プロローグ:2 娘と魔女

「んんっ~~~~~! ふにゃぁぁぁ……うん、よく寝たのです!」


 昨日と同じく、日が差し込む頃に目が覚め、ベッドから起き上がる。

 そこからはいつものように朝食とお弁当を作り、着替えて、身支度を整えて、村のみんなに挨拶をしながら森へ向かう。

 いつもと不思議なことがあるとすれば、


「そう言えば、最近魔女がこの付近に来ているみたいだよ。珍しい話だ」


 と八百屋のおじさんが言っていたことであろう。

 それを訊いたシロは、


「シロ、魔女さんに会ってみたいのです!」


 と言ったそうな。

 シロは好奇心旺盛で、なんにでも興味を示す。

 特に、自分と同じ種族しかいない環境なのだから、尚更だ。


 シロの密かな夢として、いつか村を出て、世界中にある色々な物を見てみたい、というものがある。

 もっとも、それはかなり先になるだろうと、シロも漠然としながらも、そう感じている。


「みんなー、シロが来たのですよー!」


 会ってみたいなー、そう思いながらも今日も今日とて森にやってくる。

 そして、昨日と同じように遊ぶのだ。

 だが、今日はいつもと違う出来事がシロの身に起こった。


「――すごい」

「はにゃ?」


 シロが球たちと遊んでいると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 シロはその声の方に目を向けると、そこにいた人物を見て小首をかしげる。


「えと……おねーさんはだれなのですか?」


 シロの視線の先には、いかにも魔女です! と言わんばかりの服装をした、一人の少女が立っていた。

 背中の中ほどまで伸びた淡い空色の髪を一つに結わえて、肩から垂らすルーズサイドテールと呼ばれる髪型をしており、瞳はアクアマリンのように透き通った水色。

 顔立ちは綺麗系と可愛い系の中間で、子供から大人へと変わるという、両方の長所を兼ね備えた美貌を持つ。

 スタイルもいいようで、身長は百六十センチ前半ほどであり、スタイルは出る所は出て、引っ込むところは引っ込むと言うかなりのプロポーション。


 総評すると、十人どころか百人レベルですれ違えば振り向くレベルの、かなりの美少女である。

 服装自体も、とんがり帽子、白と黒のワンピース、ガーターストッキング、そして焦げ茶色のブーツという出で立ちだ。


 そんな、今まで見たこともない人物を目の当たりにしたシロは、当然ではあるが一体誰なのかと尋ねた。

 通常、見知らぬ人物が現れれば、少なからず警戒心を持つのが普通だ。


 しかしまあ、シロの心の中は、


(ま、魔女さんなのです! 初めて見たのですよ! わぁ、すっごくカッコよくて、可愛らしい人なのです! お、お話してみたいのですっ……!)


 といった状態である。


 初めて会う魔女に興味津々であり、すっごくお話してみたいと思っていた。


「あ、いきなりごめんなさい。こほん、初めまして。私は、アベリア学園二年生のひめみ――んんっ、ルーシェ・ジュアルドです。もしよかったら、お名前を訊いてもいいかな?」


 ルーシェと名乗る魔女に名前を尋ねられて、シロは元気いっぱいに自己紹介をした。


「ルーシェおねーさんですね! シロは、シロ・ミャールドと言うのです!」


 これが、楽しくも寂しく過ごしていたシロの今までの生活とはおさらばすることになる、人生で最も劇的な変化の瞬間であった。



 時は少し遡る。


「ティルク大陸、ですか?」


 とある場所の、とある部屋。

 そこに、二つの人影があった。


 一人は、白く長い髭をたくわえた初老の男性で、もう一人は魔女衣装に身を包んだ女性、ルーシェであった。


「あぁ、そうじゃ。あの大陸にはたしか、獣人のほとんどがいると聞く。獣人は基本、過去のことが原因で、あまり公の場には出てこないからのう」

「そうですね。獣人は基本見目麗しい者が多く、奴隷にしようと、多くの者たちを捕らえたと言う、悪い人たちがいたと聞きます。……本当に、あるんですね、そんなことが」


 話を聞いて、ルーシェは苦い顔を浮かべた。

 それは、獣人と呼ばれる種族の過去を知っていることから来る表情だ。


「ほっほっほ、まあ、おぬしらからすれば、少々嫌悪感を覚える話であろうな。しかし、今はそんなことはないぞ。完全に無い、とは言い切れぬが、今では法によって厳しく罰されるからのう」


 反対に、目の前の初老の男は自身の髭を撫でながら、現在の状況を話す。


「そのようですね。……それで、話の流れと、この場に呼ばれたことから察するに、『異能保持者』を探せ、と言うんですね? そのティルク大陸で」

「あぁ、その通りじゃ。実は少し前に、とんでもない『異能』を保持した者がティルク大陸の北西にいるという話を小耳にはさんでのう。できれば、その者を探してもらいたいのじゃ」

「……それは、信憑性のほどは?」

「まだわからぬ。しかし、何かとんでもない存在がいる、というのは事実らしいぞ? なんでも、毎日のように遊んでいるとか」

「遊ぶ? 一体何とですか?」


 気になることを素直に返すと、初老の男は軽く笑ってから、告げた。


「精霊じゃ」


 初老の男の回答を聞いて、思わずルーシェは息を呑む。


「……それ、本当なんですか? たしかに、あの大陸には精霊と対話が可能な人が多いと聞きますが……それでも、基本的に一人につき一体、というのが有名な話ですよね? それでしたら、珍しいことでもないのでは?」


 ルーシェは魔女だ。

 それ故に、魔法に関係することについては、かなりの量の知識を持っている。

 そんな彼女だからこそ、今回の話は特段おかしいことでも何でもないと思ったのだ。

 ……もっとも、それは一般的な者たちのこと、ではあるが。


「それがどうも……数多くの精霊と遊んでいるようなのじゃよ」

「え!? そ、そんなことがありえるんですか!?」


 男の言葉に、ルーシェは目を見開いて驚きの声を上げた。

 しかし、男はそれを肯定せず、さりとて否定もせずに話す。


「さあの。しかし、これが事実だとすれば……とんでもない『才能』を保持している可能性がある。故に、悪用される前に、この学園に入学させねばならないわけじゃな」

「……でもそれは、まだ確定というわけではないんですよね?」

「まあの。しかし、これが事実であれば厄介じゃ。いくら今の世が平和とはいえ、どのような悪人がいるかわからぬ。もし、その者たちに知られてしまえば、とてつもなく厄介なことになる。だからこそ……捜索が必要というわけじゃ。それに、おぬしはほれ、空が飛べるじゃろう? 魔女じゃからのう」

「まあ、魔女や魔術師はそうですからね。ただ……なぜ私を捜索に? もっと私よりも強い人とかいますよね?」


 ルーシェは自分以外にもいたのでは? と、もっともな疑問をぶつける。

 それに対して、男は自身の髭を撫でながら疑問に対しての回答を告げる。


「そうじゃな……ま、勘じゃな。なんとなく、おぬしならば、と思ってな」


 なんとも身も蓋もない話である。


「……わかりました。あなたの勘はよく当たると評判ですからね――学園長」


 一瞬、面食らったような表情を浮かべるが、諦めたような笑みを浮かべると、ルーシェは捜索の件を了承した。


「ほっほ! では、頼んだぞ。いつも通り、おぬしのカードに、資金を入れておくのでな」

「わかりました。では、この後旅支度を始めますので、これで失礼致します」

「うむ、見つけたら是非とも、こちらへ連れてきてほしい。……もっとも、強制ではない故、穏便にな」

「はい。それでは」


 そう言って、ルーシェは部屋を後にした。

 一人になった部屋で学園長と呼ばれた男は、


「……さて、どのような人物が現れることやら」


 小さく笑みを浮かべながら、そう呟いていた。



 翌日。


 旅支度を済ませたルーシェは、早速とばかりにティルク大陸へと向かった。


 ティルク大陸、それはこの世界――『リリファナ』に存在する四つの大陸の内の一つの名称だ。

 あまり人の手が入っておらず、自然が豊かであることが特徴であり、同時に人口が最も少ない大陸でもある。

 人口が少ないのには理由があり、その理由は、この世界にて最も数が少ない獣人族と呼ばれる種族しか住んでいないからだ。


 獣人族。

 それは、この世界に存在する三種族の一種族であり、同時に三種族の中で最も身体能力が高いことでも有名だ。

 大きな特徴としては、動物の耳と尻尾が生えている事が挙げられる。

 そして、容姿が整っているとも。


 高いな身体能力を持ち、同時に整った容姿を持つとなれば、当然様々な目的で狙われることになる。

 それは戦力を目当てにした奴隷であったり、性的な意味での奴隷であったりと、様々であり、その誰もが高値で取引されたという記録が残っている。

 そしてそれが原因となり、獣人族たちはティルク大陸からほとんど出ることが無くなった。


 ある種の自然の要塞のような大陸であるため、攻め込むにしても複雑な地形を把握し、分散しまくっている村を探さなければならないと言う理由から、攻め込まれることはなかった。

 それから、この地にまつわる噂として、何らかの加護がかかっている、とも言われているが真偽のほどは定かではない。


 尚、その奴隷騒動があったのは今から数百年以上前のことであるため、獣人たちの間ではあまり問題視されなくなっている。

 とはいえ、また同じようなことが起これば二の舞になるだろうが……。


 と、そんな知識を頭の中で思い出しながら、ルーシェは大陸の空を飛ぶ。

 箒で。


「それで、北西にある目的地までは……まだかかる、かな」


 かなりの速度で空を飛んでいくルーシェだが、目的地のエリアまでは遠そうだと少し憂鬱な気分になった。


 しばらく飛行していると、空が暗くなってきたので、ルーシェは近くに村があるのを見つけると、今日はそこに泊まることにして地上に降りた。


 魔女であることに驚かれはしたものの、すんなりと宿泊させてくれることになり、ルーシェはそこで疲れを癒すことにした。



 それから数日をかけて目的地のエリアに到着。

 大陸の端に近い位置にある村を見つけると、ルーシェはその村に降り立つ。


「のどかでいい村……」


 降り立った村は、なんとも穏やかで、優しい雰囲気がある村だった。

 別段裕福そうには見えないが、村人たちが仲良さそうに生活しており、問題らしい問題が起こりそうにもない場所に見えた。


 どう見てもよそ者なルーシェを見ても、気さくに挨拶をしてくれるほどである。

 酒場らしき場所の横を通り過ぎると、中からは賑やかな笑い声が聞こえて来て、ルーシェの心がなんだか温かくなった。

 こういう村を見ることを好んでいるためだ。


「おや、珍しい。魔女のお客さんだ。いらっしゃい」


 村を見て歩いていると、ふと声をかけられた。

 声がした方向に視線を向けると、そこは八百屋のようで、様々な果物や野菜類が置かれていた。

 どれも品質は良く、とても美味しそうだ。

 そんな感想を抱きながら、ルーシェは声をかけてきた男に簡単な自己紹介をする。


「初めまして、ルーシェ・ジュアルドと申します」

「これはご丁寧にどうも。俺は八百屋をやってる、ドーズンだ。よろしくな」

「よろしくお願いします」


 握手を求めてか、片手を出されるが、ルーシェは笑みを浮かべながらその手を握った。

 ドーズンは嬉しそうに破願した後、ここに来た目的を尋ねた。


「それでジュアルドさんは、どうしたってこんな辺境な村に? 見ての通り、ここは何もない村だぞ? 旅人……っていうわけじゃなさそうだし」

「そうですね。私は旅人ではなく、学園生でして……」

「学園生? それは噂に聞く、アベリア学園のことかい?」

「はい。私はそこの二年生で、学園長の命でこの大陸にやってきました」

「ほーう、あの学園の……。しかし、一体どんな命でここに? この辺りには見ての通り、何もないはずだが……」


 苦笑しながら、何もないとルーシェに話す。


「実は、この大陸に異能保持者がいるという情報があったようでして、私はその調査、及び捜索に来た次第です」

「なるほど、異能ねぇ……」

「あの、情報がありましたら、是非お聞きしたいのですが……何かないでしょうか?」

「情報……」

「何でもいいんです。些細なことでも構いません。もし心当たりがなければ、いなかった、という風に学園側に報告するだけですので」


 何もなければそれはそれでよし、情報があればその人物を探す、そう決まっているので、結果として今は二通りの可能性がある。


 しかし、ルーシェ的にはどちらでもよかった。

 獣人族たちが暮らす村、という物が見られたから。


 それに、多分いないんじゃないかな、と思っていたのもある。

 それくらい、目当ての人物を探すことが困難であるためだ。


(十中八九、外れかな)


 なんて、苦笑しながらそう考えるルーシェだったが、その予想は外れることとなる。


「あぁ、一人だけ、もしかしたら、っていう子がいるな」

「っ、ほんとですか!?」


 まさかの返答に、ルーシェは思わずいっと顔を近づけ、ドーズンはその勢いに押されて、少したじろぐ。


「お、おう」

「あ、す、すみません、つい、驚いてしまって……」


 やってしまった……と、顔を赤らめるが、ドーズンは、ははっ、と笑って、


「あー、いや、気にしないでほしい」


 と言ってくれた。

 それにルーシェはほっと一安心。


 下手な行動をとると、情報がもらえなくなるかもしれない、という状況になりかねない以上、慎重にならねばならないと思っているためだ。


「……で、情報だったね。この辺りは本人じゃないから何とも言えないが……実はこの村には一人で暮らしている子供がいてな」

「子供、ですか? ちなみに、歳は?」

「十一歳だ。本当は六年前までは両親がいたんだが……今はいなくてね。その子は一人で暮らしてるのさ。で、その子は毎日森に行っては遊んでいるんだよ」

「遊ぶ……まさか、精霊?」

「お、ジュアルドさん知ってるのかい?」

「いえ、その噂というのが、なんでも数多くの精霊と遊ぶ者がいる、という物でしたので……」

「なんだ、あの子はそんなに噂になってたのかい。なら話が早い。俺はまぁ、親代わり……というわけじゃないが、あの子を心配していてね。優しく、強い子供なんだが、やっぱり寂しいんだろうなぁ。時折、一人で泣いてるみたいでさ。村の奴らは心配なんだよ」

「一人……」


 その言葉を聞いて、ルーシェは少し胸を痛めた。

 六年前から一人で暮らしているという事は、つまり、五歳の頃から一人で暮らしてきた、ということになる。


 その相手は果たして、ちゃんとご飯を食べているのだろうか? ちゃんと眠れているのだろうか? それからそれから……と、まだ会ってもいないのに、なぜかすでに心配な気持ちで心の中がいっぱいになっていた。


 一体どんな子なのか。


(ドーズンさんの言葉から考えても、色々な人からたくさん愛されている子なんだろうけど……)


 どんな子供なのか気になって仕方がない。

 そんな状態だ。


「あぁ。だからまぁ、あの子にも家族。もしそうじゃなくても、気心知れた友人がいればいいんだが……見ての通り、この村にはその子以外に歳の近い子がいなくてね。だから、精霊と遊んでいるのさ」

「そうなんですか……」


 ドーズンに言われ、周囲を見回してみると、たしかに十代前半の子供が見当たらない。


 いるにしても、二十代手前くらいの人であったり、反対に小さな子供であったりだ。


「ま、あの子は好奇心旺盛だ。ジュアルドさんが行けば、嬉しそうに話すんじゃないかね?」

「そう、ですか?」

「あぁ。ま、せっかくだ。その子に会ってくるといい。あの子は、外の世界にも興味があるみたいだし、ちょうどいい機会だ」

「……わかりました。会いに行ってみます。その子は森にいるんですよね?」

「そうだ。ここをまっすぐ行くと森に入る道がある。その先にいるぞ」

「ありがとうございます。それでは、早速行ってきます」


 お礼を告げてから、ルーシェは教えてもらった森へ向かった。

 その途中、


(見知らぬ人に、あんなに情報を教えてくれるなんて……ちょっと心配かな)


 あそこまで情報をくれたことに、ルーシェはこの村の人がちょっと心配になった。



 教えてもらった道を進み、森の中に入ってからしばらくすると、何やら声がルーシェの耳に入ってきた。


「――――なのです! こっち、なのですよー!」

《待て待てー!》

《捕まえるー》

《シロはやーい!》


 声は複数存在しており、そのどれもが純粋な子供の声だった。

 その中で一つ、とても可愛らしい、鈴を転がしたかのような、綺麗な声が混じっていた。

 少し足を速めて歩くルーシェ。

 そしてついに、その場所に到着。


 その先に広がっていたのは、一人の猫人の子供と、たくさんの精霊が遊んでいる光景だった。

 長く、雪のように真っ白な髪と、大きな蒼い瞳が特徴の、とても可愛らしい子供。


(髪が長くて、ワンピースも着ているから……女の子、かな? すごく可愛い子……)


 それが子供に対して抱いた、ルーシェの最初の印象だった。

 しかし、何よりも一番鮮烈に映ったのは、その子供が楽しそうに、精霊たちと遊んでいる光景だった。

 きゃっきゃと。

 そんな姿を見たからか、ルーシェの口からは、


「――すごい」


 そんな言葉が自然と零れていた。


 これにより、ルーシェは猫人の子供――シロとの出会いを果たしたのである。


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 絶対今回の冒頭部分、前回の方がよかったやん、と後悔してます。まあうん、仕方ないよね!

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