第7話

「エリス、この間のお茶会の事聞いたよ。なかなか盛況だったそうじゃないか」

「はい、非常に楽しい時間を過ごすことができました」

「うむうむ、君が楽しんでくれたというのならそれが一番だ。相手方の貴族連中の話じゃ、エリスのふるまいにも違和感あるものはなかったとのこと。ようやく君も、本当のエリスに近づいてくれているということだな」

「はい…。ありがとうございます」


シュノード様は私の事をほめる意味でそう言葉を発しているのだろうけれど、私にとってその言葉は全くうれしいものではなかった。

自分自身を偽ることが素晴らしいだなんて言われて、喜ぶ人間がどこにいるのだろうか。


「シュノード様こそ、長時間にわたる王室会議、本当にお疲れさまでした」

「あぁ…。貴族家どうしの調整や新しい政策における会議が長引いてしまってな…。能力のある者ばかりならば話もスムーズに進むのだろうが、そうでない者が多いとなかなか面倒だ…」

「それでも、お相手の事を想われて終始丁寧な雰囲気で会議を運ばれたと聞いております。さすが、シュノード様でございますね」


正直、私は何か考えて話をしているというわけではない。

シュノード様から毎日のように叱責され、毎日のように激しい言葉をかけられていく中で、勝手に体が彼の喜ぶ言葉を選んで口にし始めているのだ。


「…エリス、君は本当にうれしい言葉を言ってくれるな。今僕は心から、君との関係を選んでよかったと思っているよ」

「選んでいただいたのはこちらの方ですよ、シュノード様。私の方こそ、どれだけ感謝してもしきれない思いを抱いています」

「そうか…そうか…」


私の発した言葉がかなり心に刺さっているのか、シュノード様はうれしそうな表情を浮かべながら自身の胸の中の思いをかみしめている。

…これらもすべてあなたがこう言うように指示をしたものだというのに、無関係な私のそんな作り物の言葉でも心を動かされるだなんて、どこまで痛々しい人物なのだろうか…。

自分が納得いかない出来の言葉を私が返したなら、それこそ人格が豹変したかのような口調で言葉を発するくせに…。


「貴族連中も言っていた。シュノード様の事がうらやましいとな。こんな美しく理解のある相手とであるだなんて、それこそ普段の行いや振る舞いが非常に素晴らしいものでないとダメだと。まだまだ未熟な自分たちでは到底達することのできるものではないと。彼らはそう言っていたよ」

「そうですか。実に素晴らしいお考えですね」

「エリス、君にはもっともっと成長してもらいたい。もっともっとこの僕の事を癒してもらいたい。僕はそのために君の事を婚約者として選んだのだ。絶対に期待を裏切らないでもらいたい」


婚約者として選んだ、と言えば聞こえはいいけれど、結局私が期待されているのはただの身代わり。

彼が愛しているのは私ではなく、私の後ろに見えるエリスの幻影にすぎない。

…けれど、それに逆らうことも、拒否をすることも、今の私には許されていない事…。


「シュノード様の事をもっと癒して差し上げることができるよう、頑張りますね」

「エリス、僕の事をもっともっと思い出してくれ!君はもうエリスになりつつあるんだ!今の君ならできることだろう!」

「……」

「エリスになる前の記憶や人格など、一切必要ない!そんなものは誰にも求められてはいないのだから!ここでは僕の求めに応じ、エリスとしての君だけを残すんだ!君ならばそれができると信じている!第一王子であるこの僕の期待を裏切らないでくれ!」


…シュノード様は今日非常にテンションが高いのか、かなり興奮したような口調でそう言葉を発する。

その勢いに私は押されてしまい、なにか反応を返すことができないでいた。

…すると、そんな私の姿を見たシュノード様は、低い口調でこう言葉をつぶやいた。


「…エリス、今日はもう休んでくれて結構だ。これ以上会話を続けて君が何か余計なことを言ってしまったらすべてが台無しだから、今の時点での美しい思い出に今日は浸ることにするよ。それじゃあまた明日」


シュノード様は一方的にそう言葉を言い放つと、そのまま足早にそそくさと私の前から姿を消していった…。

…私の事など何にも考えていない彼らしい去り方だけれど、私は今日見た彼の姿の中に、これまでにないなにかを感じずにはいられなかった…。

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