第6話

「なんだオクト、今日も家の仕事をさぼるのか?」

「分かってくれお父様。今動かなかったら一生後悔することになるんだ」


オクトは自身の屋敷の中で、父であるガラル伯爵と口論を繰り広げていた。

その話題の中心はもちろん、エリスとして婚約する使命を負ったセレーナに関するものである。


「お前の言いたいことは分かる。しかし、こればかりはもうシュノード様の決定された決定事項だ。例え我々貴族家がどれだけ動き回ろうが、もはや覆すことはできないことだろう。オクト、優秀な目を持つお前ならもうすでに気づいているのではないか?」

「だとしてもですよ、お父様。ここで俺がセレーナの事を諦めたら、彼女は二度とセレーナとして生きていくことが出来なくなるのです。一生偽りの自分を演じて生き続けるだなんて、こんなひどい話はないでしょう?」


それは、オクトにとって非常にストレートな思いだった。

彼は大げさでも何でもなく、心の底からそう思っていたのだった。


「だがなオクト、現実を見るんだ。第一王子という存在は、この国で最も権力の強い存在である。そんな存在に楯突いたなら、それも婚約者に関わることの声を上げたなら、どのような結末を迎えるかなど子どもでもわかることだろう?」

「…お父様、正直におっしゃられたらいかがですか?」

「…なに?」


オクトは非常に低い口調でそう言葉を発し、ガラルの事を鋭い視線で見つめる。


「お父様は、ご自分の立場ばかりを考えておられるのではないですか?やっても無駄だからやるなと言うのは建前で、その実本当に心配されているのは伯爵家がシュノード様ら王室の者たちから睨まれることなのではないですか?」

「……」

「…俺とセレーナは小さなころからいっしょだった。それはお父様も覚えておられるでしょう?彼女は本当に素直でかわいらしくて、貴族令嬢らしからぬあどけなさをも持ち合わせていました。…でも、このままではそれがすべて失われてしまうのですよ?」

「……」


オクトの口調は非常に淡々としているものの、そこにはセレーナに対する確かな熱意が存在していた。

だからこそガラルはそんなオクトの思いを、強くは否定できないでいるのだろう。


「もちろん、覚えているとも。昔から仲が良かったんだからな。私の事を実の父親のように慕ってくれた日の事も、今でもよく覚えている」

「なら、やることは決まっているでしょう!」

「…しかし、さすがに相手が相手だ。まともにぶつかったところで勝ち目などありはしないだろう。勝算でもあるのか?」


探りのつもりなのか、それとも警告のつもりなのか、オクトに対してガラルはそう言葉を発する。

それに対しオクトは、やや得意げな表情を浮かべながらこう言葉を返した。


「そもそも、おかしいと思いませんか?どうしてエリスが忽然と姿を消してしまったのか。二人は恋人という関係ではなかったそうですが、誰の目にもその距離の近さは知られているところでした。ゆえに、あのまま行けば彼女は間違いなくシュノード第一王子の隣に立つ、第一王子妃となることを約束されていたことでしょう。にもかかわらず、それを蹴って自ら姿を消してしまった」

「自ら、かどうかは分からないぞ?何者かに連れ去られたという可能性だって消えてはいないはずだが?」

「いえ、それはないと思っています。シュノード様はエリスの事を溺愛していましたから、過剰なまでに彼女に対して警護をつけていました。あの中から彼女の存在だけを、誰にも悟られずに連れ去るというのはなかなか考えにくいです。むしろそれよりも、自分一人ではいなくなれないから彼女の方から相手に協力を求めて、結果的に自分が望むように王宮からから消えていった、という可能性の方が高いのではないかと思っているくらいです」

「ふむ…。それで、どうするというのだ?」

「エリスの後はシュノード様が血眼になって追われましたが、結局見つからず仕舞い。なら俺は、エリスがいなくなった理由を探ってみたいと思っています」


ガラルに対してそう言葉を発するオクトの表情は、強い決意に満ちたものだった。

その姿をまざまざとみせられてなお、その言葉と思いを否定する気には、ガラルはなれなかった。


「…やれやれ。まぁよかろう」

「…?」

「オクト、ひとまずこっちの事は私が何とかしておく。シュノード様からもなにか探りが来るかもしれないが、うまくかわしておく。好きにやるといい」

「お、お父様…。あ、ありがとうございます!!!」


オクトはそう言うと、そのまま足早にガラルの前から姿を消していった。

その背中を見るガラルの表情は、心なしかどこかうれしそうなものであった。

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