第5話 「玉石混交」

 瞼を開く。

 目の前には、圧迫感すら感じる無機質な石の天井が見えた。

 背中はごつごつとした硬い感触がする。

 瞬きをすると、顔がピリピリと痛んだ。


 ここは一体どこなのだろうか。

 確か私は、兵士たちに負けて、それから……

 体を起こし、薄暗い周囲を見渡す。

 岩をくり抜いたような狭い空間。

 窓は一つも存在せず、出口は固く閉ざされた鉄格子だけだった。


 どうやらここは牢屋らしい。

 あの戦闘で気を失った後、捕まってしまったようだ。


「牢屋にぶち込まれるのがオチだ!」と叫ぶダンの顔が頭に浮かぶ。

 彼の言った通りになってしまった。

 ダンはあの後うまくやり過ごせただろうか?

 彼とはもう少しさわやかな別れ方をしたかったが、とっさに体が動いてしまった。

 私はどうも、後先考えずに行動してしまうきらいがあるようだ。

 あの時の選択に後悔はしていないが、もう少し気を付けて動くべきだろう。


「………………」


 泣き叫ぶオルカやダンの顔がいまだに目に焼き付いている。

 あんなに優しい人物ですら、我が身可愛さで私を利用しようとしていたのは少し悲しい。

 だが、彼はそんな思考になるまで追い詰められていたのだろう。

 無理もない。

 人々を必要以上に押さえつけることに何の意味があるのだろうか?


 拳を握る。


 アルバは罪もない者達を自分の意志のままに縛り、苦しめている。

 この支配に私が関係しているのなら、私は彼を止めなくてはならない。

 そのためにもこの牢屋から早く脱出しなければ。


 ひとしきり反省した後、鉄格子の近くに寄って牢屋の外を覗く。

 でこぼこした通路が左右に伸びており、鉄格子が向い合せるように並んでいる。

 一本の通路を挟んで、両側に複数の牢屋が作られているようだ。

 通路の天井からはランタンのようなものがぶら下がっているのが見える。

 それは薄い紫色の光を放っていた。


 あの光には見覚えがある。

 村に設置されていた柱。その頂点についていた宝石と同じ光だ。

 ということは、ここに長居していると魔力を奪われてしまうわけだ。

 捕まえた者を動けなくさせるためだろう。


 鉄格子を掴んで揺さぶってみる。

 格子は、巨大な大樹を思わせるほどに頑丈だった。

 そのとき、私はあることに気づく。


 ――体がおかしい。


 全力を出しているつもりなのに力が入らない。

 自分の思っているような動きが出来ない。

 まるで水の中にいるようだ。

 村にいたときからその予兆はあったのだが、そのときの比ではないくらい体を動かすのがつらい。


 なぜだ?


 もしかして、ここに連れてこられてからかなり長い時間気を失っていたのだろうか?

 その間ずっと魔力を奪われ続けていたことによって、私の体はもう魔力切れ寸前なのかもしれない。

 動けなくなる前にここから抜け出さなければ。


 何度も鉄格子を掴んで揺らすが、びくともしない。


「はあ、はあ」


 少し動いただけだというのに、肩で息をするほどに疲れてしまった。


 背中を冷たい汗が伝う。


 どうする?このまま捕まっているわけにはいかないのに。

 何か他の手は……


「そんなに騒ぐな」


 どこからともなく若い男の声が聞こえる。


 驚いて声のした方を見る。

 声は私がいる牢屋の向かいにある鉄格子から聞こえていた。


 私以外にも捕まっている人がいたのか……!


 ここは薄暗く、向かい側の牢屋に捕まっているであろう声の主の姿を見ることはできない。


「体力を消耗するだけだ。落ち着け」


 彼は落ち着いた調子でそう言った。

 私は鉄格子に近づき尋ねる。


「すみません、ここはどこですか?」

「宿場町イダリッカルだ。もっとも、今じゃ奴らの拠点の一つだがな」

「イ、イダリッカル……とは?」


 どこだ?町の名前を聞いても分からない。

 ダンからもっと地理を学んでおくべきだった……


「イダリッカルを知らないのか?……どうやら中央大陸の人間じゃないみたいだな。ここは大陸の北と南を繋ぐ大橋の近くで発展した町だ」


 声は淡々とした声色で説明してくれた。


 北と南を繋ぐ町……ということは、大陸の中央部あたりに位置しているのだろうか?

 かつては栄えた宿場町だったようだが、アルバ率いるテオルレンによって占領され、防衛基地か何かとして使われているのだろう。


 つまり、牢屋から脱出しても周りにはテオルレン兵が大勢いるというわけだ。

 村で戦闘した際には手も足も出ずにやられてしまったというのに、さらに多くの人数と戦って勝てるのだろうか?


 牢屋の中で機会を待ちながらおとなしくしているべきか?


 いやしかし、ここで体力を回復しようとしても、あの魔力を奪う宝石が設置されている。

 時間が経てば経つほど力は奪われていってしまう。


 どうすればいい?

 八方塞がりだ。


「くっ……!」


 やるせない気持ちを叩きつけるように、鉄格子を思い切り殴る。

 ゴーンという低い音が鈍く、無慈悲に響いた。


 その拍子に服の隙間から何かが滑り落ち、カツンという硬い音を立てて地面に転がる。


 何だ……?


 しゃがみ込んでつまみ上げると、それは何かの欠片だった。

 ガラス?いや、石だろうか?

 透明な水晶のようなそれを持っていると、何というか触れている部分がだんだん暖かくなってくるような気がした。


 不思議な感覚だ。


 目線まで欠片を持ち上げてじっと見つめる。


 ………………。

 ……!これはもしかして!?


 漁村で破壊したあの宝石の欠片だろうか?

 薄気味の悪い紫色が消えていたので気が付かなかったが、確かにそうだ。

 柱の先端にはめ込まれていたあの宝石だ。


 破壊されると、周囲の魔力を吸収する性質も失われてしまうのだろうか?

 この宝石は思ったよりも繊細らしい。


 待った。


 という事は、ため込んでいた魔力が宝石の中にまだ残っているのでは?


 私は宝石の欠片を祈るように両手で包み込む。

 掌に陽の光を彷彿とさせるような温かさが広がる。

 それは腕を通り、胸・腹・脚、そして頭へ少しずつ、少しずつ全身に浸透していく。

 血管の中を温かい何かが流れていく感覚。


 直観で理解る。魔力が掌を通して流れ込んできている。


 漁村で宝石を砕いた際に服の隙間に入り込んだのだろう。

 ツイている!捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこの事だ!


 しばらくそのまま魔力を補給していると、体にほかほかと活力がみなぎってくるのが感じられた。


 万全の状態ならば問題は無い。


 私は再び鉄格子を握りしめると、両腕を広げるように力の限り引っ張る。


「ぬ、おおっ……!」


 格子は、といううめき声をあげながら曲がる。

 よしよし、さすが私と言ったところか。


 ひしゃげた鉄格子の間を通り、通路に出る。


「おいおい。マジか……!?」


 反対側の鉄格子から彼の驚いた声が聞こえてくる。

 フフフ、そうでしょう。すごいでしょう。

 健康体ならこの通りですよ。


 私は心の中でほくそ笑む。


 何ならここにある牢屋すべて破壊して……

 いやいや、今は得意げになっているところではない、ちょっと興奮して目的を見失っていた。


 落ち着け。私。


 牢屋から出られたところで、この町から脱出できなければ意味がない。

 向かい側の牢屋に捕まっている彼は、少なくとも私よりはこの町に詳しいだろう。

 一緒に連れて行って道案内を頼んでみるというのはどうだろうか。

 私一人では右も左も分からない。

 私は暗い鉄格子に向かって話しかける。


「私はここから脱出します。あなたはどうしますか?」

「…………頼む」


 彼は一瞬悩むようなそぶりを見せたが、すぐに返事をしてくる。

 私は先ほどと同じように鉄格子を掴んで捻じ曲げた。


「よいしょ……これで大丈夫ですよ」

「ありがとう、助かった」


 歪んだ格子の隙間から、ツンツンとした髪型の青年が出てくる。

 年齢は二十歳前後だろうか?

 銀色の髪と鍛えられた身体、鋭い目つきは狼を思わせた。

 何というか、只者ではないオーラを感じる。

 彼はその鋭い目つきを私に向け、話しかけてきた。


「ものすごい力だなアンタ……俺はアンセスだ」

「私はメリーガムです。よろしくお願いします」

「ああ、ここから出るまで協力しよう」


 私は早速通路の先にある扉の方に足を向けるが「ちょっと待て、そっちじゃない」と呼び止められた。


「出口はこちらではないのですか?」

「扉の先に数人の兵隊がいる……六人だな。武器も無い俺たちが奴らに挑むのは得策じゃない」


 なるほど。確かにそうだが……なぜ扉の先の人数が分かるのだろうか?

 いや、今は細かい事はどうでもいい。

 とにかく脱出だ。


「ではどこから外に出るのですか?」


 私が尋ねると、アンセスと名乗った青年は彼が先ほどまで入っていた牢屋を指さす。


「こっちだ」

「……?どういうことですか?」


 彼は再び牢屋の中に入ると壁に掛けてあったボロ布を引っぺがす。

 そこには人ひとりがやっと通れるほどの穴が開いていた。


「捕まってから少しずつ掘っていたんだ。機を見て一人で脱出するつもりだったが、アンタの怪力は頼りになる。俺に付いてきてくれ」


 アンセスはそう言うと穴の中へと入っていった。

 やはりこの男、只者ではない……。

 私は彼に続いて穴の中に足を踏み入れた。

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