第9話 「ネズミ」
六つの銃口が一斉にこちらを向く。
私は左へ、アンセスは右に跳ぶ。
カチン!カチン!
硬い石同士を打ち付け合うような音。
白い閃光が先ほどまで立っていた地面に着弾する。
「行け!!」
兵士の命令と共にゴーレムが飛び掛かってくる。
ゴーレムは腕を刃のように変形させて横なぎに切り払う。
私は身を屈めて斬撃を避けると拳を握った。
封魔鉱……コアは胸部の中心……。
胸にめがけて拳を突き刺す。
ゴリ、ベキ
確かな手ごたえ。
ゴーレムの身体は固い土で作られているようだが、それとは別の硬い塊を砕く感触。
封魔鉱を破壊した……!
胸を貫かれたゴーレムは糸が切れたように動かなくなる。
暴れた馬から装具が外れて、馬車から逃げていく。
状況は混乱の渦に包まれた直後。兵士たちもまだ連携が取れていない。
態勢が整い切れていない今が好機だ。
私は勢いのまま馬車の荷台に飛び乗り、兵士団の真ん中に着地した。
衝撃で荷台が大きく揺れる。
「撃て!撃てえ!!」
彼らは一斉に銃口を構えた。
一発、二発、閃光が撃ち込まれる。
初弾は顔の右側を逸れた。
次に撃ち込まれた弾は避けきれず、右肩に当たる。
焼けるような熱が身体の右側を走った。
だが、漁村で顔面に撃ち込まれたときに比べれば全く問題は無い。
再び向けられた石銃を蹴り上げる。
銃口が明後日の方向を向き、閃光が空に向かって撃ちあがった。
殴打。裏拳。
腕を振り回して弾き飛ばす。
拳を打ち込んだ兵士の体がミシリと軋んだ。
「がっ!」「うごっ」「おがぁ……!」
三人の兵士が苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちる。
あと二人?三人? 残りの兵士はどこだ?
馬車の荷台に残っていた者はすべて倒したが、まだ居たはずだ。
首を振って周りを見る。
「死ねえ!!」
背後から咆哮。
振り返ると、馬車の陰から飛び出てきた兵士がこちらに石銃を向けている。
しまった……!
両腕を顔の前でクロスし防御の姿勢をとる。
…………。
衝撃が私を襲うことは無かった。
防御を解くと目の前にアンセスが立っている。
彼の足元には先ほどの兵士が背中から血を流して倒れていた。
他の兵士も同様に一太刀で切り伏せられていた。
ゴーレムに至っては、胸のあたりで封魔鉱ごと真っ二つになっている。
残りの兵士たちはアンセスが倒してくれたようだ。
「撃たれただろう?動けるか?」
アンセスが剣に付いた血を払いながら近づいてくる。
そう言う彼は先ほどの乱戦でも全くの無傷だ。
目の前の相手に必死で彼の戦闘を見る余裕が無かったが、やはりアンセスは相当強い。
撃たれた右肩をぐるぐると回す。
肌の表面に若干の焼けたような痛みはあるが、動きに支障をきたすようなものではなさそうだ。
「大丈夫です。……それからすみません。私のせいでばれてしまいました」
「仕方がないさ、事故みたいなものだろう。それよりも、こうなってしまったからにはさっさと橋を渡ってしまおう。ここで挟まれたら捌ききれない」
そのとき、カンカンと鐘を打ち鳴らす音が響き渡った。
どうやら私達の事が二つの町に伝わってしまったらしい。
角笛を吹かれる前に対応できればよかったのだが、急なことだったので体が動かなかった。
「走るぞ、メリーガム」
彼は南町の方をあごで指す。
そちらを振り向くと馬に乗った兵士たちがこちらへ向かってくるのが遠くに見えた。
私は馬車の荷台を持ち上げると騎馬隊が走ってくる方へ放り投げる。
荷台は宙を舞い、橋を塞ぐように横倒しになった。
「行きましょう。これでほんの少しだけ時間を稼げるかもしれません」
「やはりお前の力は頼りになる」
私達は変装に使った鎧を脱ぎ捨てると、北町へ向かって走り出した。
北町からは既に複数体のゴーレムが橋を渡って、こちらへ向かってきている。
渡り切った先には十数人ほどの兵隊が石銃を構えていた。
私達は走りながら、飛び掛かってくるゴーレムたちを叩きつぶし、切り伏せ、谷底へ放り投げる。
弱点が分かってしまえば怖くは無い。
町までもう少しというところで、兵士たちの石銃から放たれる閃光の雨が私達を襲った。
「ここから先に進ませるな!!」
私はとっさに動かなくなったゴーレムたちを持ち上げ、盾にして銃弾を防ぐ。
アンセスは飛んでくる閃光を避けながら、私の後ろに滑り込んできた。
石銃は容赦なく撃ち込まれ続ける。
「これでは前に進めませんね」
「いや、石銃も無限に撃つ続けられるはずはない。機を見て俺が仕掛ける」
ゴーレムの陰に隠れて銃弾に耐えていると、後方から蹄が地面を蹴る音が聞こえてくる。
騎馬隊が追い付いてきたようだ。
「アンセス!このままでは……」
「焦るな!必ず隙があるはずだ」
その時、ほんの一瞬だけ石銃の勢いが弱まる。
アンセスはこの瞬間を逃さず、兵士団に向かって一気に踏み込んだ。
彼の持っている剣が日の光を反射して輝いた……と思ったときには、
既に兵士たちとの距離を潰し、切り込んでいた。
「撃て!!」「駄目だ!速すぎる!」
彼は目にもとまらぬ速さで剣を振りぬき、瞬く間に敵の集団に風穴を開けた。
私はその隙をついて、盾にしていたゴーレムたちを後ろから迫ってきている騎馬隊に投げつける。
「ぐあ!!」「避けろ!」
そのままアンセスが開いた道に向かって突進する。
「もう一人来るぞ!」「止めろ!!」
石銃を構え直す兵士たちを勢いに任せて吹き飛ばした。
「クソっ」「こいつら強いぞ!」「カルッゾ様はまだか!!」
兵士の壁を突破した私はアンセスに追いつく。
「流石ですねぇ!アンセス!」
「お前もなかなか動けるじゃないか!このまま門をぶち抜くぞ!」
私たちは北町に入り、勢いを緩めずに襲い掛かってくる兵士たちを捌く。
「ぐあ!」「囲め!!突出するな!」
怒号を上げる兵士たちをしり目に、建物の間を縫うように走った。
いまもなお、頭上では警鐘が鳴り響いていた。
「門はどこに……!?」
「こっちだ、着いて来い」
アンセスの後に続いて路地裏を走り抜けると、開けた通りに出る。
そこには、外壁に設置された大きな木製の門が見えた。
「着いたぞ!」
私はすぐに門に近づき、
「!?……メリーガム!避けろ!!」
閂に触れた瞬間、アンセスに突き飛ばされる。
刹那、強烈な光が先ほどまでいた門に突き刺さった。
鼓膜が破れるほどの轟音が耳を刺す。
何だ?何が起こった!?
門は火をごうごうと吹き出していた。
「おいおい、避けられたら困るよ」
人を小ばかにしたような低い声が、気だるげに響く。
声のした方を見ると、少し離れた場所に黒いローブを着た人物が立っていた。
口元にはあごひげを生やし、左手に持った杖の先は電気を帯びている。
彼が何かをしたのだろうか?
石銃とは比べ物にならないほど威力だったが……いったい?
兵士の一人が声を張り上げる。
「カルッゾ様!例の脱獄者です!!我々では手が付けられず……!」
「わかった、わかった。お前たちは離れてなよ。邪魔になるだけだからさあ」
カルッゾ?……兵士たちが話していた魔術師か!?
では先ほどの光は魔術……?
私が頭の中で考えをまとめようとしていると、カルッゾと呼ばれた男が口を開く。
「君らさあ、困るんだよ。門が燃えちまったじゃあないか。どう責任取ってくれるわけ?」
彼はそう言うといまだ電気を帯びている杖の先を、ゆっくりとこちらに向けた。
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