【最終章】
第50話
【最終章】p50
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有る筈の無い髪の毛が私の頬を優しく撫でる感覚を味わっている。
私が魂だけの存在になってからの途方もない時間の間に、様々な人の肉体を体験した余韻がくっきりと残っているのだ。
魂の強いエネルギーが濃縮して、うっすらと人型の影さえ作っている。
涙の感覚もある。
ただ涙が流れるのを感じるだけで、それによって癒されることは無い。悲しみも苦しみも虚しさも和らぐどころか増幅してしまう。
私は自分の流した涙の海に浮いているような錯覚に陥った。
しかし此処は宇宙。
遠くに我が銀河系とアンドロメダ銀河の合体した巨大銀河が、大きな渦を巻いて浮かんでいる。
涙の海と感じたのは、私以外の魂が充満しているからだ。
宇宙そのものがとても濃厚になっている。
魂がぎっしり詰まっているのだ。
この宇宙でもまた魂が巨人を造るのだろうか?
そして再び同じ悲劇を生むのだろうか?
地球という星の平凡な女の子として生まれ、自分の意志で魂だけの存在を選んだちっぽけなちっぽけな私に、あんな壮大な前世、歴史があったなんて………
私は言葉を失ってしまった。
ここで私の旅は終わり?
私に出来ることは何も無いの?
二つの穏やかな光の玉が何処からとも無くやってきて、私の周りをグルグルと飛び回っている。
あのフラゴナールの絵画から出てきたような裸の天使達だった。
相変わらず聡明な瞳を輝かせ、にっこり微笑んでいる。
遥か彼方の真っ黒な空間が、ゆらゆらと蠢き出した。
少しづつ濃淡がはっきりしてきて、年老いた神の顔が現れ出した。
苦しげに目を閉じて俯きかげんの彼は、とても疲れた表情をしていた。
それから徐にその目を開くと、私の方をじっと見つめてゆっくり頷いた。
「よくここまで辿り着いた………
どんなにか辛かったであろう………
君は充分に罪の償いをしたと言える。
約束どおり、もう一度君を地球に生まれ変わらせてやろう」
静かだけれど雷のような太い声が響いた。
「本当ですか? いつの時代に?
この宇宙は既にビックバン前の宇宙の週末に近い状態と同じになりつつある気がするのですが、私が望む時代に戻れるのですか?」
神は初めて微かに微笑み大きく頷いた。
「君の魂が求める相手は、君が来てから60年後に地球を去った。
その直後に戻り、君とその相手を別の命で蘇らせてやろう。
君が感じているとおり、今この宇宙は終末を迎えようとしている。
新しい宇宙へのビックバンを果たす為に収縮を始める日も遠くは無い。
多くの銀河がブラックホールに飲み込まれ、ブラックホール同士の食らい合いも究極を迎えて、生き残ったたった一つのブラックホールが巨大化し、我々宇宙そのものをも飲み込もうと構えているのだ」
見ると、神の顔の反対側に、砂時計型をした巨大なブラックホールがもの凄い迫力で渦巻きながらよこたわっていた。
ドスンドスンゴーゴーと地響きのような轟音も響いている。
「あのブラックホールが君が望む場所と時間に導いてくれるであろう。
ブラックホールの先はホワイトホール、そこを通って生まれ変わるのだ」
轟音とともに、彼方からシューマンの『トロイメライ』が聞こえてきた。
何故だろう………?
「今度こそ上手く生まれ変わって、相手としっかり結ばれるのだ!
そうすることで、ビックバン以前の総ての魂を救い、この宇宙をも救うことができる。
しかし、タイミングを間違ってはいけない!
この宇宙が収縮を始める直前ホワイトホールが開く。
ホワイトホールが完全に開ききって、収縮を始めるその瞬間に飛び出さなければならない。
遅れても早まってもいけない。
万分の一秒でもズレれば、君達はまた悲劇的な関係で生まれてしまう。
いいね 」
挿し絵です↓
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