第34話
Ⅱ【旅】〔輪廻〕p34
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時は平安、初夏の夜。
場所は京の都。
南の空に稲妻が光り、火の玉が輝く尾を引いて流れ落ちる。
火の玉は地上数百㍍程の高さから急にスピードをゆるめ、ゆっくりゆっくり音も無く落ちていった。
落ちた先はさる貴族の屋敷内にある大きな池の片隅。
見ている者は誰も居なかった。
蛙の卵に紛れたそれは、30㎝位の透明な球状で、人間の胎児に似た生き物が中で蠢いている。
丁度飾り岩の陰に隠れるように浮いていて、2ヶ月程誰にも気づかれずにいた。
鈴虫がその可憐な合奏で涼しさを演出している中、球体は異様な光を放ち、卵からヒヨコがかえるように成長した女の赤ん坊が自分でハイハイして出てきた。
赤ん坊は金色の髪と明るい青色の瞳をしており、左胸にはほんのり赤い星形のアザがあった。
京では名の通った貴族の三男影千代は、この夏5歳を迎えたばかりで、幼いながら頭も良く、命有るもの総てに愛情を注ぐことの出来る優しさと、純粋な激しさを併せ持つ末頼もしい男児だった。
そしてその左胸には黒い星形のアザを持っていた。
16歳と13歳という年頃の兄達が、貴族の華麗な退廃に心奪われかけているのとは裏腹に、幼さと言うより生まれもっての気性が成す凛々しさゆえに、その瞳はとても澄んで精悍だった。
影千代は、ムッとする蒸し暑さを避けて夏の間近寄らなかった庭園の池周辺を散策してみようと行ってみた。
小さな石橋を渡り、奥へ続く小道に入りかけた時、突然目の前の草むらに異様な赤ん坊を見た。
丸裸で非常に色白、金色の柔らかそうな髪と明るい青色の瞳をしており、何より驚いたのは、その左胸に影千代のものと同じ形の赤いアザを持っていたことだった。
影千代はびっくりして一瞬立ち止まった。
その時、じっと影千代を見つめていた赤ん坊が嬉しそうににっこり笑った。
なんという可愛らしさ、なんというあどけなさ…………
影千代は思わず微笑み返し、赤ん坊の傍に寄って頭を撫でた。
赤ん坊は、最初に見たものを親だと認識する鳥類のように、影千代に抱き付き懐いてきた。
影千代も、瞬時に赤ん坊をこの世で最も愛しい存在だと感じた。
「お前は誰だ? 何処から来たのだ?」
言葉をかけながら影千代は赤ん坊を抱き上げ、家へ連れて帰った。
「影千代が変な物を持ってきた」と大騒ぎする兄達を尻目に、影千代は真っ直ぐ父の所へ赤ん坊を連れて行った。
「父上、この赤子が池の傍に捨てられておりました。
左胸にはこの影千代と同じアザを持っておりますし、影千代に懐いております。
どうか影千代の妹にして下さい」
父は赤ん坊の初めて見る異様さに度肝を抜かれたが、類い希な愛らしさと何時にない影千代の熱心さに心打たれ、取り敢えず親が見つかるまでという約束で家に置くこととなった。
しかし、一ヶ月経っても半年経っても、親が現れるどころか出生も分からず、そのうち家族達にも愛情が育ち始め、瞳の色から蒼女(あおめ)と名付けて育てることにした。
波打った柔らかい髪は、伸びる毎に美しくなり、青い目も学びを得るに従い聡明さが顕著に見えてきて、家族皆がその成長を楽しみにするようになった。
蒼女専任の待女が付けられ、貴族の娘としての教養も授けられた。
しかし世間では、その容姿を美しいと感じる者と気味悪いと見る者とに分かれるようになり、成長するにしたがって芽生えてきたある種の予知能力や鋭い洞察力に対する恐れも加わって、気味悪く感じる風潮が増していった。
影千代は蒼女を連れて来たその時から、自分の責任のように蒼女を慈しみ、世話をし、ボディーガードした。
二人はいつも一緒だった。
年齢を重ねるに連れ、磁石に引き付けられるようにお互いの奥底まで触れ合おうとする本能が大きくなって、自然に兄妹としてを越えた愛情を抱くようになった。
年頃になると蒼女は海草の薬汁で髪を黒く染めたが、下地の金色が浮き出して品の良い焦げ茶色となり、天然のウェーブが海のように波打ってそれはそれは美しいものとなった。
瞳も、明るい青色から理智的な深い藍色に移行し、相変わらず白雪の肌で、天女のような佇まいだった。
歌会などでも、蒼女に向ける恋歌が大半を占めるようにさえなる一方で、不吉な存在だとして蒼女を呪う者も現れ始めた。
そんな中で蒼女は一途に影千代を慕い、影千代も蒼女を深く愛した。
貴族達は、権力への媒介として子女を宮入りさせ、天皇の外戚として摂関の地位を握ることに躍起だった。
御多分に盛れず蒼女もその大役から逃れることは出来ない立場にあった。
しかも天皇自身、噂に聞く蒼女を是非にと所望していた。
影千代を慕う蒼女は、それだけは許してほしいと懇願したが、貴族にとって権力の確保は、存続の為の死活事項だったので、蒼女がこの家の娘になったと同時に宮入りへの道が蒼女の辿る道と決められていたのだ。
その為の教育でもあった。
娘の居なかったこの家にとって、蒼女の到来は生き延びるチャンスの到来でもあったのだし、その計算もあって蒼女を養女として受け入れたのかもしれなかった。
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