第32話

Ⅱ【旅】〔輪廻〕p32


ジュードが去った後、ミッピーはいつになく真剣に自分の心を覗いてみた。


どう探っても回答は得られず、ただただ謎……


せっかくジュードがミッピーの存在を認めたのに、誘惑して魂を抜くどころか、妖精国に誘い込むことすら出来ずにオロオロしてばかりだった。


しかも、ああ言えば良かった、こうすれば良かった、あんな態度はマズかった、などと悔いてばかり。

涙さえ出てくる。


ミッピーが初めて経験する激しい感情の波に押し潰されそうになるのを必死で耐えながら、ウロウロと歩きまわったり飛び回ったりしているうちに時はどんどん流れて、いつの間にか東の空が淡く色づき始めていた。


すっかり明るくなって雲雀のお喋りが聞こえ始める頃、ミッピーは疲れきって蜘蛛の巣のハンモックで眠ってしまった。


ふと気配を感じてうつらうつらしながら意識を集中した。


すぐ傍でカサコソと音がする。

びっくりして飛び起きると、 既にジュードが来ており、隣りでスケッチブックに一生懸命何か描いていた。


ジュードはミッピーが目覚めたことに気づいて


「やぁ、起こしちゃった? ごめんごめん、君を描いてたんだ。


ほら、ラフスケッチがこんなに溜まったよ」


パラパラめくって見せてくれるスケッチブックの半分くらいまで、眠っているミッピーの姿が様々な角度から描かれていた。


「もうこんなに?」


「勝手にごめんね。

君があんまり可愛く眠ってたんで…………怒った?


できたらもっともっと描かせてほしいんだけど………

そしてその中から一点選んで大きな作品にしたいんだ」


「本当に? 本当に私の絵を?

嬉しい!……」


心の動揺とは裏腹な言葉がすんなり出てくること自体、益々ミッピーを狼狽えさせた。


そのせいで虹色の輝きが薄紫色から淡いブルーへとグラデーションした。


「ワァ~! 君は本当に美しい!」


ジュードがミッピーの心の動きを知るよしも無く、絵描きとしての魂が無意識に操っている手は、話しながらもミッピーの変化を見逃すまいと盛んに木炭を動かしていた。


ミッピーもつられるように動きや場所を変えてジュードが描きやすく配慮した。


既に、そよぐ風の中には心地よい冷気が潜むようになっていたけれど、ジュードの神秘的な眼差しと、芸術家としてのエネルギッシュな情熱が総てを熱くしていた。


ミッピーはジュードの鋭い視線が自分の一ヶ所一ヶ所を移動する度、そのヶ所から自分の身も心もむき出しにされるような恥じらいと緊張に曝され、全身が火照って終始思考力も失う程朦朧としていた。


ジュードは、今芸術家としての、まるで天から降ってくるようなインスピレーションの迸りを抑えることが出来ず、そのエネルギーを一枚の紙と木炭で表現することに夢中だった。


ジュードの全身からは神聖なオーラが強く放たれ、恐いほど熱気を帯びている。


乱れたブラウスの襟からジュードの白い胸元が覗き、その左胸に星形アザがゆったりと波打っているのが見えた。


ミッピーは驚きと興奮で言葉も無くじっとアザを見つめていた。


・・・・・あぁ…………これが私の胸騒ぎの原因? 私と同じ人?……


でも色が違う。同じじゃない。

だけどとても懐かしさを感じるのは何故なの?…………・・・・・


ミッピーがサンザシの実を枕に横向きの姿勢をとっている時、ふいにジュードの視線がミッピーの左胸にクギ付けになって、手の動きを止めた。


「…………僕と同じ印かい?」


「しるし?」


ジュードは自分の左胸を見せながら続けた。


「そう、この印は僕が僕であることの証しで、この世にもう一人この印を持つ者が存在するという言い伝えがあるんだ。


君だったのかい?ミッピー!」


「私達は切れない糸で結ばれているの?」


「そうかもしれない…………」


ミッピーは益々複雑な心境になった。


あっという間に日が暮れ、その日はラフスケッチだけでおしまいになった。


ジュードは家で仕上げる作品を選んでくると言って帰っていった。


ミッピーも慌てて妖精国に戻り、もの知りパンに総てを話してみた。


「ミッピー、それは危険すぎるよ。

今のうちに彼から離れるか、さっさと魂を抜き取ってしまわないと」


パンにはそう言われたけれど、ミッピーは既にジュード無しの自分を考えられなくなっていた。


・・・・・せめて私の絵が完成するまでは・・・・・


と言い訳を作って、翌日も翌々日もジュードのモデルを続けた。


ジュードもすっかりミッピーに魅了され、不思議な縁を感じる同じ星形アザを持つ自分の小指ほども無い可憐な妖精に心奪われていた。

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