第6話 「人目を避けて」



 アンセスの作った抜け穴は斜め上へと掘り進められていた。

 どうやら先ほどまで入っていた牢屋は地下牢だったらしい。

 道理で暗いわけだ。


 掘られた穴の中で腹ばいになりながら進んでいると、前にいるアンセスが動きを止める。


「この上が地上だ」


 彼はそう言うと、自分の頭上の土を押し上げた。

 地面が割れて光が差し込んでくる。その眩しさに思わず目を細めた。

 地上はレンガのような石材で舗装されているらしく、アンセスは一部のレンガを軽く持ち上げ、その隙間から外を覗いていた。


 彼の隣へ這っていき隙間を覗き込む。


 強烈な光が目を刺し、じーんと鈍い痛みを感じる。まだ日は高いらしい。


 地面には黄土色のレンガが敷き詰められており、建物にも同じ石材が使われている。

 屋根は赤や青など、建物によって様々な色の瓦で彩られていた。

 かつてこの町が活気あふれる宿場町だったときの光景が何となく目に浮かぶようだった。


 子供が走り回っていてもおかしくないくらい綺麗な街並みだが、そこを歩いているのは全身黒の革鎧を着けた兵士たちと、相変わらず不気味な石の人形だけだ。


 見回りの兵士たちがそこら中をうろついているのはある程度予測できたことだが、さすがに数が多い。


 私はアンセスに話しかける。


「ここからどうしますか?」

「まず、俺の持ち物を取り返したい。特に剣は必須だ」


 アンセスは冷静に言う。


「右手にある赤い屋根の建物があるだろう?あそこに捕まえられた奴らの持ち物が保管されているはずだ。運ばれていくのを見たことがある」


 その建物には扉を挟むようにして二人の兵士が立っていた。

 漁村で見かけた者達と同じように金属の筒のようなものを持っている。


「見張りがいるようですが」

「あれぐらいの人数なら何とかなるだろう、不意打ちで無力化するぞ」

「わかりまし……ファ、ハックション!!」


 くしゃみが豪快に暴発してしまう。


「おい何してるんだ!バレたらどうする!?というか顔の近くでくしゃみするな!」

「す、すみません。あなたの頭があまりにもツンツンしていたので」

「俺の髪はこよりじゃない」


 軽く睨んでくる。


 いや、密着しているから毛先が鼻に当たるんですよねえ。


「しっかりしろよ……俺の合図で地上に飛び出す。その後は視線を避けながら目標の建物に近づけ」


 アンセスの指示は短く的確だ。私が言えたことではないが、彼は一体何者なのだろう。


 複数人の兵士たちが目の前を通り過ぎる。

 足跡はだんだん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「今だ」


 合図で一斉に飛び出し、目的の建物に張りつく。

 レンガの壁に沿って移動し、扉の右側の兵士をアンセスが、左側の兵士を私が攻撃する。


 アンセスは音もなく首を羽交い絞めにし一瞬で兵士の意識を落とす。

 私はそんな技術は無いので頭を掴んで壁に叩きつけた。


「ぎ、ひゅっ」「がはっ!」


 無力化成功。


 扉を開け、のびている二人の兵士を部屋に引きずり込む。

 部屋の中には様々な鞄や武器、ローブや上着などが保管されていた。


 アンセスは他の物には脇目も振らずに部屋の隅に立てかけてある剣を取り、おもむろに鞘から引き抜く。


 綺麗な鋼の剣だ。

 装飾は控えめだが、剣身は湖面のように美しく輝いている。


 アンセスは剣を傾けたり顔を近づけたりして状態を確認すると、ゆっくりと鞘に納め直し、腰に付けた剣を吊るす帯に固定した。


 彼の腰に下げられた剣は妙なおさまりの良さを感じる。

 まるで王の頭上に冠が乗っているかのように、剣が本来あるべきところにあるような納得感があった。


「なんというか、しっくりきますね。もしかして高名な剣士の方だったりするのですか?」


 私の質問にアンセスは微妙な顔をした。


「俺は前までヴェンデミールの騎士だった……今は違うがな」


 彼は剣の柄頭を握りしめた。


 うーん。何やら事情がありそうだ。

 この話題にはあまり踏み込まない方が良いだろうか?

 ヴェンデミールという地名はもちろん聞いたことは無いが、この大陸は今アルバに支配されて大変なようだし、その都市もあまり良くない状況なのかもしれない。

 騎士と名乗るような人物が一人で牢屋に捕まっている状況からも察せることだが。


「俺の事よりもお前だ」


 場の雰囲気が一気に変わる。


「地下牢の中で見せた怪力はなんだ?一般人の出来る技じゃないだろう。いったい何者だ」


 アンセスは剣を突き付けるように、鋭くとがった疑いの目を真っ直ぐに向けてくる。


 空気が重くのしかかってくるような圧を感じる。

 もしかするとこれが殺気というものだろうか?


 彼の右手は剣の柄に軽く触れていた。

 いつでも抜けるように。


 ……ここははぐらかすよりも正直に答えた方が良いだろう。

 私は口を開く。


「実は……」



 ---



「記憶喪失だと?」

「そうなのです」


 私は今まであったことをすべて話した。


「道理で何も知らんはずだ……」


 アンセスは胸の前で腕組みをして、少しのあいだ何かを考えると、

「まあいい。今は協力すべきだな」と言った。


 ええ?

 さっきまでいつ剣を抜いてもおかしくないような迫力だったというのに、彼は何事もなかったかのように平然とした様子だ。


「やけにあっさりしていますね?私が嘘を言っている可能性も十分あると思いますけど」

「ここに捕まっていたという事は、テオルレンと敵対したんだろう?それならば、とりあえずは俺の敵ではない」


「それに……」


 アンセスは剣の鞘をゆっくりとなでる。


「向かってくるなら切るだけだからな」


 彼はわずかに口角を上げた。


 こ、こわあ……


「まあ、子供を助けるために封魔鉱を破壊したという話が本当なら、お前は悪い奴じゃあないだろう。嘘が上手いようにも見えないしな」

「そ、そうですか」


 いまの騎士ジョークとかなのだろうか?普通に怖かったのですけど。

 だが、とりあえず敵ではないと判断してもらったらしい。


「お前がアルバと何か関係があるかもしれないというのは気になるが、とりあえず今は脱出を優先するとしよう。何か知りたいことはあるか?」


 アンセスは近くにあった椅子を引き寄せ、どっかりと座り込んだ。


 知りたいことは数えきれないほどあるが……


「いま、魔力を吸う宝石の事を封魔鉱と言いましたよね?そのように呼ばれているのですか?」

「ああ、少なくとも中央大陸ではそう呼ばれてる。どこからかアルバが持ち込んできた鉱石だ。奴は封魔鉱を使って、大陸中から魔力を奪ってる」

「魔力を集めているのはどういう目的のためなのでしょうか?」

「それは俺もよくわかっていない。大量の魔力を一体何に使おうとしているのか……唯一はっきりしている運用方法は魔鉱兵器だな」

「魔鉱……兵器?」

「その名の通り、封魔鉱を使った兵器だ」


 アンセスは部屋の真ん中で気絶している兵士たちを指さす。


「こいつらの持っているこれも魔鉱兵器だ」


 そう言って、床に転がっている金属の筒を拾い上げる。


「これは石銃せきじゅうといってな、俺も仕組みはよくわかっていないんだが……この引き金を引くと撃鉄が内部の封魔鉱を叩く。その衝撃で石の中の魔力が放出されて銃身を通り、撃ちだされる。という仕組みらしい」

「魔力の塊を飛ばしているということですか」

「そういうことになるな」


 漁村でカツンという音がした後、視界が真っ白になったのはそういう事だったのか。


「村で暴れた際にこれで顔面を二発撃たれました」

「顔面を二発!?普通の人間だったら致命傷だぞ?お前は一体……いや、お前が何者なのかは一旦置いておこう。素手で鉄格子を捻じ曲げる人間に今更驚くこともない」


 アンセスは半ばあきれるよな口調で言う。


 やっぱり私って普通より頑丈なんですねえ。

 漁村で撃たれたおでこのあたりを触ると既にかさぶたが出来ていた。


「ということは、もしかして兵士たちと一緒にいる石人形も魔鉱兵器なのですか?」

「ああ。あいつらはゴーレムと呼ばれている。胸部にコア……つまり封魔鉱が埋め込んである。そのコアを壊さないかぎり動き続ける厄介な相手だ。」


 頭を破壊しても動き続けていたのはそういう訳だったのか……


「つまり、アルバは魔力を奪ってテオルレン以外の都市を弱体化させつつ、自都市の戦力を強化しているという事だ。他にも隠された思惑とやらがあるのかもしれないがな。わかったか?」

「わかりました」

「他に聞きたいことは?」


 とりあえずいま必要な情報はこれぐらいだろうか。


「特にないですねえ」

「よし」


 アンセスは満足そうにうなずく。


「ならば次は……イダリッカルから脱出するための作戦会議だ」


 彼は「ここからが本番」と言わんばかりに、椅子に座ったままの姿勢で前のめりになった。



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