第7話 「でこぼこ」
「イダリッカルから脱出するための作戦だが……まずはこの町の地形を説明する」
アンセスは押収品が保管されている棚を乱雑にひっくり返し、紙とペンを引っ張り出してくる。
「イダリッカルは谷をまたいで作られた町だ。つまり……」
紙に二つの丸とそれらを繋ぐように一本の棒を描いた。
「町を簡単に図式化すると、こんなふうに鉄アレイ状になっているわけだ。この丸が南町、反対側のもう一つの丸が北町。そしてこの棒が南北を繋ぐ大橋だ」
アンセスは説明しながらサラサラとペンを走らせる。
「そして俺たちがいるのはこっち。南町だ」
一つの丸をペンで指す。
「ここまでは分かるな?」
「絵うまいですね」
「話を聞け」
彼はため息をついて説明を続ける。
「先に聞いておくが、お前は北と南どちらへ行きたい?」
「どちらへ……?」
「地下牢でも話したと思うが、ここは南北の往来を繋ぐ町だ。他に方法が無いわけじゃあないが、一方へ渡ればもう一方に戻るのは難しい」
「つまり、大陸の南側へ脱出した場合、イダリッカルを通ることが出来ないため北側へ渡るのが困難になる。ということですね?」
「そうだ」
漁村はここから南に位置しているだろう。
ダンに一目会いたい気持ちはあるが、あの村に私が再び帰ったところでさらに問題を起こしてしまうだけだというのは目に見えている。
となると私が取るべき行動は……アルバの、そして自分の情報を集めることだ。
「ここからプロナ・ピエラはどの方角か分かりますか?」
「プロナ・ピエラ?あの都市は……ここから北西に行ったところだったはずだ」
「それならば……大陸の北側へ行きたいです。」
アンセスは無言でうなずく。
「奇遇だな、俺も北へ行こうと思っていた。だが、その場合……南町をやり過ごし大橋を通って、北町の門から外に出る必要がある」
「イダリッカルを端から端まで縦断する必要があるというわけですね」
なかなか厳しい条件だ。
町の中は建物に隠れたりすれば何とかなるかもしれないが、大橋を通るのは目立ちすぎる。
「いっそのこと、兵士たちを全員倒してしまうというのは?」
「好戦的だな、俺が万全の状態だったら可能性はあったが……」
そう言うと、アンセスは椅子の背もたれにぐったりと体重を預ける。
「それなりの時間地下牢に閉じ込められていたからな、体に力が入らん。おそらく魔力がカラカラの状態なんだろう」
そんな状況で地下牢の壁から地上までの抜け穴を掘っていたとは。
私が地下牢に入れられていた時よりずっとつらい状態だろう。
碌な食べ物も食べられていないようだし、大丈夫なのだろうか。
……空腹は何ともできないが、魔力切れならこれがある。
私は懐から漁村で壊した封魔鉱の欠片を取り出す。
「アンセス、これを握りしめてください」
「これは?」
「たまたま手に入った封魔鉱の欠片です。この中に魔力が残っているはずですから」
アンセスは私に言われた通りに欠片を両手で包み込む。
「…………何も感じないが」
「えっ?……何か、こう、暖かいカンジがしてきませんか?」
彼は欠片をこすったり、コンコンと叩いたり、胸に近づけたりした。
「ただの石じゃないのか?」
「ええ?そんなはずはないと思うのですけど……」
アンセスは私に石を突き返してくる。
試しに握ってみるとやはり皮膚を通してほんのりと熱が伝わってくる。
何故だ?確かに魔力がこもっているはずなのだが。
私が特別だったりするのですかねえ?
「きっとアレですねえ、私が感受性豊かだったりするのかもしれませんねえ。
いや、もちろん、あなたが乏しいと言っているわけではありませんがぁ、フフフ」
「そのしたり顔、腹が立つからやめろ」
おや、つい口元が緩んでいた。
彼は仕切り直すようにゴホンと咳払いする。
「とにかくそういうわけで、交戦は出来るだけ避けたい。そこで転がってる見張りみたいに、不意打ちぐらいなら問題ないがな」
気を失っている見張り達に視線を落とす。
他の方法……他の……
…………。
「変装ですか?」
「それしかないだろうな」
なるほど変装!その手があったか。
彼らの着ている黒い革鎧なら敵の目を騙せるかもしれない。
いや、待った。
私は再び兵士の着けている装備を見る。
二人の兵士の身長はどちらも170センチほど。
どれほど大きく見積もっても180センチだろう。
私は自分の体を見下ろす。
2メートル近い背丈。太くたくましい胴。ごつごつとした手足。
「……私、着られますかね」
「それが問題だ」
アンセスは口元に手を当てる。
「俺は問題なく着られるだろうが、お前はデカすぎる。そもそも服がはまらないし、無理やり着ても身長でばれるだろう」
「そうですよねえ」
うーん、どうすればいいだろう。
今回ばかりは私のムキムキの身体を恨む。
腕を組み、何とはなしに周りを眺めると押収品の兜と目が合う。
「……こういうアイデアはどうですか?」
---
数分後、私の全身は金属鎧に包まれていた。
「あの石人形、ゴーレムでしたか?あれは私と同じくらいの背丈でしたからね。ゴーレムの変装ならば大丈夫でしょう」
押収品が保管してある棚にあった装備を拝借したものだ。
「いや……それ、いけるか?」
黒い革鎧を着けて変装したアンセスは、私の足元から頭までを訝しげに眺めた。
鳥のくちばしのように顔の前面が出っ張った兜。
胴鎧は派手に装飾された目立つ赤と白。
丸々とした手鎧。
足鎧はつま先が異常にとんがっている。
一種類の鎧ではサイズが合わなかったので、様々な鎧を寄せ集めたツギハギになってしまった。
「ゴーレムはもっとシンプルな形だろう」
「こうゆう種類もあるかもしれないでしょう」
「…………革鎧よりはマシか。いまはあるもので何とかするしかないしな」
アンセスはあきらめたように息を吐いた。
「いいか?作戦としては……まあ作戦もクソも無いんだが、おとなしくしながら南町・大橋・北町とやり過ごし、北門から外へ出る。これだけだ」
「わかりやすくていいですね」
「それから言い忘れていたが、魔術師には気をつけろ。あいつらは兵士たちとは比べ物にならないからな。絶対に見つかるな」
魔術師。何度も耳にした言葉だが、どんなことが出来るのかはよくわかっていない。石銃のように魔力の塊を飛ばしてきたりするのだろうか?
「魔術師、というか魔術とはいったい何なのですか?」
「悪いが、俺も魔術のことはよく知らないんだ。得体の知れない術を使うとしか言えないな」
アンセスは外へつながる扉に手を掛ける。
「最後に聞いておきたいのですが、万が一ばれてしまった場合は?」
「決まってるだろう。……暴れる」
彼はそう言うとゆっくりと扉を開いた。
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