05.ぼく、たまえもん
「それじゃあたまちゃん、くつろいでね」
にこやかな笑顔を向けて、お母さんは僕の部屋の扉を閉めた。
テーブルに置かれたお茶から湯気が立ちのぼり、天井へと消える。
「ほほぉ、ここが湊人の自室か」など言いながら、玉津姫はキョロキョロする。
「……あまり見ないでください、恥ずかしいので」
「何を申すか、わしはお主が生まれる前から知っておるのだぞ」
……着いて来るのはともかく、まさか家まで上がりこんでくるとは思わなかった。
「お母さんは――たまちゃんのこと知ってたんですか」
どさくさに紛れて、たまちゃんと呼んでみた。
「これ!お主はそのように呼ぶでない」
玉津姫がプリプリ怒る。近代的な家の一室にいると、遊びに来た親戚の女の子がすねているようにしか見えなかったが、お茶で一息ついたら、すぐに落ち着いた。
「そうだのう……安産祈願やお宮参りでちょこちょこ来てたからの。しばらくしてからとんと顔を出さなくなったが、元気そうでなりよりじゃ」
コトンと、テーブルに置いた茶碗が響く。さっきまで部屋を満たしていた
「ようやくここからが本題じゃ。湊人よ、お主の身体に異変はないかの」
単刀直入な質問に、思わずたじろいでしまう。
「……はい、身の回りで以前にもまして水難が多くなって、まるで水が意思を持って自分に向かってきてるようで」
「やはりのう……」
玉津姫は腕を組み、目を閉じながら天井を見上げ何やら思いふけっているようだが、意を決したように目を見開くとこちらを見据え言う。
「今、お主の力は暴走しかけておる」
「……!?」
「先程も言うたが、お主の水難の相を完全に解くのは難儀じゃから、水に好かれ操れる加護を授けたのじゃ。じゃが、水難の相がだんだん強くなり、加護の力でも抑えきれずになっておる」
聞かされた話に驚いてないと言えば嘘になるが、薄々どこかでそんな気はしていた。
「僕はいったい、どうすればいいんですか……?」
玉津姫はふふふと不敵な笑みを浮かべると、一体どっから出したのか扇子を広げて言った。
「うむ、それはのう……修行するのじゃ!そしてその力で善行を積めい」
「え、修行?」
「そうじゃ!お主、今までずっとサボっておったろう。じゃから力を抑えきれんのじゃ」
サボるも何もそんなことは初耳だったわけで、いきなり言われてもどうしようもない。
「それで修行……って、具体的にはどうしたらいいのでしょう」
「まずは水の
「……
時折、近代的な言葉を使ったりするから理解するのに苦労する。
「そうじゃ。例えば
「水練って――水泳、泳ぐことですか?」
「うむ」と玉津姫は頷く。
「でしたら僕、水泳部なので毎日泳いでますよ」
思ってもみなかった答えなようで、玉津姫は目を丸くした。
「なんと!流石はわしの弟子じゃ。もう実践しておったか」
いつの間に弟子になっていたのか、とりあえず聞き流しておく。
「だけど水を操ったりは出来ないですよ」
「ハナっから出来ぬと思っておったら出来ぬわい。己の手足を動かすつもりで操るのじゃ。こんな風に――」
玉津姫が飲みきった茶碗を手に持ち、くんと手首にスナップをきかせると、あろうことか急須からお茶が出て、エメラルドグリーンの弧を描き茶碗に注がれた。そのまま入れたばかりのお茶を得意げに口まで運ぶ。
「まあこんな風よ」
「……す、すげえ!」
どうもその幼い見た目に気が緩んでしまうが、超常現象を目の当たりにすると、やっぱり人ではない、畏怖されるべき存在なのだと自覚する。
「わかりました……、今度試してみます」
「うむ、その意気じゃ」
僕の素直な反応が良かったのか満足げに玉津姫は笑う。
「あとさっき、善行を積むと言ってましたがどういう意味ですか?」
「それはのう……。その加護はわしが与えものじゃから、わし自身の霊力が弱まり過ぎると、わしも、加護も、消えて無くなってしまうのじゃ」
「ええっ!」
それは結構ヤバいことなのでは……。
「神の
「そのためにはお主のその力で奇跡を起こし、
……聞いているうちに、段々話しのスケールが大きくなってきたな。
「わかったか、湊人」
「ええ……でも善行って何をすればいいんですか?」
「そんなのはもう人助けじゃ、お主の水を操る力の練習にもなるしの」
ぶっつけ本番だなと僕は思った。
「信仰心が増えれば、わしのこのちっこい身体ともおさらばじゃ」
何やらぼそっと玉津姫が呟いた。
「えっ、今何て?」
「わしは何も言っておらんぞ」と玉津姫はわざとらしく咳払いをして続ける。
「とにかく湊人よ明日からは、修行の日々じゃ覚悟せい」
ニッカリと玉津姫が笑った。
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