04.なぜかいるそばにいる

 神社からの帰り道、日はもう暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。神社を去り、川を越える橋を渡り、我が家のある住宅地を歩いている。連絡してるとは言え、親も心配してるかもしれない。

 しかし、帰りが遅くなったことはもうどうでもよかった。今、僕の隣を一緒に帰っているこの人外らしき玉津姫なる存在の方がよっぽど気がかりだった。

「での〜、他の龍と喧嘩しての。そやつには勝ったのじゃが、流石に力が尽きてこの地に堕ちてしまったんじゃ」

「あーそうなんですね」

 ……悩みの種はさっきから僕の横でずっと自慢話を話している。適当に相槌あいづちを打って返事をしていたら、すれ違った人から変な目で見られてしまった。

 何で僕に付いてきたんだろうか、というよりこれはきてしまったのか。それは結構まずいんじゃないか。

「あの神社は離れてもよかったんですか」

「ぅん?あぁ、あのボロ屋のことか。あれは一時いっときの仮の住まいじゃて。たまには外に出んとつまらん、お主がおってよかったわ」

「え、僕がいて?」

「うむ、以前は霊力も満ち満ちておったが、最近はとんと参拝する者が減っての、そのお陰でこんなちんちくりんなからだになってしもうた」

 確かにすたれた神社ではあった。

「玉津姫さまは他の人には見えているんですか」

「いや見えておらんぞ、わしとえんのある者にしか見えんのじゃ」

 それはそうか。もし見えてたらパニックになっていたに違いない。今度から話す時は人から変な風に見られないよう気をつけよう。

「縁……?僕と一体何の関係が」

「それはのう、お主の母君もよう知っておるぞ、よ」

「!?」

 ――僕の名前を知っている。そういえばさっき神社でも僕の名前を呼びかけてきた。

「お主と会うのは初めてじゃないんじゃ」

 僕の戸惑いをよそにして、玉津姫はぽつりぽつりと話しはじめた。

「会ったことがある、といっても、お主がまだ胎内おなかの羊水にたゆたっておった頃じゃがの。お主の母君が、あのボロで坂が続く神社に来たときのことじゃ」

身重みおもだというに、ようも登ってきものじゃ」と、神社の方角に視線を投げながら玉津姫はつぶやいた。

 確かに、僕が物心つく前は、あの神社の近くに住んでいたと聞いたことがあった。

「ウチは手広くやってるからの、子孫繁栄のご利益も授けてるんじゃが、久々の参拝客にわしも重い腰を上げ張り切ったんじゃが、これが……中々難儀での」

「難儀?」

「そうじゃ、お主にはのう……がくっきりと出ておったんじゃ、今までに見たことのない……まるで呪いをかけられてるような――」

「……生まれる前だというに、もう水で苦労しておったのかの。このままだと難産じゃと言っておったわ」

「じゃからわしは水難の相を解こうとしたんじゃが、あまりに強力で、参拝客も減り霊力のおとろえたわしには完全に打ち消すのは無理じゃった――そこでの、お主にわしのを授けたんじゃ。とびっきりのやつをじゃ」

「え、加護……ご利益ですか?」

「うむ、お主の体を水に好かれ、自在に操れるようにの」

 玉津姫はさも得意げな表情を浮かべている。

 ――水に好かれる。

 僕の身体がそんなことになっていただなんて。でもようやく今までの半生で起きてきたことに納得がいく。

「じゃが、霊力をお主にやってしまったせいで、こんなちんちくりんな見た目になってしもうた。湊人はもっとわしに感謝せい!」

「あ、ありがとうございます?あの何で……何でそこまでやってくれたんですか」

「それはのう……」

 玉津姫の歩みがピタッと止まった。僕も横に並び、固唾かたずを飲んでその回答を待つ。

「それはお主がわし好みのに育つと思ったからじゃ」

「……は?」

「いやぁ〜待ちに待った甲斐かいがあると言うものよ、お主の母君に感謝せねばな」

 玉津姫がからからと笑う。深刻な理由があると思ったら、とんだ面食いな神様だった。

 それでも自分の力を注いで、僕のことを助けてくれたことに変わりなく、嫌な気はしなかった。

 三歩先を行く、小さい姿の玉津姫を見てそう思った――

 そうこう話しているうちに、我が家に着いた。

「ほほぉ、これが今のお主の住まいか、なかなか立派じゃな。ここをやしろにしても良いくらいじゃ」

 やしろって神社のことか、そんな一般庶民の一軒家を神社にできるのだろうか。

「では邪魔するぞー」

「――えっ!」

 間髪入れずに玉津姫はインターホンを押した。夜中の住宅地に鳴る呼び出し音。

 ――はぁい今開けるわね。

 インターホンからお母さんの声が聞こえる。

「うちの家族に会う気ですか、そもそも見えるんですか!?」

「さっきも言ったろう、縁のある者にはわしの姿が見えるんじゃ」

 しばらくして、玄関のドアが開いた。

「お帰りなさい、湊人――に」

「久しいの、初江よ」

「もしかして……たまちゃん!会いたかったわー」

「え、たまちゃん?」

 まさかの母親が、神様と旧知の中であったことに、驚きを隠せず、僕は玄関で立ち尽くしていた。

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