第35話
Ⅱ【旅】〔輪廻〕p35
蒼女 は何か嫌な予感がしていた。
得たいの知れない恐怖に
影千代も同じだった。
蒼女を手放す寂しさや悲しみは勿論だけれど、やはり逃れられない恐怖に支配されていた。
蒼女が宮入りすれば、必ず天皇の寵愛を受けることになると分かっていて、娘を持つ他の貴族達の中には蒼女の命を狙う者が居ることも薄々感じていた。
蒼女宮入当日までのカウントダウンが始まった時から、影千代も蒼女も歩む道をどんどん逸れ出していると感じ始めた。
何か大きな力、この世を支配するとてつもなく偉大なものを裏切っている罪悪感さえ生まれていた。
自分達二人が異なったレールを辿るというなら、二人だけが持つ星形のアザには何の意味があるのだろう。
会った瞬間に感じた深い繋がりは、ただの幻想だったのか?
この事態を何とか避ける方法は無いのか?二人が結ばれることは出来ないのか?
二人は必死で考え、その可能性にしがみついた。
けれども、結局何も見つからず虚しく時は流れ、とうとう宮入りの日が来た。
蒼女が命を狙われていることや、蒼女の美しさが民を刺激する可能性を考慮し、深夜密かに宮入りすることを申し出て受け入れられた。
宮の方から大々的な迎えを寄越すという申し出もあったが、目立たぬようにせいぜい2名位にしてほしいと願い、こちらからも待女1名と影千代が同行することとなった。
実は『目立たぬように』というのは言い訳で、本当は二人だけの旅立ちにしたかったのだ。
せめて最後くらいは静かに悔いの残らない別れにしたかった。
ただ完全に二人だけというのは不可能なので、でき得る限りの少人数にするしか無かった。
人数が少なければ少ないほど、真実の道を切り開く奇跡が起こりやすい気がした。
奇跡など起こりはしないと分かっていながら、最後の最後まで奇跡を諦めたくなかった。
奇跡の起こり得る時間を少しでも長びかせるために、徒歩で宮へ向かうことも頼み込んだ。
世俗界との別れを惜しみたいのだろうと、宮も心良く承諾した。
いよいよ当日、宮からのボディーガード2名に挟まれる蒼女、その後ろに待女、そして少し離れて影千代。
蒼女はゆっくりゆっくり歩き、しょっちゅう振り返っては影千代の所在を確かめた。
二人とも奇跡を信じ、何も無ければ自分達の手で奇跡を起こそうと覚悟を決めていた。
一行は河原に差し掛かった。
二人でよく散歩した河原だった。
向こう岸で、大きな月が悲しげに二人を見つめている。
何か不吉な予感に襲われて、蒼女が盛んに影千代の方を気にしている。
待女はそんな蒼女を憐れんで涙ぐむ。
皆寡黙にひたすら歩き続ける。
月の輝く音が聞こえてきそうな程静かだった。
突然後ろでガサッという音とともに低い呻き声がした。
蒼女は咄嗟に影千代の方へ振り向き、自分の目を疑った。
蒼女の目に飛び込んできたのは、想像を絶する非情な光景だった。
影千代が何者かに背中から刺され、その剣先が左胸から30㎝程突き出ていたのだ。
影千代はまだ自分に何が起きたのか気づいていないかのように、呆然と立ち尽くしている。
蒼女も驚きのあまり声さえ出せない。
ボディーガードの一人が影千代の後ろに回ろうと走った。
影千代は蒼女を悲しみに満ちた目で見つめながら、フラッとよろけた。
蒼女はようやく現実に引き戻された。
「ぎゃあぁぁ~~~~~~影千代様~~~~~~!」
叫びながら蒼女は残ったボディーガードの防御を振り払い、まっしぐら影千代に向かって駆け出した。
「あ、あ、お、め…………や、め、ろ…………」
影千代が血走った目を見開いて叫んだけれど、蒼女には届かなかった。
蒼女は満身の力で影千代に抱きついた。
影千代の星形アザから突き出た剣は、蒼女の胸を突き刺し、その背中から剣先を出した。
影千代は蒼女をしっかりと抱き締め、大粒の涙を流しながら
「もう放さない……」
と何度も何度も囁いた。
青白い大きな月を背景に二人の黒いシルエットが永遠の悲しみと愛を訴えた。
一行を襲ったのは、他の貴族の荘園の管理人(後の武士)2名であった。
蒼女の姿を異様と見なし、星の動きや世の中に対する鋭い洞察力を持つ蒼女に恐怖感を抱いた民が、神として崇めている天皇の外戚に蒼女が関わるのは何か恐ろしいことの始まりだとして騒ぎ出し、それを抑え切れなくなった管理人達によって、蒼女と同じ星形アザを持つ影千代と蒼女の暗殺が企てられ実行されたものらしい。
自分達の命綱である貴族の存在自体が危うい様相を呈していた頃だから、民の不安は全てのものに強い警戒心を抱いてしまう程膨らんでいたのだろう。
暗殺者達はその場で討たれ、影千代と蒼女を憐れんだ天皇の御配慮でその遺体は
影千代と蒼女が息を引き取った直後、二人の育った屋敷内に有る池の片隅で、透明な球が青紫色の光を放ち、音も無く消えていったことは誰一人知る由も無かった。
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肉体的な苦しみと、最後には一つになった二人の心を包む幸福感とがない
蒼女であった私が運ばれてきた透明球を私は知っている。
そう、何処かで見たことがある。
その時、一瞬にも満たない速さの気配を感じた。
そうだ!織姫と牽牛だ!
彼らが乗っていた透明球!
今感じた気配に焦点を合わせて凝視してみる。
やはりそうだった。
今回は織姫側に私も居た。
相変わらずの容姿と純粋な愛の形…………
いったい何者なのだろう…………
魂を追う壮絶な旅がまた始まった。
私自身の魂は今回なかなか現れなかった。
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