第10話 「固有魔術」
周囲はいつの間にか何十体ものゴーレムによって囲まれていた。
もしかしたら百近くいるかもしれない。
それとは対照的に兵士たちは前線から遠く離れた場所で遠巻きにこちらを眺めていた。
カルッゾの魔術に巻き込まれないようにだろうか?
私たちは雷で焼かれた門を背にしてカルッゾとにらみ合う。
彼は薄笑いを浮かべながらこちらに杖を向けた。
持っている杖がピクリと動く。
私はとっさに横へ跳ぶ。
次の瞬間、カルッゾの杖から雷が迸り地面をえぐる。
道に敷き詰められたレンガが粉々に砕け、真っ黒に焦げた地面からは白い煙があがった。
どうやら彼の魔術?は雷を放出する能力のようだ。
威力も速度も兵士たちの使う石銃とは比べものにならない。
「君ら結構動けるんだね」
カルッゾは抑揚のない声でそう言うと、指を鳴らした。
彼の合図に応えるように周囲の群衆からゴーレムが飛び掛かってくる。
ゴーレムで足止めして雷を直撃させようという作戦だろう。
私は向かってくる三体のゴーレムに対応しようと構えた。
一体目を手刀で破壊し、二体目を正拳突きで貫く。
三体目を相手しようとしたときに、カルッゾが電撃を打ち込んでくる。
絶妙なタイミング。
どうやら彼はこの戦い方に慣れているらしい。
私はゴーレムに攻撃しようとした手を引っ込め後ろに飛びのく。
しかし、杖から放たれた電撃は途中でぐにゃりと曲がり、ゴーレムに直撃した。
私の目の前で土の体が粉々に砕け散る。
……なんだ?ゴーレムを狙って撃ったのか?
いや、そんなことをしても相手には利点が無い。
手元が狂ったのだろうか。
カルッゾはその様子を見ると一瞬目を細める。
「いやー……君そーゆー感じなんだ。面倒だなあ」
彼は野良犬を追い払うように右手を振り、ゴーレムたちに離れるよう促した。
乱入してきたゴーレムは群衆に戻っていき、再び私とアンセスだけが残された。
アンセスはその隙を突き、カルッゾとの距離を詰めるため踏み込む。
カルッゾは彼の動きを見逃さず、数発の雷撃を放った。
「くっ!」
雷撃の牽制はアンセスに向かって真っすぐ飛んで行き、彼の動きを妨害した。
何故だかよくわからないが、ゴーレムを引っ込めてくれたのはありがたい。
アンセスとの二対一ならまだ勝機がある。
私はカルッゾから目を離さずに、隣に立っているアンセスに声を掛ける。
「アンセス、もっと息を合わせましょう」
「…………」
返事が返ってこない。
「……アンセス?」
彼の方へ顔を向けようとしたとき、アンセスが膝から崩れ落ちる。
「アンセス!」
私はすぐに近くへ駆け寄る。
彼は地面に両手を突き、肩で息をしていた。
一体どうしたのだろうか?
特に怪我などは見られないが……
「あー……君の相方さん、もう魔力が空っぽみたいだね」
背後からカルッゾの声がする。
「よくそんな状態で今まで戦ってたねえ?ずっと酸欠みたいな感覚だろうに」
魔力切れ……!?
アンセスが私よりも長く牢屋に捕まっていることは分かっていた。
彼の調子があまり良くないという事も分かっていた。
分かっていたはずなのに気が付かなかった。
私は心のどこかでアンセスの強さに甘えていたのだ。
それゆえに、彼がずっと苦しい状況で剣を振っていたことに気が付かなかったのだ……!
カルッゾはニタニタとした笑いを顔に張り付けながら杖を向ける。
「いま楽にしてあげるよ」
杖の先端から雷が撃ちだされる。
私はとっさにアンセスの前に出て両手を広げた。
「馬鹿ッ!やめろ!メリーガム!」
背後からアンセスの制止の声が聞こえる。
雷撃が身体に当たる寸前、全身に熱が広がる。
この感覚は……魔力を封魔鉱から補給したときの感覚に似ているが、少し違う。
身体の奥から暖かいものが湧き出てくるような、不思議な感覚。
これが死ぬ前に感じるものだとしたら悪くないかもしれない。
いまにも雷撃が身体を貫こうとしている状況だというのに、そんな考えがぼんやりと浮かんだ。
パキン
ガラスが割れるような音が耳の奥で響く。
その瞬間、身体が金色に煌めいた。
カルッゾの放った雷は私の輝く身体に着弾し、弾かれる。
「なに!?」
弾かれた雷は酔っぱらった蛇のように明後日の方向へ飛んでいくと、バチバチと音を立てて小さく破裂した。
「雷を……弾いた!?」
アンセスが目を丸くして私を見上げる。
「メリーガム!いま、身体が一瞬光ったぞ!?一体何だ?」
自分の身体に目を落とすと、金色の光はすぐに消えてしまっていた。
いまのは……私が何かをしたのか?
「それ固有魔術だよね……君、こっち側だったんだ?」
カルッゾが吐き捨てるように問いかけてくる。
固有魔術?普通の魔術とは違うのか?
いや、待て落ち着け、いまは……
「もちろん、固有魔術ですよ。あなたも魔術師ならわかるでしょう?もはや私に雷撃は効きませんよ?」
いまはアンセスのために時間を稼ぐべきだ。
固有魔術とかいう単語は全く聞き覚えが無いが、とりあえずそれらしいことを言ってカルッゾを惑わせる。
カルッゾはあごを触りながら少し考えたあと口を開く。
「いや、ウソだね。固有魔術が充分に使えるのなら始めから使っているはずだろう?とすると、君の固有魔術は使用するのに何らかの条件や制限がある。もしくは……」
彼はこちらへ杖を向ける。
「いま初めて使った、とか……?」
杖先に雷が宿る。
鋭い……!
私のハッタリが簡単に看破されてしまった。やはり相当戦闘慣れしているようだ。
「ま、もう一度撃ってみればわかるかな?」
再び雷撃がはじき出される。
ぐ……先ほどの技は偶然できたものだ。
狙って発動できるような知識も技術も無い。
私は雷を避けるため左に飛びのく。
すると雷は私の方へぐにゃりと曲がった。
なに!?
先ほどまでは真っ直ぐな軌道のものだけだったというのに、今度はゴーレムを壊したときの一撃のように曲がった?
雷は吸い込まれるように私に向かってくる。
避けられない!
とっさに地面に目を向ける。
そこにはカルッゾが砕いたゴーレムの身体が散らばっていた。
私はまだ形が残った身体を掴み、飛んでくる雷撃に向かって投げつける。
ゴーレムの身体は雷撃に当たって破裂する。
硬い土の破片が飛び散り、頬を掠めた。
「やっぱり、できないみたいだね。さっきのはまぐれかな?」
カルッゾは間髪をいれずに私に向けて杖を構える。
「させるか!」
アンセスが剣を構えてカルッゾに切りかかった。
しかし、いつものような速さが無い。
「もう戦えないんだから引っ込んでなよ」
カルッゾは冷たく言い放つと、雷を放つ。
雷は矢のように真っ直ぐ飛んでアンセスの脇腹を掠めた。
「くっ……!」
このままでは二人とも死ぬ。
私は地面を強く蹴り、走り出す。
素早く動いてアンセスを抱え、周りを取り囲んでいるゴーレムの群れに突進した。
ゴーレムたちに背中を何度か切り裂かれながら町の中をジグザグに走る。
鋭い痛みが何度も突き刺さる。
「ぐっ……」
私は無茶苦茶に右手を振り回しながらゴーレムの群れの中を駆け回る。
土色の海を抜け、路地へ逃げ込む。
そのまま手頃な建物を見つけ、扉を吹き飛ばす勢いで飛び込んだ。
すぐに扉を閉めて窓から外を覗くと、ゴーレムたちが陰になりカルッゾは私たちがどこへ逃げたこんだのかわかっていないようだった。
私は壁に背をもたれたまま姿勢を崩し、大きく息を吐いた。
……全身が痛む。
気が付けば体中切り傷だらけになっている。
頬の傷から血が流れ、あごを伝った。
何も考えずに近くの建物に入ったが、ここはどこだ?
部屋はそこまで広くは無く、埃っぽい匂いがした。
物置だろうか?
床や壁際の棚にはたくさんの箱が置かれており、隙間から兵士たちが着ていた革鎧ははみ出している。
どうやらこの建物は、兵士たちの装備などが保管されている建物のようだ。
アンセスは部屋の真ん中で手足を広げて仰向けに倒れていた。
呼吸をするたびに胸が大きく上下している。
私は血をぬぐいながら彼に話しかける。
「アンセス、大丈夫ですか?」
「……身体が重くて動かん」
アンセスは天井を見たまま口を開く。
「メリーガム、俺を置いて逃げろ。足止めくらいなら出来るはずだ」
「そういう訳にはいきません」
「だがどうする?ここに隠れていてもいずれ捕まる。せめてお前だけでも……」
「カルッゾを倒します」
彼はこちらに顔を向ける。
「あいつを?俺はまともに戦えないんだぞ?あの雷を避けて近づくのは無理だ」
「いえ、彼の雷にはある特徴があります。その隙をつけば、きっと勝てるはずです」
「……聞かせてくれ」
私はカルッゾの雷に感じた違和感を話し始めた。
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