第33話

Ⅱ【旅】〔輪廻〕p33


サンジシの実を枕にした絵を仕上げることにした。


地塗りと下塗りした木板に丁寧な下絵を描き、色付けが始まった。


テレピン油の香りに酔いながら、ミッピーは永遠にこの時間が続くことを祈った。


ジュードの瞳には、芸術家としての情熱と同居してミッピーへの深い愛情が読み取れるようになっていた。


何日かが過ぎ、絵の完成も間近になってきた頃、ジュードが絵を描きながら盛んに目をこすっていることにミッピーは気づいた。


「どうしたのジュード?……」


「最近目が霞んで君がよく見えないんだ。

もう夕方なの?」


「いいえジュード、まだ真っ昼間よ。 こんなに明るいのに…………

あっ!」


見るとミッピーの手も足も身体全体が透き通って陽炎のように揺らめいている。


「そ、そんな…… 私…………


ジュード、アナタの目は悪くないわ…………」


                     ミッピーは慌てて妖精国に帰りパンに相談した。


「君は彼に恋をしているのかい?」


「確かに今の私の心は自分でも理解出来ない動きをしているけれど…………


でも、人間の男に恋なんて…………」


「オベロン様と彼とどっちが美しいと思う?」


「それはもちろんジュ…………」


「ほら見ろ!


じゃ君と同じ存在は?」


「ジュードには私と同じ星形のアザがあるの。

でもジュードと私が同じ筈なんか…………」


「そうだね…………それはちょっと考えにくいかもしれないな……

とにかく早く何とかしないと君は…………」


「分かってる!」


その後も何故自分が死にかけているのか分からず不安のまま、ジュードが絵を描き続けられるようエネルギーを発散させたけれど、絵が完成に近づけば近づくほどミッピーの影は儚いものになっていった。


最後には、ジュードの心に残っている面影を頼りに描いた。


あと一筆で完成するという時、何も見えない空間からミッピーの消え入りそうな声が聞こえた。


「私は今まで人間の魂をコレクションして生きてきたの。


でもアナタを知ってそれが出来なくなったわ。

アナタに恋をしてしまったから……


私は人間の男を本気で愛し私と同じ存在を見つけた時、命が無くなる宿命なの。

この世から存在自体が抹殺されるのよ。


今、もう完成しようとしているアナタの絵を前にして、私ははっきり分かった。

絵の中の私がもう一人の私だと」


ジュードはハッとして筆を止めたが、既に最後の一筆がおろされた瞬間だった。


ジュードは総て理解した。


「ミッピー!」


叫んでも、もうミッピーの気配は感じられなかった。


「僕がミッピーを殺してしまったのか…………?」


ジュードはあまりのことに呆然と立ち尽くした。


暫くしてミッピーを失った実感がジワジワとジュードを支配した。


それは悲しみというより苦しみだった。

自分の半分をもぎ取られたような喪失感でもあった。


「ぅわあぁぁぁぁぁ~…………」


ジュードの哀しい叫び声はいつまでも木霊していた。


絵を描くことも無く抜け殻のような日々が続き、数ヵ月経ったある日ジュードは大陸への旅立ちを決意した。


妖精ミッピーとの出会いなど夢だったのだと自分に言い聞かせる為にこの土地を離れたいと思ったのだ。


大陸には芸術家達の集う場所が多いと聞く。

大陸に渡って絵をもっと勉強しようと考えた。

そして旅立った。


大陸への旅は酷しいものだったけれど、ジュードは死に物狂いで目指した。


フランス、イタリアと巡り、作品も数多く手がけ、物の動きを司る本質的な構造に注目し、緻密な薄塗りを重ねることで質感を表現する独自の技法を生み出したりもした。

レオナルド・ダ・ビンチ出現間近い頃である。


しかし芸術家としてのいただきに到達する程のエネルギーは既に無く、常にまとわりつく虚無感がジュードの心を蝕んでいた。


十数年大陸、特にフィレンツェでの芸術活動に没頭し何とか自分を維持していたが、とうとう虚しさがジュードの総てを侵食し、精神を壊し始めた。


ジュードはスカイ島に帰る決心をした。


ミッピー無き人生は、ジュードにとって何の意味も無いと気づいたのだ。


スカイ島に戻ったジュードは、真っ先にミッピーの絵を持って『妖精の谷』へ行った。


今やミッピーの存在が夢ではなかったという確信に充ちていた。

悲しみのあまりミッピー自体を否定してしまった自分を許せなかった。


ジュードはミッピーの名を何度も何度も呼んでみた。


居る筈は無い。


ウロウロ歩きまわっているうち、次元の壁を超えて妖精国に入っていた。


そうとは知らずジュードはミッピーを探し続けた。


ジュードの中では『ミッピーはただ消えただけじゃないか』という気持ちが死という事実より大きく支配していた。


パンに出会った。


ミッピーの絵を見せて所在を尋ねたけれど、ミッピー自体を知らない様子だ。


妖精国では、死イコール存在が無くなること、つまり他の者達にとっては最初からミッピーの存在そのものが無かったことになるからだ。


誰もミッピーを知っている者は居なかった。


ジュードは一年間妖精国を歩き回った。


ある日、気づかず人間界への出口に足を踏み入れた。


懐かしい『妖精の谷』の草むらを踏んだ途端、ジュードは粉々に砕け灰となって飛び散った。

人間界では既に百年の時が流れていたのだ。


・。・゜★・。・。☆・゜・。・゜。・。・゜★・。・。☆ ★。、:*:。.:*:・'゚☆。.:*:・'゚


                          

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途方もない試練の旅がまた続いた。


                          


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