第9話
「エリス、どこにいるエリス?」
朝日の差しこむ心地よい雰囲気の中、いつもの時間に起床したシュノード様はそう言葉を発しながら、王宮廊下の中をゆっくりを進んでいく。
その時自分の部屋の中にいた私は、急いで彼の前に出るにふさわしい格好に準備をすると、そのまま部屋を飛びだして彼の元まで向かい、挨拶を行う。
「おはようございます、シュノード様」
「おはようエリス。今日はすごくいい天気だね。なんだかすごく気持ちが良いよ」
…それは、私にとっては非常に不思議な光景だった。
シュノード様の機嫌が、これまで私が見たことのないほどに上機嫌だったからだ。
こういう時、私はエリスとしてシュノード様に『なにか良いことがあったのですか?』と聞くことが強制されている。
私はそれに逆らわず、努めて自然な雰囲気でそう言葉をかける。
「シュノード様、今日はお姿がものすごく明るく見受けられます。なにかうれしい事があったのですか?」
「……」
…私の発した言葉に、シュノード様は静かに黙ったまま答えない。
けれど、その雰囲気は変わらず上機嫌な様子のままであるため、私にはむしろそれが非常に不気味に思われた…。
「…シュノード様?」
「…エリス、答えてほしい」
「…?」
その時、シュノード様はそれまでと少し雰囲気を変え、私に対してそう言葉を告げてきた。
…こんな状況はほとんど経験してこなかった私には、ここで一体なんと言葉を返すのがエリスとして正解なのかわからなかった。
けれど、なんとか不自然にならずに済むよう必死に頭の中を回転させ、言葉を返す。
「シュノード様、私は何でもお答えしますよ。いったい何があったのですか?」
「…エリス、君はエリスだろう?」
…シュノード様はややその瞳をうつろなものとしながら、それでいて顔は笑っているような表情を見せながら、私にそう言葉を発した。
「はい、エリスですよ。私は正真正銘、シュノード第一王子様の婚約者のエリスですよ」
「そうだな…。そうに決まってる…」
私はこれまでにも、これと同じような質問を投げかけられたことがあった。
その時はエリスらしくない答えだと言われて叱責されたけれど、どうやら今回はきちんと彼の気に入る答えを言えたらしい。
…でもそれにしては、シュノード様は複雑そうな表情を浮かべていた。
「エリス、僕の周りの人間たちが妙な事を言ってくるんだ…。本物のエリスがどうだとか、いなくなったエリスがどうだとか、その情報がどうだとか…。僕には言っている意味がさっぱり分からないから、そのすべてをはねのけてはいるんだが…」
「……」
「だってそうだどう?本物もなにも、エリスはこの世界に一人しかいない。君だけが僕にとってたった一つの、たった一人のエリスなんだ。そこに本物も偽物もありはしない。だというのに、周りの奴らときたらおかしなことを言うんだ。エリスは少し前にいなくなっただとか、偽物にしては完成度が高いだとか…」
…私はその時、不気味な雰囲気を浮かべるシュノード様の正体の一端を理解することが出来た。
…もしかしたらシュノード様は、私の事を本物のエリスだと認識し始めているのではないだろうか、と…。
「…もう一度答えくれ、エリス…。君は本当に本物のエリスだよな?僕を置いていなくなったりしないよな?僕の隣にい続けてくれるんだよな?」
「……」
その時、私はシュノード様からの言葉に即答することが出来なかった。
今までは、偽物としての自分を演じることだけを考えてきた私。
でも、今私がここで本物だという事を宣言してしまったなら、それこそオクトが言っていた通り、今度こそ本当に私は私を失ってしまうような気がしたから…。
「…シュノード様、落ち着いてください。私はシュノード様の心に開いた隙間を埋めるだけの存在であり、本物のエリスでは…」
「あぁそうだ。僕たちの真実の愛を使用人たちにもう一度知らしめてやることにしよう。そうしたらきっと向こうも現実を受け入れて、変な事を言うのもやめることだろう。エリス、付き合ってくれるね?」
「……」
「…エリス、僕の前から逃げたりするんじゃないぞ?もしも君が何処かに消えてしまったなら、その時僕は…」
…シュノード様は私にそう告げると、そのままそそくさと私の前から姿を消していった。
私の役目は、本物のエリスが見つかるまでのつなぎに過ぎなかったはず。
それが今、完全に崩壊しつつあるという事を、私はまざまざと見せつけられたのだった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます