第37話
Ⅱ【旅】〔輪廻〕p37
タミーが入ってきた口の反対側の壁が一部ゆらゆらと揺れ始めた。
そしてやはり水を掻き回したように
もはや真空の中で自分を操る術を習得したタミーは、慌てて身を起こし、蠢き部分を見据えて身構えた。
現れたのはやや小ぶりな透明球。
織姫と牽牛が乗っていたものを一回り大きくした感じの球で、中にパール色に輝くウエットスーツのようなものを着た、スキンヘッドの男性と思われる人間らしき姿があった。
彼はタミーを暫くじっと見つめていたが、そのうちタミーの方へ向かって動き出した。
彼が乗っている球のタミー側が蠢き、彼を外へ
緊張して身構えているタミーに向かって、彼は立った状態のまま足も動かさずスーッと近づいてきた。
近づくにつれ、ウエットスーツ全体が虹色に細かく点滅していることが分かった。
このウエットスーツが重力を制御していたようだ。
彼がタミーの目前まで来た。
よく見ると、強弱はあるものの彼の顔も大きな頭も手も足も総てが虹色に点滅している。
ウエットスーツのようなものを着ているのでは無く、彼の身体自体が発光しているのだ。
重力はもちろん、彼のその時々の環境に合わせた様々な制御が、彼自身の身体で成されているらしい。
彼はとても美しかった。
全体の雰囲気から確かにタミーと同じ男性であることは感じ取れるのだが、華奢で繊細な輪郭、顔の大部分を占める大きくて澄んだ理知的な瞳、汚れの無い薄い唇、細くて長いしなやかな手足、タミーの知っているどの女性より柔らかく優しい仕草、総てが男性女性と区別することを罪と感じさせる程中性的な、人間と呼ぶことすら躊躇われるこの世の者とは思えない美しさだ。
タミーは彼がタミーと同じ地上の者では無いことを瞬時に感じ取った。
彼が目の前に来た今、タミーに恐怖心は全く無い。
むしろ穏やかな幸福感に満たされている。
彼はタミーの瞳を覗くようにじっと見つめて、静かに微笑んだ。
そしてその両手でタミーの両手をとり、一言二言意味不明の言葉、というより音を発した。
その声はやはり中性的で、抑揚は無いが、微風のように爽やかだった。
彼は笑顔のまま更にタミーの瞳を覗き込んだ。
虹色の点滅が強くなり、タミーの心の中に湖のような清んだ静けさが広がった。
遠くからタミーを呼ぶ微かな声が聞こえてきた。
でも彼の唇は動いて無いし、声も出していない。
しかし微かに聞こえていた声は少しづつ強くはっきりしたものとなり、彼がタミーの心の中に直接話しかけていることが分かった。
今度はタミーが彼の瞳を覗き込んで確認すると、彼は満面の笑みで大きく頷いた。
高度な知性が行き着いた純粋さと、生まれたての知性が持つ純粋さとが出会い、しっかりと結び付いた瞬間だった。
「私の名はトゥー。
遠い星から来ました」
そう言うとトゥーはタミーの手をとっていた片方の手を放し、自分の横に円を描くような仕草でグルリと回した。
するとその空間に大小様々な球が浮かんだ。
トゥーは太陽を指差してから、一番大きなオレンジ色の球を指差し、その周りを回転している色も大きさもまちまちな球の中から小さめの青い球を選んで指差し、次にタミーがついさっきまで居た青い青いキラキラ輝く丸い物を指差して、心の語りを続けながら太陽系と地球を説明した。
それから太陽系全体を包むようにグルリと手を回すと、太陽系が淡いピンクの半透明な膜で覆われた。
その後あちこちに無数の違った形の恒星系を出現させ、その恒星系の群れをまた今度は淡いブルーの半透明な膜で覆い、それが銀河系であることを説明した。
銀河もどんどん増やしていった。
最後に作った銀河は、我が銀河系と同じ渦巻き状で、一回り大きく美しかった。
トゥーはその銀河を指差し、自分の星がそこに有ることを説明した。
星の意味すら知らないタミーだったけれど、トゥーの丁寧な説明とバーチャル宇宙の出現で大体は理解できた。
トゥーは、タミーの恐れを知らない勇敢さと、総てを理解し受け入れる聡明さ、そして寛容さに驚きを隠せない様子で、満足げに頷いた。
「私にはアナタの胸に有る不思議なアザの秘密を残す使命があります。
アナタの魂と、金の髪、青い瞳、そして星形のアザを後世に送らなければならないのです。
このアザと同じ星形アザを持つ人間の居る時代に。
星形アザの言い伝えが本当なら、きっとこの地球で出会う筈。
タミーは具体的な意味を理解することは出来なかったけれど、直感的にトゥーの言葉に従うことがベストだと分かった。
トゥーはタミーを透明球の中央に連れていき、その位置に立たせたまま横壁に向かって手をかざした。
すると一点が点滅し、タミーが立っている部分の真上から、幅2㍍程で青紫色の光が降ってきてタミーをすっぽり包んだ。
それは一瞬で
「アナタのDNAをコピーさせてもらいますよ」
とトゥーが言い終わるより早く消えた。
「アナタにプレゼントを授けます!
そして、また地球で会いましょう!」
とタミーの心に強く訴えながら、トゥーは再びメカ模様の一点に手をかざした。
別の場所が点滅し、今度はトゥーの身体のようなパール色の光がタミーを包み、タミーの姿はその場から消えた。
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