第3話

 過去の話になる。紗夜は、ひっそりと祐基に恋をしていた。今は友達としか思われていないが、いつか一人の女の子として見てほしいと思っていたのだ。だが、祐基は一切紗夜の事を意識することなんか無かった。

 そのことに気付いた時は、一人で号泣したのを覚えている。自分たちの関係を変えることは、不可能だったのだ。

 気持ちの整理がつくまでは、辛かったが、整理がついてからは意外と気楽だった。紗夜は、友達としてでは特別な立ち位置であることを自覚していた。ならば、この関係でもいいだろうと思い立ったのだ。このまま祐基の隣に居られて、楽しく過ごせる。幸せなことだと、己に言い聞かせた。


 だからこそ、あの日の夜。珍しく互いに酒を呑みたいと言い出し、居酒屋に言ったあの夜。酔った勢いで、紗夜はいつものふざけた物言いで祐基を誘ってみたのだ。酔って気が大きくなっていた彼は、誘いに乗ってきた。そのまま、あれよ、あれよ、という間に一夜の過ちを犯した。こんな自分にもちゃんと欲情してくれた彼に感謝していた。

 でも、それがきっかけで、本当に死ぬまで会えなくなるなんて思いもしなかった。


 友達と一線を越えてしまったことに、祐基があんなに罪悪感を抱くだなんて思いもしなかった。彼は悪くないのに、自分の抱いた感情が悪いのに。こんなことになるのなら、この気持ちを捨ててしまえばよかったのにとずっと後悔した。


 交通事故に合って、死にゆく己の体を上から見下ろしながら、罰を受けたんだと思った。それと同時に、今の自分なら祐基のもとへ会いに行ってもいいのではないか? と考える。思ったことをすぐ行動に移すのが紗夜だった。


 三年ぶりに会った祐基は、相変わらず優しくて、人のことばっかり心配していた。今も変わらず、あの夜の事を気にしていたのだから、紗夜はまた自分のした過ちに苦しめられた。

 祐基は、紗夜が成仏するために協力を申し立てた。そんなお人よしなところも、紗夜は好きだった。最後に彼と過ごして、完全に恋心を殺すつもりだった紗夜。しかし、それは無理だった。ますます好きになってしまった。

 一緒に遊んでいた時と変わらず、幽霊になった紗夜に対しても、態度を変えることなんかない祐基。彼のそういうところが大好きだった。紗夜は、祐基へ会いに来たことを後悔する。このままでは、未練を増やすだけだった。ただでさえ、恋心以外に彼には内緒にしている未練があるというのに……。


 「行くな」だなんて、生きている時に言われたかったなと考えながら、紗夜は、この今にも泣きだしそうな表情で見つめる祐基をどうしようかと悩む。しばらく見つめ合い、彼の瞳に負けた紗夜は、小さく息を吐く。


 「わかった、まだ行かないから……」


 紗夜の言葉に安心したのか、祐基は眉をハの字にして笑った。そんな可愛い表情も好きだったなと、紗夜の胸がきゅっと痛んだ。

 祐基から何かを言い出すわけでもなく、しばらく無言の時間が流れる。気まずいような、むずがゆいような感情に戸惑いながら、紗夜は祐基を見つめる。

 

 「……俺、ずっと後悔してたんだよ。あの日が無ければ今も変わらず紗夜と居られたんじゃないかって」


 祐基の言葉を紗夜は黙って聞く。


 「でもさ、俺、ずっと紗夜の事男女関係ない友達として見てたんだけどさ……。今思うと違ったんじゃないかって……」


 「どういうこと……?」


 紗夜は思わず、聞いてしまう。それは、ずっと彼女が欲しかった言葉かもしれないという期待もあった。


 「なんだかんだ、俺は……、紗夜の事、女の子として見てたんじゃないかって思ったんだ」


 欲しかった言葉、でも、今更という気持ちで、紗夜は複雑な気分になる。その言葉はもっと早く欲しかった。もう、今貰っても、紗夜は祐基に返すことが出来ない。それが彼女にとって、とても辛いものだった。


 「祐基。私はずっとあんたの事をただの友達だなんて思ったことなかったよ」


 その言葉を放つと、祐基は目を瞬かせた。「マジ……?」と素っ頓狂な声も漏らす。紗夜は『やっぱりな』と思いながら、苦笑いをした。もう隠し通すのは無理だ。そう判断した彼女は、彼に置き土産を渡すことにした。


 「あの日、ああなったのは私のせいだよ。私はずっと祐基が好きだったから。恨んでくれていい。罵倒されてもいい。でも、私は一度だけでもいいから、あんたに女として意識されたかったの」


 祐基の驚いている顔を見ながら、紗夜は笑みを作る。


 「でも、会えなくなるんだったら、あんなことしなければよかった……」


 絞り出すようにそう伝え、紗夜は俯く。祐基は、なんて言うだろうか……。それだけが不安だった。再び無言の時間が訪れ、そっと顔を上げると、そこには愛おし気にこっちを見る祐基の顔があった。

 なんで、そんな顔するんだろうと紗夜は悩む。祐基の瞳は段々と潤んでいった。


 「もっと早く、気付いてやれれば、何か変わってたのかな……!ごめんな……、あんなことさせて、本当にごめん……!」


 あぁ、どこまで優しい男なんだろうか……。紗夜はそう思った。そんな事言ったら、怖気づいて伝えなかった私も悪いじゃないか……。

 結局逃げていたのは自分だと、紗夜は心の中で呟いた。


 

 

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