゆっくり始末すれば良い。
雷で焼けた木造の北門がぐしゃ、と崩れた。
黒焦げになった門は未だに煙を上げている。
それを見ていると、自分の口元がニヤけるのを感じた。
あの門のように真っ黒になったメリーガムを想像するとわくわくする。
全身を焼かれて煙を吐き出す様が見たい。
ああ、ゴーレムどもめ、早く捕まえろ。
やきもきとしながら空を見上げたそのとき、
背後に魔力のゆらぎを感じた。
とっさに振り向き、魔力を感じた方へ目を向ける。
建物の陰。そこに誰かいる。
「隠れているのは分かっているよ?」
声を掛けると、メリーガムが陰から姿を現した。
奴は黒いマントを付け、全身をすっぽりと隠している。
「勘が鋭いのですね」
落ち着いた調子で話しかけてくる。
平静を装ってはいるが、その声はほんの少し震えている。
恐怖を勇気で覆い隠そうとする声だ。
奴の右手には楕円形の封魔鉱が力強く握られていた。
その瞬間、俺は確信した。
こいつは素人だ。
魔術師同士の戦いで、これほどまでに魔力を駄々洩れにする者などいるはずがない。
奴との距離は70メートル程離れているが、魔力を抑えていればもう少し近づいて来ることが出来たはずだ。
魔力の抑え方すら知らない魔術師など、怖れることは無い。
俺は次にメリーガムが持っている封魔鉱に注目した。
形と大きさからして、ゴーレムのコアに使われているものだろう。
そんなものを持ち出してくるということは、どうやら俺の固有魔術に気づいているようだ。
「固有魔術を付与した雷撃は、その場で最も高い魔力を有する物質に誘導される。
それがあなたの能力でしょう?」
俺の目線に気づいたメリーガムが口を開いた。
よく見抜いたな。
まあ、あれだけ見せてしまったのだから当然か。
となると、今考えなければならないのは……奴が俺の雷撃に対してどのような対策を立て、どのような戦略で戦おうとしているのかだが……
俺は口をきつく結び、にやけそうになるのを我慢した。
フフ……お前が何をしようとしているのか、手に取るように分かる。
ゴーレムのコアを身代わりにして距離を詰める気なのだろう。
誰でも思いつく作戦だ。
ここで考えなくてはならないのは、メリーガムが封魔鉱をいくつ持っているかだ。
おそらく、奴があの黒いマントで全身を覆い隠しているのは、封魔鉱をいくつ持っているのかを分からなくさせて、俺を惑わすためだろう。
健気な努力じゃないか。
70メートルも離れていれば、奴が距離を詰めるまでに少なくとも雷撃を四回撃てる。
つまり、奴が身代わりの封魔鉱を四つ以上持っていた場合、接近されて俺は負ける。
だが……それはあり得ない。
ゴーレムのコアに使われている封魔鉱は、込められている魔力量に差が無い。
つまり、奴が三つ以上の鉱石を持っていた場合、
『身代わりの鉱石の魔力量』よりも『メリーガムが持っている鉱石の総魔力量』
のほうが高くなってしまう。
だから、三つ以上はあり得ない。
では二つではどうか?
これもあり得ない。
なぜならば、身代わりの鉱石の魔力量とメリーガムが持っている鉱石の魔力量は同じでも、そこにメリーガム自身の魔力も加算される。
よって、封魔鉱の魔力 < 封魔鉱の魔力+メリーガムの魔力 となってしまう。
だから……奴が持っている封魔鉱は一つだけだ。
右手に持っているあの一つだけ。
奴が俺の雷を凌げるのは一度だけだ。
それに、ゴーレムのコアは暴走防止のため、少しでも傷がつくと込められた魔力が霧散するようになっている。
コアを砕いて、複数の破片を身代わりにするというのも不可能だ。
となると、おそらくメリーガムは囮だ。
実際に攻撃を仕掛けてくるのはアンセスの方だろう。
俺はメリーガムから視線を外さずに、左右を見回す。
後ろは開けた大通り。門が焼ける匂いが漂ってくる。
道の左右には建物群が並んでいる。
この建物群のどこかにアンセスが潜んでいるはずだ。
神経を研ぎ澄ましたが、魔力感知では見つけられない。
魔力切れのせいで感知できないのだろう。
死にぞこないのくせに厄介だ。
だが、これで奴らの作戦がはっきりした。
メリーガムが突っ込んできて、身代わりの封魔鉱を投げる。
↓
身代わりを失ったメリーガムは建物の陰に隠れ、鉱石が俺の雷によって破壊される。
↓
その隙をついてアンセスが飛び掛かってくる。
大方こうゆう流れだろう。
アンセスにだけ気を付けていれば、たいしたことは無い。
俺はメリーガムに杖を向け、魔力を込めた。
杖先が雷を帯びる。
メリーガムはそれが合図と言わんばかりに走り込んでくる。
俺は固有魔術を付与した雷撃を放つ。
メリーガムは右手に持った封魔鉱を上空へ放り投げた。
俺が放った雷撃は封魔鉱に向かって曲がり、鉱石を粉々に砕いた。
封魔鉱石の欠片がパラパラと散らばり落ちる。
このタイミング!
おそらくここでアンセスが飛び込んでくる!
右か!? 左か!?
俺は再び杖に魔力を込める。
そのとき
メリーガムが勢いを緩めずに疾走してきた。
なに!?
こいつ、死ぬ気か?
もう身代わりは無いはずだ。
奴は真っ直ぐこちらを見据えている。
……お望み通り殺してやる。
固有魔術を付与した雷撃を撃つ。
雷はメリーガムに向かって真っすぐ飛んでいく。
メリーガムはマントの隙間に手を突っ込むと、なにか、小さな破片のようなものを右のほうへ放り投げた。
雷はメリーガムに当たる直前でぐにゃりと曲がり、小さな破片を撃ち砕いた。
二つ目の身代わり!?
何だ?今の破片は?
ゴーレムのコアではない。別の封魔鉱?
石銃に使われているものか?
いや、あの鉱石にはそれほど魔力がこもっていないはずだ。
頭の中で様々な考えが浮かんでは消える。
その間にもメリーガムはこちらに近づいて来る。
まずい。
まだあるのか?まだ持っているのか?
誘導弾?直線弾?
どちらを撃つべきだ?
あと30メートル。
あと二発。
土埃を巻き上げて走ってくる。
いや、直線弾だ!
この距離での不意の直線弾!
避けられるはずが無い!!
杖の先から雷がはじき出される。
今度は固有魔術を付与していない直線弾。
雷はメリーガムの眉間に飛んでいく。
あとほんの少し、もう少しで当たるというところで、メリーガムは咄嗟に身をひるがえした。
雷は奴の顔のすぐ横を通り抜け、メリーガムの金髪を少し焼いただけだった。
避けやがった……!!
メリーガムは瞬きすらせず飛び込んでくる。
だが……いまので分かった。
もう身代わりは無い。
誘導弾で今度こそ終わりだ……!
目の前に迫るメリーガムに向けて、固有魔術を付与した雷を撃ちこむ。
「死ね!メリーガム!!」
メリーガムは左へ飛びのく。
そのマントのうしろから、闇をかき分けるようにアンセスが飛び込んできた。
は……? アンセス……!?
なんで!?
いつから!?
いや、最初からか……!
メリーガムのマントは、封魔鉱を隠すためのハッタリじゃない!
背後のアンセスを隠すためのブラインドだったのか!!
放たれた雷はアンセスに直撃する寸前でぐにゃりと曲がり、左へ避けたメリーガムに向かって飛んでいく。
アンセスの剣が銀色に煌めく。
一閃。
首から血が噴き出し、強烈な熱が迸る。
「が……あ……」
やられた。
だが、メリーガム……
お前が死ぬ瞬間を見せろ。
俺の雷で死ぬ姿を見せろ。
メリーガムが雷に貫かれる瞬間、糸が切れたように視界が黒く落ちた。
鍵束の魔術師 塩ノ海 @shioumi64
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