第8話
エリスの元を離れ、1人自室に戻ってきたシュノード。
しかし今の彼の雰囲気は、この国の頂点に立つ麗しき第一王子らしからぬ、大いに興奮した動物のような雰囲気であった。
「はぁ…はぁ…あれこそまさにエリスだ…」
先ほどエリスに告げたあの言葉は、やはりシュノードが本心から放った言葉であった。
これまで毎日のようにセレーナの事をエリスとするべく教育を続けてきた彼にとって、今日の彼女の雰囲気はこれまでにないほどの魅力と刺激を感じたのだろう。
「ようやく…ようやくここまで来たのだ…。エリスが姿を消してから、どれくらいの時間が経ってしまったのか…。果てしなく長いほどの時間が過ぎてしまった気がする…。今の自分のやり方が、本当は間違っているのではないかと思ったことだって一度や二度ではない…。僕はその度に自信を失いそうになってきた…。しかし、今日、ようやく、ようやく僕は出会うことができたんだ…!今日僕が話をしたのは、まごうことなきエリス本人だった…!その容姿、その雰囲気、そのしゃべり方、まさしくこの僕の事を温かく包み込んで癒してくれる存在そのもの…!!」
シュノードは自身のベッドの上に勢いよくダイブすると、悶絶するかのような雰囲気を発しながらその全身を激しく痙攣させる。
エリスがその姿を消してからというもの、彼がここまで喜びの感情を爆発させたことは一度もなかったことだった。
「エリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリス………」
コンコンコン
「エリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリス……」
コンコンコン
「エリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリスエリス……」
「…シュノード様、入りますよ??」
シュノードの声は聞こえるものの、ノックに対する返事がないことを不思議に思ったのか、シュノードの元を訪れた使用人は恐る恐るといった様子でそっと部屋の扉を開けた。
すると、その開閉音がシュノードの荒ぶる感情を現実に引き戻したのか、彼は一瞬のうちにその表情を冷静なものに戻し、自身の元を訪れた使用人に対してこう言葉を発する。
「なんだ、なにかあったのか?今僕は非常に心地の良い時間を一人で過ごしていたのだが…」
「シュノード様の大切な時間を邪魔してしまい、大変申し訳ございません…。しかし、これはすぐにお伝えしなければならない事象であると思いまして…」
「ほう……」
長らく第一王子としての仕事を全うしてきたシュノードであったものの、使用人がこのような雰囲気で報告を持ってくることはあまりないことだった。
それゆえ、その内容の重要さは彼自身もすぐに察し、彼はそのまま自身の心を落ち着かせたのち、こう言葉を返した。
「さて、一体なんだ?なにがあった?」
「はい…。実は、エリス様の事なのですが…」
「エリス?エリスならさっき僕と話をしていたが?」
「いえ、失踪されてしまわれたエリス様の方です」
「……」
失踪してしまったエリス。
それは、つい先ほどセレーナによって寂しさを紛らわせられていた存在。
しかし、彼がいまだその心の中において非常に強く欲する存在。
「…エリスがどうした?」
「憲兵を束ねている貴族家からの報告によれば、エリス様に関する重大な情報を入手することに成功したと。エリス様はつい先ほどまで、この王宮の近くで食事をされていたそうなのです」
「…それで?」
「…そ、それで、とは?」
「だから、それだからどうしたと言っているんだ」
使用人からもたらされた報告を聞き、シュノードはどこか機嫌を損ねるような表情を浮かべて見せる。
…これまでであればエリスの情報にはどんな小さなものでも食いついていたというのに、その雰囲気は今の彼には全く感じられない。
「シュ、シュノード様…?エ、エリス様の情報ですよ…?あれほど欲しておられたエリス様の情報なのですよ…?そ、それなのに一体どうされたのですか…?」
当然、使用人はその点を不審に思い、恐る恐るといった雰囲気でシュノードにそう言葉をかける。
…しかし、それに対するシュノードの反応は冷たかった。
「…僕は、もうそんな情報を欲してはいない。むしろ大切な時間を邪魔されてそんなものを持ってこられて、非常に不愉快だ。今後二度とこのような事はするな、いいな」
「……」
…非常に強い口調でそう命令を告げるシュノード。
そこにあった彼の姿は、まぎれもなくその心をセレーナに動かされている存在そのものだった…。
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