01.部活動

「ぷはぁ」

 プールサイドに手を掛けると、プールから頭を出し、ゴーグルをめくった。

 後ろを振り返ると、他の部員と人ふたり分くらいの差があって、ダントツ一位でゴールしていた。

「どんだけ早いんだよ」

 隣で泳いでた同学年の佐和田が声をかけてきた。

「前よりさらに早くなってないか、もう追いつけねえよ」

「普段通りだよ」

「いやいや前は、湊人の足に手が届きそうだったけど今は全然だわ」

「天才っているんだな」と佐和田はぼやいた。

 他の部員たちも続々と泳ぎ切り、みんなプールから上がっていく。

「俺たちも上がろうぜ、あー今日もよく泳いだ」

 自分の手を見つめる。

 前にも増して、一掻きする度の水の抵抗感が無くなっているような気がした。

 ――ずっと泳いでいられそうだ。そう思いながら僕もプールサイドへと上がった。


 顧問の先生がボードを片手に持ち、プールサイドに部員全員が集められる。さっきの練習試合は夏のインターハイ出場する選手を評価するものだった。

 「よし、全員いるな、じゃあ発表するぞー」

 名前が呼ばれる度に、歓声と喚声が沸き立つ。

「そして最後に一年から川瀬、期待しているぞ」

 僕の名前が呼ばれた。周りから当然だよなと納得の声が聞こえる。その中に興味深いものも聞こえてきた。

 ――あいつの泳いだ後ろ変な感じなんだよな。

 「気にすんなって、やっかみだよ」

 気になる発言につい聞こえた方へ顔が向く。言ったであろう本人と目が合うと、気まずそうに彼は眼を逸らした。

 佐和田にも聞こえてたのか、僕に声をかけてきた。

 特に不快に感じた訳ではなかった。ただ最近感じていた違和感を言い当てられた気がしただけだった。

 「ほらほら騒ぐな、じゃあ選ばれた選手は怪我に注意して練習に励むように。選ばれなかった者もフィードバックして足りない所を見直すように。では解散!」


 練習が終わると、部員たちは部室に入り水着から制服に着替えはじめた。

 真っ白なワイシャツに袖を通すと、焼けた肌が一層際立って映える。

 僕は、着替え終わりもう帰ろうとしてた先程のぼやいてた彼に声をかけた。

「あのさ、僕の泳いだ後ろが変ってどんな感じだった?」

「え?」

「おいおい絡むなよ」と佐和田が後ろから言ってくる。

「別に怒ってるわけじゃないんだ、ただどんな風に変だったのか知りたいんだ」

「どんな風に……って言われても……」

 彼は、面倒くささと気まずさをごっちゃにした態度ながらもしぶしぶ話し始めた。

「そんなちゃんと見てたわけじゃないけどさ」

 ――水が追っているようだと。普通、掻いた水は後ろに流れていくのに、川瀬が泳いだ後の水はまるで後ろから押すように逆流して見えたと言った。

「なるほど――引き留めてゴメンな、話し聞けて良かったよ」

「お、おう。インハイおめでとう、じゃあな」

 ちゃんと話せば素直そうな彼は、そそくさと部室を出て行った。

「おいおい大丈夫かよお前、あいつの言うことじゃないけどさ、最近何だか変だぞ」

 まだ、制服に着替えていない佐和田が水パン一丁心配そうに近づいてきた。

「さわちゃん」

「え、なになに」

「今日は一人で帰るね」

「お――?わかったわ」

 じゃあねと言い、僕は部室を出た。見上げた空はまだまだ明るい。

「これはいよいよ、あの人に相談しないとダメか」

 はぁとため息を吐き、僕は部室を後にした。

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