03.神社に参る

 坂道を登っている。

 『喫茶デ・キリコ』を後にしてから、僕は川を越え、橋を渡り、小高い丘を登っていた。この先に神社がある。

 水泳部で鍛えているお陰かさほど苦ではなかった。

「ずいぶんと街の外れに来たなあ」

 後ろを振り返ると、辺りはすっかり夕焼け色に染まり、今まで登ってきた坂道がどこまでも伸びている。帰りのことを思うとちょっと憂鬱になった。

「帰る頃には真っ暗だな」

 ようやく坂の上まで登りきる。

 ――やっと着いた。

 流石に息があがり、膝に手をつき呼吸する。顔を上に向ければ、夕日に照らされ、ますます赤みを増した鳥居が立っていた。

鎮神社しずめじんじゃ

 鳥居の中央上部に額が掲げられ、でかでかとこの神社の名前が彫られていた。とは、一体何を鎮めているというのだろうか。

 鳥居をくぐり境内に入ると、思ったより広い、というよりガランとしていて、境内は木々に囲まれている。その空間の中央奥に、本殿が鎮座し、隅っこには井戸らしきものがあった。

「……だいぶ寂しい所へ来てしてまったな」

 昔からある由緒正しい神社なのだろうが、それ故、年季が入っていてひなびたところだった。

「……とりあえず来たものの、なにも無いじゃないか」

 これは騙されたのか、信じた自分が馬鹿だったのか。ヒントになりそうなものもなく途方に暮れる。

 だが、このまま何もせず帰るのは嫌だった。もしかしたら、この神社でお参りをしたら水難がなくなるのかと思い直して、拝殿へと向かった。

 財布の小銭を賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼。

 ――どうか神様、僕の水難の相を無くしてください。

 口には出さず、心の中で念じた。

 ――それは無理じゃな。

 この夕暮れどきの寂れた神社に、僕以外、誰もいないと思ってたが、返事があった。突然頭に轟く威厳のある声が聞こえてきたのだ。

 ――逢魔時。

 不意に、づくめとの別れ際に言われた言葉を思い出した。どこから聞こえたか、きょろきょろと辺りを見回すが誰もいない。

 ――ここじゃ、ここ。

 今度はハッキリと聞こえ、上を見上げると、そこに声の主がいた。

「ようやくわしのことに気づいたか、湊人よ」

 声色からの印象とは程遠く、可愛らしい着物姿のちっこい女の子が浮いてた。しかも、頭には鹿の角ようなモノが生えている。思わず見とれて呆気あっけに取られていると、ギロっと女の子がにらみをきかしてきた。

「お主……今わしのことをわらべのようだと思ったろう」

 わらべ?ああ、子供のことか、というかさっきから僕の考えを読んできてるみたいだ。

「いえいえそんなことないです。えぇっと一体誰……なんですか」

 状況を受け入れられてないが、おそるおそる尋ねてみると、女の子はニヤリと笑って言う。

「よくぞ聞いた!この地に流る川の主にして、龍神の玉津姫たまつひめとはわしのことよ。とくと崇めよ!」

 ……関わったらやばそうなやつに出会ってしまった。自分を神様と自称するのがやばいし、浮いてるし、何だかちっこくて全然威厳がない!

「あぁえぇと、神様……なんですね」

「うむいかにも、ちょっとこっちに来い」

「うわっ」

 自称神様に手を引っ張られ、街の景色が見渡せる境内の展望所まで連れてかれた。

「あそこに川が流れておろう、わしはあれの主なんじゃ。由来とか詳しいことはそこに立てておるを読め」

「はあ」

 うながされるまま、観光地によくある説明ボードを読んでみた。

ざっくりまとめると、昔々、玉津川は暴れ川でよく氾濫してたそうだ。そこで、当時この地を治めた当主が川の主である龍神を鎮めるためにこの神社を建立したそうな。ぶっちゃけ、川の氾濫を鎮められたのは同時に行った治水工事のおかげだそうだ。

 ――懐かしいのお昔はぶいぶい言わせてからのお、村の連中がわしを祀りあげるもんだからしょうがなく居着いてるがのー。

 何やら横でぺちゃくちゃ楽しそうに一人で喋ってる。

「どうじゃすごいだろ」

「す、すごいですねー」

 まだ、状況が受け入れられず棒読みになってしまう。そういえばさっき気になることを言ってたのを思い出した。

「あのさっき、僕の“水難の相”を知ってるようでしたけど、何か知ってるんですか」

 調子よく喋ってた玉津姫が表情を止めて、こっちを見つめてくる。

「うむ、知っておるぞ」

 づくめさんが言ってたのはこのことだったのか。うさんくさそうに見えて頼りになる人だったのか。

「あの……お願いします!知っていることを教えてください。今この体質のせいで困ってるんです、段々ひどくなってるみたいで……」

 部活で鍛えられた体育会系なお辞儀でお願いをする。玉津姫はしばらく考えこむ様子の後に言った。

「……なるほど、では手始めに、お主の住まいに参ろうか」

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