1日記 学園への誘い

 時は戻る。


 自己紹介を終えた後、シロは本物の魔女と出会えたことでテンションが高くなり、自分の家に招いた。


「どうぞなのです!」


 シロはとっておきの茶葉を使ったお茶を淹れ、ルーシェの前に置いた。


「ありがとう。……あ、このお茶美味しい」

「ほんとですか? お口に合ってよかったのです!」

「これ、シロちゃんが?」

「はいなのです! シロのれんしゅうの成果なのですよ!」

「ふふっ、シロちゃんは家事が得意なのかな?」

「うーん、とくい、かどうかはわからないですけど、一人で生きるようになってからは、なんでもやっているのですよ! それに、家事も好きですから!」

「……そう、なんだ」


 天真爛漫に話すシロに対し、ルーシェは何とも言えない気持ちになった。

 なんと言うか、随分と軽い口調で言うんだなぁ、と驚いたのである。

 いくら六年前とは言え、果たして子供がこうも簡単に言えるのかな? と。


「それでそれで、ルーシェおねーさんはどうしてここに来たのですか? もしかして、おねーさんは旅をしているのですか!?」


 が、当の本人はルーシェの気持ちはわかっておらず、初めて会った村の外の人というこちで、かなりテンションが高く、そして興味津々であった。

 現在もルーシェについて、ずばっと質問しているほどである。


「ううん、そうじゃないの」

「しゅん……旅じゃないのですね……」


(うっ、か、可愛いっ……!)


 旅じゃない告げた瞬間、シロは目に見えてしゅんとした。

 耳と尻尾がへにゃりと垂れさがるが、その姿がなんとも可愛らしく、ルーシェはちょっときゅんとした。


 しかし、すぐに目的を思い出し、ぶんぶんと頭を振ると真面目な表情を浮かべ、本題を切り出す。


「でも、ここに来た理由の一つは、シロちゃんにあるの」

「シロ、ですか?」

「うん。実は私ね、ここには異能保持者の人を探しに来たの」

「いのう、ほじしゃ?」


 きょとんとした顔で疑問符を浮かべるシロに、ルーシェはあー、なるほど、と心の中で呟いた。


「シロちゃんは異能、って知っているかな?」

「んーと、これがすごい! みたいなものですか?」

「あはは、ちょっと違うかな。そうだね……異能って言うのは、誰もが持っている物じゃなくて、たまに持っている人がいる、そんな物なの」

「なる、ほど……です?」


 なんとも要領を得ない様子のシロに、小さく笑いを浮かべて、ルーシェは簡単に異能を教えることに決めた。

 とは言っても、シロが知りたいと言えば、という前提有りだが。


「えーっと、説明いるかな?」

「聞きたいのです!」


 説明を訊きたいかどうか尋ねた瞬間、シロの目の色が変わり、ものすごい食いつきを見せた。

 それに一瞬呆気にとられたものの、すぐに優し気な笑みを浮かべて、ルーシェは自身の知識を教えることにした。


「異能って言うのはね――」


 そう切り出すと、ルーシェは才能について教え始めた。


 異能とは、この世界において、特殊な力のことを指すものである。

 これは生まれつき持っているかどうかが決まるもので、後天的に手に入れることが不可能なものだ。


 その効果についてだが、これは持っている者によって得る力が変わるが、そのどれもが強力な物で、広範囲に使えるものではなく、尖った物であったとしても、それが発揮される限定的な状況の場合、かなり強力な物になる、というものだ。


 一例を挙げるとすると、魔法の効果を上げる、という物がある。

 これは至ってシンプルで、例えば十の魔力で十の威力の魔法があるとして、この才能がある者は十の魔力で五十にできる、と言った効果を発揮する。

 この異能の効果は、魔法の効率化と強化、という物になる。


 これ以外にも、体術に関しての異能であったりだとか、魔道具と呼ばれる道具の製作に関係する異能であったり、あとは使役に関する異能であったりと様々である。


 しかし、そんな強力な異能であるが、実は代償も存在している。

 とはいえ、それらはあまり困らないようなもの(人による)ばかりなので、代償も含めてプラスマイナスどちらかと言われると、プラスに働いているので、そこまで困ることではない。


「――というのが、異能についてかな。何か質問はあるかな?」

「はい!」

「はい、シロちゃん」


 元気いっぱいに手を上げるシロに、ふふっと笑みを零しながら、質問を訊いてみる。


「えと、そのいのう? がシロにもある、ということなのですか?」

「うん。可能性だけどね」


 シロの質問に、ルーシェは優し気な笑みを浮かべながら肯定する。


「じゃあじゃあ、そのいのうは、どうやって調べるのです?」

「いい質問です! それを調べるのにね、これを使うの」


 そう言いながら、ルーシェはカバンの中からモノクルを取り出した。


「それはなんなのです?」

「これはね、異能測定鏡。簡単に言うと、これを通して人を見ることで、その人に異能があるか見ることができるの」

「じゃあ、それでシロを見るのですね!」

「そういうことだよ。じゃあ、早速見てみるね」

「はーいなのです!」


 ルーシェは早速モノクルを右目に装着。

 そして、魔力をモノクルに通して、シロを覗いてみると……。


「……なに、これ?」

「ふにゃ? 何かあったのです?」

「あ、う、ううん。ちょっと待ってね?」


 モノクルを通してシロを見てみた結果……そこには、虹色のオーラのようなものがシロの体から発されていた。

 虹色、というのは見たことがない。

 ルーシェは度々学園長に頼まれて才能保持者探しに出ることがあるが、そのどれもが、単一色であった。

 単一色、つまり一色しか見えなかったのである。


 いや、一応二色はいたのである。しかし、しかしだ。それ以上の色は見たことがなかった。

 にもかかわらず、目の前で可愛らしい笑みを浮かべている少女は、まさかの七色。


 一体これはどういう事……?


 と、ルーシェの頭の中に大量の疑問符を浮かべさせた。


「ルーシェおねーさん、シロは異能があるのですか?」

「……」

「おねーさん?」

「…………」

「おねーさん!」

「ひゃっ! あ、な、なに? シロちゃん」

「えと、シロには異能があるのですか? って聞いたんですけど……」

「あ、そ、そうなんだ。うん、ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃった」

「大丈夫ですか? もしかして、具合が悪いのです?」

「あ、ううん、大丈夫だよ。それで、えーっと、シロちゃんの異能だね」

「はいなのです!」

「シロちゃんには異能があります」

「ほ、ほんとなのですか!?」

「うん、本当に」

「わーい、シロ、よくわからないけど、うれしいのです! やったー、なのです!」


 理由がわかってないのに喜ぶんだ、とか思ったが、なんだかその姿が微笑ましかったので、ルーシェは突っ込まなかった。

 しかし、異能があるとわかった以上、ルーシェは仕事をしないと、と気持ちを切り替えた。

 虹色の反応に関しては学園に戻ってから、と決めた。


「シロちゃん、ちょっと真面目なお話をしてもいいかな」

「はい、いいのです!」

「ありがとう。それで、お話なんだけど……シロちゃん、アベリア学園に来ないかな?」

「アベリアがくえん?」


 またしても、自身の知らぬ単語が出てきたことに、シロは小首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべた


「うん。アベリア学園」

「えと、そのアベリアがくえん、ってなんなのですか?」

「あれ、シロちゃんは知らない?」

「知らないのです! ぜひ、教えてほしいのです!」


 本当に好奇心旺盛なんだ、とドーズンの言葉を思い出したルーシェは、笑みを浮かべながら、簡単に学園について話をすることに。


「アベリア学園っていうのはね、四大陸のちょうど中心に位置する島にある学園なの」

「ふむふむ」

「そこでは、様々なことを学ぶことができてね。例えば、剣術だったり、魔法だったり、生活に関することだったり、あとは冒険者だったり、商売のことを学んだり、まあ色々」

「なるほどなのです……けど、シロがどうしてそこへ行くことになるのです?」

「うん、この学園ではね、シロちゃんと同じように異能を保持した人たちが行くことになっているの。もちろん推奨はしているけど、強制じゃないよ」

「なるほど……!」


 今の話を聞いて……というより、学園の話を軽く聞いた時点で、シロは既に興味を惹かれていた。

 それと同時に、もしかしたら外の世界が見られるかも、とも思った。


「そのがくえんには、どんな人がいるのです?」

「色々な人、かな。私みたいに魔女や魔術師の人もいれば、魔族の人、人間、色々ね」

「ふむふむ……シロと同じ、獣人はいないのです?」

「いるにはいるけど……かなり少ないかな。そもそも獣人って、基本的にこの大陸から出ないからね。それに、獣人族は数が少ないのも理由かな」

「ほへぇ~、そうだったのですね!」


 自分の知らない知識を得られて、シロは今とても嬉しいという気持ちでいっぱいになっている。

 もとより好奇心旺盛な性格なシロである。

 こうして、自分の知らない未知の話を聞くという事自体初めての経験であり、かなり楽しいのだ。

 昔から何かを学ぶ、という事が大好きなシロであるから、今の気持ちは至極当然と言える。


「それで、シロちゃん。どうかな? アベリア学園に来ない?」

「んぅ~……あの、そのがくえんは、外の世界のことを学べるです?」

「外の世界? もしかして、この世界のこと?」

「はいなのです! シロ、いつかこの村を出て、外の世界を旅するのが夢なのです!」

「ふふっ、素敵な夢だね。それなら、尚更アベリア学園はいいかも?」

「そうなのですか!?」


 ばんっ! と机を叩きながら、きらきらと瞳を輝かせながらずいっと顔をルーシェに近づける。

 突然可愛らしい顔が近づいた物だから、ルーシェはちょっとだけドキッとした。


(わ~、まつげ長いし、肌も真っ白だし……それに、吐息がすごく甘い匂いがする……)


 とか思った。

 しかし、相手は小さい女の子! と思い直して、頭を振ると、話を続ける。


「うん。アベリア学園では、護身術も学べるし、他にも旅に必要な知識も得られるよ。だから――」


 うちの学園にこない? というよりも早く、


「行くのです! シロ、アベリア学園に行きたいのです!」


 シロは二つ返事で行きたいと願った。


「おねがいしますなのです!」


 そして、頭を下げてさらにお願いを重ねてきた。

 これにはルーシェもちょっとたじろぐ、という困惑。


「あ、頭を上げてっ? そんなに頭を下げなくてもいいよっ!」

「で、でも、おとーさんとおかーさんは人におねがいする時はこうして頭を下げるって……」

「いいのいいの。シロちゃんはまだまだ子供でしょ? それに、シロちゃん可愛いから、騙されちゃうよ?」

「シロ、かわいいのですか?」

「うん、可愛いと思うよ?」

「うぅ~、ルーシェおねーさんにほめられるのはうれしいですけど、ちょっぴりふくざつなのです……でも、ありがとうなのです!」


(複雑、という部分が妙に引っかかるけど……でも、シロちゃんは喜んでいるし、大丈夫、なのかな?)


 まいっか、と楽観的に捉えることにした。

 ……もっとも、これが後々、とんでもない衝撃をルーシェに与えることになるが……今はそれを知らず。


「それで、シロちゃん。学園に行きたいと言ってくれたのはこっちとしても嬉しいことなんだけど、ちゃんと考えないとだよ?」

「んにゃ? どうしてです?」


 こてん、と可愛らしく小首をかしげる愛嬌ある仕草に、ルーシェはきゅんとしたがすぐに気を取り直して話す。


「学園はね、全寮制なの」

「ぜんりょーせい?」

「うん。全寮制っていうのは……そうだね、学園の近くにある家に生徒だけで住むの」

「ほんとですか!?」

「あ、う、うん。本当だよ? どうしたの? そんなに喜んじゃって……?」

「だって、シロ以外にもいるのですよね!?」

「う、うん、そうだね?」

「じゃあじゃあ、シロが一人で家に住む今の生活も終わりなのですよね!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ルーシェはどうして全寮制という事に対して、ここまで喜んでいるのかを理解した。


(そうだ、シロちゃんは一人暮らし……。だから、誰かと一緒に過ごせるのが嬉しいと思って当然、だよね……)


「……うん。シロちゃんにも、一緒に住む人ができるよ。といっても、部屋は違うけど……」

「それでもいいのです! わーい! やったのです! うれしいのです! シロ、一人じゃなくなるのです!」


 今にも踊り出しそうなほどに喜びを表現するシロに、ルーシェはちょっと泣きそうになった。


 出会ってすぐの関係だけど、この子は絶対に幸せになってほしい、そう思うのだ。

 一体、どのような経緯があってこうなったのかはわからないが、それでも、こんなに純粋ないい子なのだ。幸せな生活を送ってほしい。


「あ、それからシロちゃん」

「わーい! ……あ、なんです?」

「一度学園に入るとね、なかなかこっちに帰ってこられなくなるの」

「え、そうなのですか!?」


 学園に通っても、村に帰ってこられると思っていただけに、シロにとってこの情報はかなりの衝撃を与えた。


「うん。学園には四年間通ってもらうことになるの。その間、長期のお休み以外だとここに帰ってくるのは難しくなっちゃうけど……大丈夫?」

「うぅ~……それを聞かされると、シロは、シロは……」


 さっきの喜びようとは打って変わって、シロは酷く葛藤した顔を浮かべる。


(シロは、この村が大好きなのです……でも、学園にも行ってみたいのです……にゃぅぅっ! どうすればいいのですかぁ!?)


 心の中ではこのような葛藤が繰り広げられていた。

 村が大好き故の悩み。


 それに、森にも大切な友達である精霊たちもいる。

 なのに、自分の夢を叶える為だけに行ってもいいのか、というのがシロの悩みの本質だ。


「ふふ、ちょっと性急だったね。悩んでもいいよ、シロちゃん。これは、シロちゃんの人生なんだから。私は、シロちゃんに後悔のない人生を歩んでほしいな。ほら、獣人族は長寿でもあるから」

「……こうかいのない?」

「うん。一回きりの人生。やっぱり楽しい方がいいでしょ? シロちゃんも、楽しいことは好きでしょ?」

「大好きなのです!」

「ふふっ、なら悩まないとね」

「わかったのですっ、シロ、なやむのです!」

「うん、それがいいよ。……それじゃあ、私は一旦お暇するね」

「え、ルーシェおねーさん、帰っちゃうですか……?」


 家を出る、と言ったルーシェに、シロは寂しそうな声を出した。

 心なしか耳と尻尾がものすごい垂れ下がっている。

 その上、瞳の端には涙が浮かんでいるように見える。


(うっ、シロちゃん、それは卑怯だよっ……!)


 無意識における、シロの精神攻撃! ルーシェには効果抜群だ!


「……で、でも、私がシロちゃんのお家に泊まっていくのは申し訳ないし……」

「ぜんぜんかまわないのです! シロ、ルーシェおねーさんはいい人だと思っているのです!」

「はぅっ!」

「んにゃ? ルーシェおねーさん、どうしたのです?」

「あ、う、ううんっ、なんでもないよっ!?」

「そうですか?」

「問題ないよ!」


(シロちゃん、なんでこんなに可愛いの!? ひ、卑怯だよ、これは!)


 ルーシェは既に、シロの可愛さにノックアウトされかけていた。

 いや、かけていた、というより、既にノックアウトされているだろう。


「ルーシェおねーさんは、泊まっていくのですか?」

「え、あ、あー……うーん……今のところ、まだ宿に行っていないし…………せ、せっかくだから、お願いしよう、かな?」


 さっきのシロの可愛さが理由ではない。ないったらない。


 なんて、誰に言い訳しているのかわからないことを頭の中で思いながら、ルーシェは今日、シロの家に泊まることが決まった。


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 なぜ、複雑な気持ちになったんでしょうねぇ!

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