02.づくめ或いはずくめ
親には一応、帰りが遅くなると連絡をしといた。
目的地を目指して、歩みを進め、家からほど近い商店街へと入っていく。
僕は今、“水難の相”に関して唯一の手がかりを知ってそうな
アーケードをくぐる途端に、がらっと雰囲気が変わった。
いつも照明の暗い電気屋、1プレイ30円のゲーセン、老若男女が出入りする銭湯。
この街は不思議なところが多い。ここだけいつも時が止まっているような錯覚を覚えさせる。
そして、特にこれから会おうする人は飛び切り不思議な人だった。
彼との出会いは突然だった。
ある日、学校の帰り道に、全身黒ずくめの男に声をかけられた。
――君、なかなか厄介な体質だね。さぞ生き辛かったろう。
――お困りなら、商店街にある古ぼけた喫茶店へ来たまえ。力になれるかもしれない。
戸惑ってるうちに、気がつくと彼は消えていた。
胡散臭いことこの上ないが、僕の体質を言い当てたことを考えると何か知っているかもしれない。
そう思い至り、あまり気乗りはしないが会おうとしている。
やばそうだったら、すぐに逃げてしまおう。
目的の場所であろう喫茶店の前へと立つ。
「『喫茶デ・キリコ』か」
入り口のドアノブを手に取るのを一瞬、躊躇して……開けた。
店内は薄暗かった。照明はついてはいるがぼんやりとしてやる気がなく、客はまばらにしかいない。
店主であろうマスターは、初老の寡黙そうな男性で、カウンターの中で食器を磨いていた。
僕が入ってきたのを
勝手に座って良いってことか。
適当に窓際の席に座ろうとすると、
「やあ、久しぶりよく来たね」
と声をかけられドキっとした。黒ずくめの彼だった。
この人は、人を驚かすのが好きなのだろうか。
うながされ、空いてる二人掛けのテーブルに座る。
「珈琲にするけど、何がいい」
「僕も同じので」
「それはいい、ここのコーヒーは格別なんだ」と彼は言いながら、マスターに指二本を示した。
ようやく一息つくと、辺りがよく見えてきた。店内の壁や床の装飾、飾っている絵など、そして、何より目の前に座る彼を――
全身黒づくめの男だった。スーツも、シャツも、靴下も、身に付けてるモノは
髪ももちろん真っ黒で長かったが、肌の色は不自然な程に白く、浮き立つようだった。
「どうも、づくめです」
「ずくめ……さん?」
「ああ、
「川瀬です。川瀬
「そうか、よろしくね湊人君」
彼はニコッと微笑みかけた。
「はい……」
黒づくめだからづくめなのか――見た目通りの名前だな。
「あの……ずくめさんは一体何者なんですか?」
「――何だと思う?君は」
「えぇと、占い師かと思いました」
「良い勘してるね君、その類の真似事はできるよ」
「……!?」
なんて掴みどころがない男だと驚いていると、マスターがコーヒーを運んできた。
置かれたカップから、湯気がふたつ立つ。
「いただきます」
するっ――と温かな液体を飲み込む。苦い……が、それだけでない酸味とコクが混ざった複雑な味わいが、舌に広がった。
「美味しいだろう、ここの珈琲は」
「えぇ、とても」
二人してコーヒーの味をしばらく楽しんだ。
「さて」
づくめがカップをテーブルに置く。
「そろそろ、本題に入ろうか」
づくめは身に付けてた琥珀のループタイを首から外した。
「湊人君は琥珀を知っているか」
「石……ですかね」
「そう、何万年という歳月をかけて、圧縮され凝固した樹脂の塊、言わば化石なんだ。遥か太古の昔の記憶を閉じ込めている」
づくめはループタイの装飾である琥珀を僕の手のひらに乗せて重ねた。
「よく見てごらん、琥珀を通して、君の奥深くに堆積した記憶が見えてくるはずだ――」
手のひらに乗せられた琥珀を覗き込む。眼を凝らせば、石の中には羽毛や虫のようなものが入っていて、見飽きない。
そうして琥珀をずっと眺めていたら、不意に辺りが暗くなった。そしてさっきまで、石の中にある虫や羽毛、気泡などの原型が崩れはじめ、
その輝き、美しさに、見惚れていると、そのどろどろの中に輪郭が結んだ――それは古ぼけた神社だった。
それを見た瞬間、急に我に返り、気がつくと薄暗い喫茶店に、僕は居て、目の前には黒づくめの男と琥珀の石があった。琥珀はもう輝きを放たず、ただの石になっていた。
「見えたようだね」
「はい……」
「一度、珈琲でも飲んで落ち着きな」
そう言われて、僕はもう冷め切っていた残りのコーヒーをグッと飲み干した。
づくめはループタイを首に下げながら言った。
「あんまり見過ぎるのは良くないんだ、混ざってしまうからね。それで何が見えた?」
「神社が……見えました」
「あぁ……なるほど、何か心辺りは?」
「いえ、特に」
づくめはコーヒーを一口飲んでから、こぼすように言った。
「川を超えた街の外れの方に、小高い場所があったろう。行ってみるといい、古ぼけた神社がある。」
「はあ……」
いままでしていたことと、唐突に出てきた『神社に行けばいい』の関連がわからず、正直困惑していた。
「行ったら、どうすればいいんですか」
「行けばわかるさ――ま、信じるも信じないも君次第だ」
僕はしばらく考えこんだ。こんな胡散臭い話を信じていいのか、だが直感的には、強く惹かれるものがあった。
「……わかりました、行きます」
僕は席を立ち上がる。
「ほお、行くんだね、今から行くのかい」
「はい」
「遅くなると親御さんも心配するよ」
窓の外はもう夕暮れにさしかかっている。
「もう連絡してあるので大丈夫です」
――そうかと、づくめはニヤリと笑った。
「今日はありがとうございました」
づくめに一礼して、会計を済ませようとカウンターへ寄ると、マスターがづくめを見ながらあちら様のツケですのでと言った。
「湊人君」
お店のドアから出ようとした時、づくめに呼び止められた。
「
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