第5話
私が参加するお茶会は、決まって最も位の高い席が用意されていた。
けれどそれは、私の存在がエリスであるからこその話。
決して私自身の位が高いからではない。
「エリス様、本日も非常にお美しい…。お仕事に向かわれているシュノード様も、さぞそのお心を苦しめられておられることでしょう。早く帰って美しきエリス様に会いたい、と」
「侯爵様ったら、いつもお上手ですね。でもうれしいですわ。ありがとうございます」
机を囲う形で、私を含めて7人の人物がこのお茶会に参加している。
シュノード様はお仕事でこの場にはいないため、実質的にこのお茶会はこの私が取り仕切るような形となっている。
だからみんな、こうして私の機嫌を取るべく必死にふるまってくるのだった。
「エリス様はどのようにしてシュノード様のお心をつかまれたのですか?私恋愛話には疎いものですから、ぜひ聞いてみたいと思いまして…」
「おいおい、そんなことをいきなりお聞きするなんて失礼だろう。エリス様は第一王子妃となられるお方だという事を分かっているのか?」
私に質問を投げかけてきた男性の事を、別の男性が制する。
どちらも決まって、エリスとしての私にかっこよく認識されたいからこその行動なのだろう。
…この王宮に来てまだ時間はそんなに長いわけではないけれど、こういった下心の部分はよく感じ取れるようになっていった。
「大丈夫ですよ、お二人とも。しかし、シュノード様のご許可を得ずに私が勝手に話を進めることはできませんので、どうかご了承ください」
「そ、そうですか…。そうですよね、失礼な事を聞いてしまって申し訳ない…」
「ほら見たことか。エリス様はどのような時もシュノード様の事を第一に考えておられるのだ。無粋な事を言うものじゃない」
先ほども言った通り、この場にはシュノード様はいない。
しかしだからと言って、私の心が休まるわけではない…。
なぜなら、シュノード様は自分がいない場所で私がどんな行動をして、どんな言葉を口にしたのか、そのすべてを後からくまなくチェックしていくのだ。
このお茶会で言えば、私以外の参加者たちに後から聞いて回り、私の印象を回収していくのだろう。
そこで彼がイメージするエリスと少しでも違った印象を相手に与えていたのなら、私はすぐさまシュノード様のもとに呼び出され、その部分を矯正するよう迫られるのだ。
「では、反対の事をお聞かせ願いたい。エリス様はシュノード様のどこを、特にお好きなのですか?」
「……」
こういった質問が最も危ない…。
私がここで何と答えるか、この場にいないはずのシュノード様がばっちり監視を行っているからだ…。
私はセレーナとしての自分を必死に押し殺し、エリスならば何と答えるのかを頭の中でイメージしていく…。
そして、それらしき言葉が脳裏に浮かんできたところで、ゆっくりとその内容を口にしていく…。
「私とシュノード様は、もともとが幼馴染の関係ですから。なのでお互いに思いはよくわかっていたことと思います。そういった点で言えば、元からの壁が薄かったのかもしれません。だから自然と距離が近づいていったのだと思います。だって、気づいたら好きになっていたのですから」
「ふむふむ、幼馴染来の深きご関係とは…。やはりお二人はお熱いのですねぇ…」
わざとらしくそう言葉を返してくる貴族家の男性。
おそらく彼は、そう言う事で私の機嫌がとれると思っているのだろう。
身代わりの婚約者としてこの王宮に入った私の事を、彼らが快くおもっているはずがない。
なぜなら、私がここに居るという事は彼らが今まで築き上げてきた本物のエリスとの関係がすべてリセットされたという事を意味するのだから。
「そこまでシュノード様と心を一つにされているとは、シュノード様もエリス様の存在を心から喜んでおられることでしょう。いやはや、妻との関係があまりうまく行っていない私としては非常にうらやましい限りですな」
「おいおい、それはお前が悪いだけの事だろうが」
「はっはっは、これは手厳しい…。少しくらいエリス様から幸せをおすそ分けしていただいたってばちは当たらないというものでございましょう?」
「大げさですよ皆さん。私はそのような大きな存在などではございませんから」
私との距離を少しでも縮めようという彼らの思惑が透けて見える中で、私は同時にエリスとしての振る舞いを完ぺきにこなさなければならない。
…こんな日々を送ることは当の昔にあきらめていたことではあるけれど、今の私にはこの日々を我慢するだけの勇気があった。
「(オクト、あなたの事を信じているから…)」
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